蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

朝から涙

2022-06-11 | 無題
次の行動に移る用意をするまで、あと1時間。
さて。
さあ、遊ぼう!!
わたしのブログタイム。
うきうき、にこにこ。

しかし、ブログ村さん、またまたわたしコーナーの記事とリンクしない。
直近3つあるうち、2つはリンクした。
なんで、最後の1つだけ放置?
もう知らん。
またそのうち、忘れた頃に、ブログ村さんの気分次第の時間にリンクされることだろう、、、。

ブログとはまた離れたリアルなところで、朝から、センチメンタル気分。
涙。
またか。
行ったり来たり。
そうやって大人になる?
いや、もう大人なわけで。というか高齢者枠。
そうやって老化に向かう?
天然、自然の目薬で目を洗い、潤す。
目薬要らずで、ありがたい?
なかなかエコです、はい。

ではあるが、気持ちを整理するのは、どうすればよい?
自分に言い聞かせる? 言いくるめる?
理詰めで納得させる?
理性と感情を闘わせ、理性を応援する?
フレー!フレー!理性!!

とは言うものの、頑張っても改善しない。
自然にまかせると、一向に良い方向に向かわない。
病気や怪我も治らない。
むしろ膿んでくる。
しかし、外科的治療をする勇気がない。
受け身、なすがまま、自然派のわたし。
ハッキリした行動を選び取り、能動的に選択する人が見ると、イライラすることだろう。
時間に任せても、化膿している場合、抗生物質のお世話にならなければ、いたずらに苦しい時間を過ごすだけ。

わたしにも、気持ちの波がある。
躁状態と鬱状態が交互に繰り返される。
これも人間の自然なメカニズムの一つかも知れない。
別に方針として考え取り入れたわけではないが、そういう時は、薬の力を借りることなく、天然の涙で洗い流す。

悲しみやイライラ、嫌な感情、負の思いは誰にでもある。
皆さん、どうやって対応しているのだろう。
決して克服しているわけではないと思う。
自分に正面から向き合って受け入れるか、あるいは、ぷいと横を向いて知らん顔する。
あまり生真面目に受け入れようと頑張らなくてもいい。
自分に無理を強いるのはよくない。
しんどい。
何ごとも自然の流れに身を任せる。
濁った水も、静かに放置すると、やがて固体は沈澱する。
だが、溶けてしまった液体の場合、待てど暮らせど、濁りは元のように戻らない。
どうする?
どうしようもない。
そう。どうしようもないのだ。

一度、全て捨てて、容器を洗浄して、また新しく一から入れ直す?
しかし、真水には生物は棲息しにくい。
少々、濁りや他との混ざりがあるほうが、栄養になることがある。
ただし、栄養のつもりが腐っていることもある。
悪貨は良貨を駆逐することもある。
体調を崩してみて初めて腐っていることに気づく。
自覚症状がなくどんどん悪化している場合もある。
気づいた時は手遅れ。

まあ色んなケースがあるわけで。
自分で考えて決めてもうまくいかない。
そんな時は、手を離す。身体の力を抜く。
流れに身を任せる。
これ、映画の「はい、泳げません」で、水泳コーチの綾瀬はるかが言っていた。
深い示唆がいっぱい詰まっていた。

ちなみに、話はころっと変わるが、
俳優の長谷川博己、好きだなあ。
お笑い場面は、力が入り過ぎて、その力の入れ方はワザとなんだろうけれど。
ダンスにも、力を入れて、力を抜く、という動きがある。
前に力を押し出しながら後退する、というのもある。
運動も人生も共通点があると感じる。

ブログで1時間遊ぶ予定がまだ30分しか経っていない。
今日のブログはあんまり、わたしを救ってくれなかった。
だけど、時間潰しもまた、良いのかも知れない。
まあなんでもいいのだ。