・福士俊哉
・KADOKAWA
本書は、
「ピラミッドの怪物」というタイトルで、ホラー大賞を受賞した作品に加筆修正して単行本としたものだ。
一言で言えば、呪いのアンクの物語。アンクというのはエジプト十字のことだ。分からなければちょっとググって見ればいい。いくらでも画像が出てくるから。サッカラで見つかったというこのアンクを持つ者は、次々に誰かを殺す。時にその相手は自分かもしれない。そして浮かび上がる黒いピラミッド。
主人公の聖東大学講師日下美羽は、自らもアンクの呪いを受けながら、父の大学時代の友人戌井耕平といっしょにこのアンクを元の場所に返そうとする。向かうは、エジプト。
日本とエジプトを股にかけたホラーだが、残念なことにそれほどの恐怖は感じない。最後の方はアドベンチャーもののようになっていたし。
いくつかツッコミたいところがある。大学の組織についてだが、いくらなんでも、常勤の講師の解雇通知を教授名では出さないだろうと思う。
<大学から封書が届いた。なかには事務的な書面があった。”文学部古代オリエント学科講師 二宮智生 上記のものを解雇とする。理由、本学にあるまじき行為が確認されたことによる。定められた規定に則り解雇とする。文学部教授 高城達雄”>(p26)
このあるまじき行為というのが、二宮と大学院に進む予定でエジプトで事故死した佐倉麻衣という学生との間の非常に親密な関係。これは講師から事務局に異動になったという設定の矢野という男が、准教授候補の二宮を失脚させようと、たまたまみつけた二人の親密な写真を事務局に転送したからだ。しかし家庭の事情で自ら希望して事務局に異動した矢野が、いまさら二宮を失脚させてどうしようというのだろう。家庭の事情が好転している訳でもないのに。
別に、講師と大学院進学を控えた女子学生が親密な仲になってもいいじゃないか。お互い独身の、成人同士だし。不倫とかじゃなければ、結婚するつもりと言えばそれまでだと思うが、いくら講師と学生(中高生の未成年ならともかく)が親密な仲になったからといって、いきなり解雇通知を送るというのはまず考えられない(そんなことをしたら労基や組合なんかからかなりきついお灸をすえられるぞ!)。いくら高城教授がこの大学の文学部の大ボスでも、こんなことがまかり通るのなら、黒い(ブラック)のはピラミッドではなくこの大学の職場環境ということだろうか。
矢野の所属している事務局という組織の詳細はよく分からないが、一般に大学の事務方というのは、各研究室からは独立していて、大学内の事務(各種証明書の発行等)をやるのではないかと思う。それとは別に各研究室に事務作業を行う秘書だとか助手のような人がいる場合はあるが。それに、矢野が、高城の「お前は研究室の総務に向いている」(p108)という鶴の一声で、研究室の下働きのようなこともやっているのはちょっと変だ。
また、一度事務方になったものが、研究室のメンバーに対して言っている事もおかしい。例えば矢野が、佐倉麻衣の事故死により中止になったギザ発掘の資料を整理しようとした、日下美羽に言ったセリフ。
<教授が何をいったか知らないが、この箱は俺が整理する。いいか?>(p46)
事務方の人間が、研究資料を勝手に整理するというのはあり得ないだろう。そして矢野が自分を「矢野さん」と呼ぶ修士課程の学生である橘花音に言ったセリフ。
<お前、修士の橘だったな。ひとつ言っておく。俺は事務局にいるが、古代エジプト研究者としてのキャリアは一番長いんだ。お前らが俺を呼ぶ時は、矢野さんではない。先生だ。矢野先生。いいか、覚えておけ>(p104)
勝手に事務方が研究職のように振舞っていいのだろうか? 作者はあまり大学の組織については詳しくないのだろうか。それとも事務方にいても、俺はベテランの研究者なんだという矢野のアンビバレントな心を反映しているのだろうか。
この矢野の家がアンクの呪いで、火事になっているときに、たまたま通りかかった同じ研究室の日下美羽と橘花音。矢野の家にあったアンクを花音が掴んだ後、美羽へ言ったセリフ。
<ああ、先生、早く、早く逃げましょう!>(p117)
特に警察や消防に通報した気配もない。他人の専有物であるアンクを取ったうえ、通報もせず逃げだしたのは、君たち人間としてどうよ。
☆☆☆