晴れ、17度、69%
香港の九龍サイドにある大きな花市には、隣接して鳥を売っている鳥市があります。こんもりと木が茂った薄暗い鳥市、近年、大きな石の門や歩道が整備されて、ちょっとしゃれた散歩道になりました。 花を買いに行くと駐車の関係で必ずこの道を通ります。小さな鳥のさえずりから大型な鳥の鳴き声まで、まあなんと賑やかなことでしょうか。
香港は亜熱帯に属していますので、日本とは少し野生の鳥の種類が違うように思います。色とりどりのきれいな鳥が飛んでいるわけではありませんが、カラスはいません。朝は早くから、山側でくぐもった鳥が鳴き始めます。私の朝の合図です。香港の人たち、声のきれいな鳥が好きです。まだ、のんびりしていた頃は、朝の飲茶に向かうおじさんたちの手には、鳥籠がありました。鳥を小さな籠に入れて飲茶屋に向かいます。朝日の射す窓辺にそれぞれが鳥籠を掛けて、ゆっくりと朝ご飯。今では、ほとんど見られなくなった光景です。
私が、大学で東京に出たばかりのこと、念願の一人暮らしが始まりました。小さなアパートの部屋には、使い慣れたベットとビューロー、整理ダンスが送られてきました。一人で生活することにずっと憧れていました。夏の日差しが刺し始めた頃、渋谷の道玄坂を歩いていました。道端に、ゴザが敷かれきれいな色の鳥を売っています。今から40年近く前の東京、まだこんな物売りの人がいました。売っているといっても数羽です。足は縛られて横になっています。初めて見る鳥でした。オカメインコというのだと知りました。さて、このおじさん何処からオカメインコを仕入れたのか。そんなことより、目の前の日なたの中でぐったりしている鳥たちが気になります。
実家でも小さい頃から犬猫はもちろん鳥も飼っていました。ジュウシマツやインコです。犬や猫ほど、私自身は身近に感じなかった鳥ですが、急に、このオカメインコを家に連れて帰ろうと思いました。いくらで買ったのかも覚えていません。茶色の紙袋に入れられたオカメインコは、大事に抱えられ東横線に乗りました。私が一人暮らしを初めて、一緒に住んだ最初の仲間です。
名前を付けました。タイロー。翌日には、女の子っぽく、藤で出来た鳥籠を見つけて買って来ました。藤のかごはお気に召さないのか、帰って見ると自分で扉を開けて部屋に出ています。まあ、この部屋の住人は一人ですし、少々のフンも気になりません。鳥籠に入れずに、6畳の部屋に放して飼っていました。当時の私は夜更かし朝寝型。ところが朝陽が上ると、タイローは私の枕元で起こします。ベットに横になって見ていると、部屋を飛び回ります。寝てて鳥が部屋を飛んでいるなんて、最高に楽しかった。普通の鳥のえさも用意しましたが、ゆで卵もキャベツもクッキーだって私の手から食べました。
実家で飼っていた小さな鳥たちが亡くなると、母がよく糞詰まりを起こし易いからと言っていたので、水も欠かさずに置いていました。時折、流しで水を飲んでいる姿もありました。夜、帰宅すると、ベットの側に置いてある鳥籠の上で寝ています。お昼間帰ると、飛んで来て出迎えてくれます。タイロー、ただいま、って具合です。目と目が合うと、気持ちが通じます。
でも、ある時、家に帰ると死んでいました。何故だか分かりません。どうしても亡くなったことが身にしみないので、亡がらを土に埋めることが出来ずに、数日冷蔵庫に入れていました。冷蔵庫を開けては色褪せて行くタイローを見ていました。やっと、気持ちが落ち着いて亡がらを埋めました。
以来、結婚しても鳥は飼っていません。毎日、出窓で餌付けはしますが、家の中では飼っていません。鳥市を通るとき、必ずオカメインコの籠をのぞきます。そしていつも心に思います。日本に帰ったら、またオカメインコを家で飼うんだと。
オカメインコ、インコと名前が付いていますが、オウム科です。オウムは長生きの鳥です。一人部屋で死なせてしまったタイローにすまなく思います。