おはようございます。
もう完全に梅雨空といった感じですね。外は比較的涼しいのに、オフィス内は蒸し暑くて非常に不快指数が高いです。このまま入梅になってしまうのでしょうか?テツ的には一番陽が長くて撮影に行きたい時期なんですがね。
さて、過去ログで
・ED16 青梅線で活躍した日々(その1)
・南武線のED161
・貨物機の牽く客車列車(さよならED16)
と、ED16ネタをアップしてきたところですが、前回のネタ出しからアッ!いう間に1年近く経ってしまいました。ほとぼりも完全に冷めてしまったと思いますので、久々に続きをアップしたいと思います。
※撮影は、特記を除き昭和58年3月20日です。
古里駅にて ED163+12系「おもしろまじめ号」と貨物列車
上記リンクのように、ED16のさよなら列車の一環で仕立てられた日テレ「おもしろまじめ号」が運転された日に撮影したものです。
ED16の最終運転(この1週間後)の前段として運転された企画列車。奥多摩駅で留置せずに、折り返し間合いを古里駅で待機しました。そして、それを横目に最後の活躍をする貨物列車が追い抜いていくシーンを捉えたものです。
撮影場所不詳 ED165牽引のタンク貨物列車
折り返し列車の撮影の際、途中駅で捉えたタンク貨物列車です。どこの駅で撮ったものか、全く記憶がありません。
殆どが奥多摩工業の石灰石輸送の貨物列車である青梅線でも、このような貨物列車も設定されていたようです。飯田線を彷彿させるようなシーンですね。
撮影場所不詳 ED168と奥多摩工業チキ80000
この列車もどこの駅で撮影したのか記録がありません。
国鉄入社後、大宮操車場で貨車の入換を担当するようになり、やっと貨車への興味が出てきた頃です。写真のチキ80000は、その名の通り長物車になるわけですが、上には生石灰を積載する箱が付いています。言わばコンテナ列車と同様の形態となっています。
その昔、コンテナ車である「コキ」も、登場当初は「チキ」を名乗っており、その名残のような車輌でした。大宮操車場でも稀に工場入場のためにハンプに落ちてくることがあり、添乗したことがありました。
川井駅付近にて
有名な俯瞰写真です。折り返しの「おもしろまじめ号」を撮るために構えた場所からで、下りの回送貨車を牽く列車です。上り勾配ですが、組成は空車のみとなりますので、小型老兵のED16でも十分対応できたわけですね。
昭和56年10月20日 川井駅付近にて
こちらは参考写真ですが、さよなら運転の1年半前に、やはり同じ場所に訪れていました。
やや角度が異なりますが、ほぼ同じ位置を走る貨物列車を捉えています。
正面中央が川井駅になるのですが、駅前の荒れていた山は綺麗に整備され、植樹されているのが判ります。また、駅前にはペンションだかレストランのようなシャレた三角屋根の建物が出現し、この写真と比べるとローカルさにも変化してしまったようです。たった1年半なんですがね。
未だクルマの免許を取得していない時代なので、この様に歩兵部隊で良く歩き回ったものです。今ではなかなかそのような努力をすることも少なくなってしまいました。
貨物列車の輸送が全く無くなってしまった現在となっては、このようなシーンを撮りに行くことももう無くなってしまうでしょうね。
もう完全に梅雨空といった感じですね。外は比較的涼しいのに、オフィス内は蒸し暑くて非常に不快指数が高いです。このまま入梅になってしまうのでしょうか?テツ的には一番陽が長くて撮影に行きたい時期なんですがね。
さて、過去ログで
・ED16 青梅線で活躍した日々(その1)
・南武線のED161
・貨物機の牽く客車列車(さよならED16)
と、ED16ネタをアップしてきたところですが、前回のネタ出しからアッ!いう間に1年近く経ってしまいました。ほとぼりも完全に冷めてしまったと思いますので、久々に続きをアップしたいと思います。
※撮影は、特記を除き昭和58年3月20日です。
古里駅にて ED163+12系「おもしろまじめ号」と貨物列車
上記リンクのように、ED16のさよなら列車の一環で仕立てられた日テレ「おもしろまじめ号」が運転された日に撮影したものです。
ED16の最終運転(この1週間後)の前段として運転された企画列車。奥多摩駅で留置せずに、折り返し間合いを古里駅で待機しました。そして、それを横目に最後の活躍をする貨物列車が追い抜いていくシーンを捉えたものです。
撮影場所不詳 ED165牽引のタンク貨物列車
折り返し列車の撮影の際、途中駅で捉えたタンク貨物列車です。どこの駅で撮ったものか、全く記憶がありません。
殆どが奥多摩工業の石灰石輸送の貨物列車である青梅線でも、このような貨物列車も設定されていたようです。飯田線を彷彿させるようなシーンですね。
撮影場所不詳 ED168と奥多摩工業チキ80000
この列車もどこの駅で撮影したのか記録がありません。
国鉄入社後、大宮操車場で貨車の入換を担当するようになり、やっと貨車への興味が出てきた頃です。写真のチキ80000は、その名の通り長物車になるわけですが、上には生石灰を積載する箱が付いています。言わばコンテナ列車と同様の形態となっています。
その昔、コンテナ車である「コキ」も、登場当初は「チキ」を名乗っており、その名残のような車輌でした。大宮操車場でも稀に工場入場のためにハンプに落ちてくることがあり、添乗したことがありました。
川井駅付近にて
有名な俯瞰写真です。折り返しの「おもしろまじめ号」を撮るために構えた場所からで、下りの回送貨車を牽く列車です。上り勾配ですが、組成は空車のみとなりますので、小型老兵のED16でも十分対応できたわけですね。
昭和56年10月20日 川井駅付近にて
こちらは参考写真ですが、さよなら運転の1年半前に、やはり同じ場所に訪れていました。
やや角度が異なりますが、ほぼ同じ位置を走る貨物列車を捉えています。
正面中央が川井駅になるのですが、駅前の荒れていた山は綺麗に整備され、植樹されているのが判ります。また、駅前にはペンションだかレストランのようなシャレた三角屋根の建物が出現し、この写真と比べるとローカルさにも変化してしまったようです。たった1年半なんですがね。
未だクルマの免許を取得していない時代なので、この様に歩兵部隊で良く歩き回ったものです。今ではなかなかそのような努力をすることも少なくなってしまいました。
貨物列車の輸送が全く無くなってしまった現在となっては、このようなシーンを撮りに行くことももう無くなってしまうでしょうね。