蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、枯れる時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

絶滅種

2022-06-23 | わたし
今日はもうブログ更新はさらっと完了したにもかかわらず、まだ吐き出せない思いがある。
自分に対する存在価値の崩壊である。

ある人の子供さんが卒業した学校名を聞き、脳内コンピュータが自動的に偏差値測定した。
自分が思っている偏差値が時代と共に変わっているかも知れないので2022年の偏差値を調べた。
そう変わりはなかった。
が、思っているより少しだけ上だったか。

で、ついでにわたしの出身校を調べてみた。
驚愕の偏差値だった。(悪い意味で)
わたしの出身高校も最近は進学合格大学が昔と違ってきている。
昔はもっと良かった。
さらにもっともっと昔はさらに良かった。
どんどん下がって来ている。
その、どんどん下がってきているわたしの出身校の進学先に、わたしが入学&卒業した学校への合格者が増えてきている。
どんどん難易度が下がって、間口が広くなっている。

全体的にそういう流れかと思い、他の大学も調べてみると、全然そんなことはなかった。
むしろ、偏差値は上がり難易度が上がっている。
わたしが辿った道は、現在には受け入れられてない、流行遅れだということだ。
価値がぐっと下がった。
止まらない円安のようなものか。(違うか)

価値が下がったというよりは、存在価値そのものが消滅した。
今では無い職業のように、今ではもはや無い。
あるとすると「元○○」。
明治以後の元武士みたいな。

なので、そんな絶滅した道をわざわざ目指す人も当然存在せず、あるとしたら、偏差値が低いから入れるだろうという、偏差値の低い生徒の安易な志願。
人気が地に落ちている。
絶滅するにも、ある日突然、絶滅するわけではなく、時代のうねりや予兆がある。
その前段階で舵を切っていれば、絶滅泥舟に乗らなくても良かった。
ぼーっとしていたら、あれよあれよと言う間に舟は傾き、それから40年以上経つと、絶滅していた。
にもかかわらず、本人は自分が絶滅種であることに何の不満も抱かず楽しく暮らしていた。
が、ある日、世の中の流れがはっきりわかる結果を目の当たりにして愕然とした。
あらま、絶滅してたのね、と。

姑は良いよなあ。
絶滅種なのに自覚もなくそのままあの世へ。
自覚したところで、もはや変えることはできないから、知って知らんぷりが良いだろう。

「元○○」を生きるこころの糧にしている人もいる。
誇り、プライド。
ある意味、リタイアしたばかりの人は、かつての職業の尾を引く。
素晴らしい肩書き、業績、部下、、、
しかし過去の遺物。
リタイアした日から、ただの人。横並び。
ではあるが、手柄や業績は事実であり、消えない。
(立派な人格や能力、人脈は引き続き、多分野で求められることだろう)
逆に失脚した場合、失敗、ミスも事実であり、消えない。

わたしのケースでは、、、
元○○の○○がもう存在しないことに、呆然。
わかってはいるものの、現状のデータ事実から痛感する。
そうかぁ、、、そうなんだね、なあるほど。
過去の遺物、シーラカンスになった瞬間だった。

女性の生き方は大きく変わった。
子供を産み母乳が出るのは女性だが、産んだ次の瞬間からは、役割を男女でシェア。
家事、育児をやらない男性は、糾弾される。
手伝うのではなく、しっかりシェアする。
女性も自立。
政略結婚の駒として利用されない。
意識的に策略の一つとして取り入れる人もいるだろうけれど、それは目指し憧れるような立派な進路か?

今更ながらではあるが、
シーラカンスとなった実感を噛み締め、水槽の中からガラス越しに世界を眺めている。

ぐうたらが大好き

2022-06-23 | 健康
何もしないでぼーっとするのが、最大の苦痛だという人がいる。
わたしは、苦痛ではない。
全く何もしない、真空時間を過ごすと、その後、何かしようと自主性が生まれる。
自分から欲求が湧き出る。
あれよしよう、これをしよう、と。
わたしの場合、堰を切ったように、ではない。
ポツポツと。ちょっとだけ。ちびちび。

全く何もしない時は、運動自主トレーニングをする。
トレーニング用ゴムを使ってストレッチや、ウエストツイスト。
10回を3セットだとか、20回を3セットだとか、自分で決める。
わたしに器具を与え、薦めてくれたセンパイによると、運動は最初はキツイが、習慣化すると段々慣れてくるそうだ。
全く何もしない日も、最低限、トレーニング運動だけは行うことになり、肩凝りなどの防止にもなり、何よりも身体が温まる。
夏は暑いが、冬には暖房要らず。
たいした回数ではなくても、自己満足につながる。
何もしていないわけではない。

ではあるが、あまり負荷をかけ過ぎないこと。
頑張りすぎるとすぐ三日坊主になる。
こんな程度で効果あるの?と疑わしくなるような負荷、わたしは軽めにする。
効果はなくてもよい。
しないよりは、マシ。
肩甲骨稼働とウエスト絞り。
上体側面ストレッチ。
今、左膝上に少しトラブルを抱えているので、恐る恐る騙し騙し左足を使っている。

ということで、全く何もすることがない時は、運動がおススメ。
運動する気もしないなら、うだうだごろごろ寝ると良いのでは?
ただし、ヒマに任せて食べるのはコントロールすべき。
身体にも美容にも良くない。
毎日体重計に乗って体重をチェックする。
なりたい自分には程遠くても、なりたくない自分にはできるだけ近寄りたくない。

何もしない日に、何もしないでパワーをチャージして備える。
メリハリ。
したくないが、すべきタスクも、じっと静かにパワーチャージでどうにかこなせる。
じっと身体は動かないが、タスクをクリアするために、アポを入れたりスケジュール調整する。

以前は、マイナス負荷からのリベンジ、逆噴射をパワーにしていた。
が、今はマイナスがないので、パワーもない。
自然に貯まるまで待つしかない。

だが、不安を煽る記事を読んだりすると、何もしないでいることに不安を覚える。
また、人を無意味に非難する記事に触れると気分が悪くなる。
そんなマイナスのものには、むやみやたらに近寄らないこと。
こころを病んでいる人にも距離を置くこと。
自分を守るのは自分。

ちなみに、、、
コロナ禍で外出や会合に好きなように出かけられないと嘆く人がいる。
家で夫婦でじっとしているそうだ。
お互いの無言の監視の目があって、身動き取れないとか。
うわぁ、、、お疲れ様。
運動しても気は晴れないことだろう。
しかも人間には健康寿命があると痛感しているとのこと。
健康寿命が刻一刻、短くなっている現状、現実、、、人ごとではない。
明日は我が身か???

まだそうなっていないうちから憂鬱になるよりは、今を楽しむのが良さそうだ。
あちこち、傷んできたら、ああやって来たか、と受け入れよう(悲しいけれど)。
やっぱり来たのね、わたしだけが例外というわけではなかったのね、と、楽天家のわたしは苦笑いしてベルトコンベアに乗ろう。
(乗る時はこっそりベルトコンベアのスイッチを緩めて速度を弱にしたい)
ベルトコンベアに乗るまでの待機時間に、徐々に心身共に準備体制に向かうことだろう。

とりあえずは、今は、ぐうたら時間を楽しんで、稼働パワーをチャージしよう。
幸か不幸か、わたしは、ぐうたら時間が大好きなので、何もしないことが最高に贅沢だと感じる。
健康オタクの真逆タイプだ。