曇り、23度、89%
日本の学校が春休みに入ったその日に息子と私は香港にやって来ました。30年近く前のことです。春休みの間で香港に慣れて、新学期を迎えようと思ってのことでした。船便で送り出した荷物もまだ着きません。息子も私も友人など一人もいません。挙げ句にお天気は朝から霧がかかっています。夜景で世界の五本の指に入るといわれているピークに上っても何も見えません。ちょうどこの季節のことです。
昨日も外が白んで見えるほどの霧がかかっています。車でこの霧の中を走れば、フロントガラスには細かい水滴が付くほどです。LEDのおかげで前方を走る車も確認できます。昔はフォッグランプが付いていたなあと思いながら、香港島の東へと車を走らせました。
まだ霧が深い山道を上へと向かいます。朝が早いうえに、霧の水滴のおかげで肌寒く感じます。気温、23度。霧で遠くは見えないのですが、その中を歩いて行くと目の前だけ道が開けて行きます。慣れ親しんだ山道、朝早くから山に上る人が多い香港だからできる早朝登山です。ひと月に一度、だいたい一日にこの山に来ます。20年近く続けていますから、毎朝上る人とも少しずつ顔見知りが出来ました。挨拶しては立ち話、おじいちゃん、めっきり痩せたわねと心配しながら上ります。
まるで 水墨画の世界です。新緑が所々異常に鮮やかに目に入ってきます。この霧のおかげでこの時期にしか聞けないものがあります。しかも、ビクトリア湾をめぐる香港島の北、九龍半島の南に限ります。それは船の汽笛です。ボーッと一つだけ長い汽笛が、ビクトリア湾から聞こえてきます。このボーッ、を聞きながら霧の中を歩きます。まるで、幻想的な雰囲気です。狭いビクトリア湾です。しかも行き交う船の数は多いときています。霧がなければ、汽笛を鳴らすこともないのですが、この汽笛だけが安全の頼みです。それでも、何年かに一度衝突事故があります。初めてのあの春、母に無事に着いた知らせの手紙を書きました。その中に、「船の汽笛が聞こえます。さすが港町香港です。」と書いたのを、昨日歩きながら急に思い出しました。船の汽笛が聞けるのは、この霧が出ている時だけだとはたと気が付いたのは、香港に住んで10年も過ぎた頃でした。
昼近くになると、霧も上がります。時折、一日中霧ということもあります。 山を下り始めると、緑の中に「香港桜」と呼ばれるブーへニアの花が見られます。
昨日の香港版読売新聞に、香港人は春が嫌いという記事がありました。この霧です。このジトジトの天気が香港人ですら疎ましく感じるようです。私の誕生日も毎年朝からこんな霧の天気です。こんなに長く霧の春を迎えようとは思ってもみませんでした。日本の桜の春を香港で思います。でも、きっと日本に帰ったら、この香港の霧の春をどんなにか懐かしく思い返すかと今から思っています。