雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

観音と糸で結ばれる ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 16 - 8 )

2023-08-15 16:03:27 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 観音と糸で結ばれる ( 1 ) ・ 今昔物語 ( 16 - 8 ) 』


今は昔、
大和国、敷下郡に、植槻寺(ウエツキテラ・現在の大和郡山市にあったらしい。)という寺があった。等身の銅(アカガネ)の正観音(ショウカンノン・聖観音とも。)の霊験あらたかな寺である。

その近くに、その郡の郡司(グンジ・国司の下にあって郡を治めた。)が住んでいた。
娘が一人いたが、父母はこの娘をたいそう可愛がり、大切に育てていて、常にこの植槻寺に連れて参り、「この娘に、女としての魅力と富とをお与え下さい」と祈念していた。
やがて、娘も二十歳を過ぎたので、言い寄ってくる者がたくさんいたが、父母は「心に叶わない婿は取らない」と思って、厳しく人を選んで、なかなか結婚させないでいるうちに、母親はこれというほどの病気でもないのに、数日患って死んでしまった。
父親は母親よりも年上なので、「この先どうなることか」と案じていたが、父親もまた、長く患うこともなく、数日寝込んだだけで死んでしまった。

その後、この娘は一人で家に住んでいたが、月日が過ぎていくうちに、住んでいる家も荒れていった。仕えていた従者たちも皆出て行き、所有していた田畑も人に皆取らるなどして、自分の土地がなくなってしまったので、日に日に生活が苦しくなっていった。
そのため、この娘は心細いことばかりに、泣くばかりの日々を過ごして、四、五年になった。
こうした日々ではあるが、この娘は植槻寺の観音の御手に糸をかけて、これを自分の手に持ち、花を散らし、香をたき、心を尽くして、「わたしは独り身で両親もおりません。家の中は空っぽで財産もありません。生きて行くにもその術もありません。願わくば、大慈大悲の観音様、慈悲をおかけ下さって、わたしに福をお授け下さい。たとえ、わたしが前世の悪業によって、貧しい身を受けているとしましても、観音様の御誓願を思いますと、わたしをお助け下さらないことなどございませんでしょう」と、礼拝恭敬してお願いしていた。

ところで、隣りの郡の郡司に一人の息子がいた。年は三十ばかりで容姿は清らかである。正直で常識に外れるところはない。
ところが、その妻をたいそう愛していたが、懐妊して出産する時になって亡くなってしまったので、男は嘆き悲しんだがどうすることも出来ない。やがて、服喪の期間も過ぎたので、「京に上って、心に叶う妻を捜そう」と思い京に向かったが、途中で日が暮れたので、あの敷下郡の亡き郡司の娘の家に立ち寄って宿を取った。

家主の女(娘)は、見知らぬ人が強引に入ってきて宿を取ろうとするので、恐れて家の片隅に隠れていた。宿を貸したくはなかったが、戸を閉めて入れないわけにもいかないので、使用人に応対させて、「あの人たちの言うことは何でも聞き受けなさい。あのような人たちは、腹を立てると何をするか分からないので」と命じて、畳などを出して敷かせ、然るべき場所を掃除などさせると、「ここの人は、とても親切な人だな」と言って、掃除などしている使用人を呼んで、宿を借りた男は、「ここは、故郡司殿のお宅ではなかったですかな」と尋ねると、「さようでございます」と答えた。さらに、「大切に育てておられたお嬢さんがいらっしゃいましたが、どうなさっていられるのでしょうか」と尋ねると、「このように、お客様が見えましたので、西の方にそっと引き込まれています」と答えると、「そうでしたか」と言って、持参の食事などを取り出して食べ、そして、寝た。

男は、旅先の宿とて寝付かれぬまま、起き出してうろうろしているうちに、家主の女が隠れているあたりに行った。そっと近寄って聞き耳を立てていると、品のある女の気配がすると共に、ため息などしつつ忍び泣きしている声が聞こえた。
まことに哀れに思われて、そのまま聞き過ごしがたく、そっと引き戸を開けて歩み寄ると、女は、ひどくおびえた様子で、[ 欠字。「震えている」といった言葉か? ]き居たる所に、身体をすり寄せた。
そっと添い臥して、女の身体をさぐると、女は「どうすれば良いのか」と思って、着物をかき合わせて身を固くしていたが、男は、こうなればもう遠慮することもなく、女のふところ深くに入り抱き締めた。近くで見ると、一段と愛らしく見える。容姿もすばらしく、年頃も[ 欠字。年令が入るらしいが不詳。]にて、魅力的なことこの上ない。
「田舎人の娘でありながら、どうしてこれほど魅力的なのだろう。高貴な人の娘でも、これほどの女はいるまい」と感動を覚えながら抱き寝した。
やがて、いつしか夜が明けてしまったので、女は男に、「早く起きて、出て行って下さい」と言ったが、男は起きる気もしなかった。

                      ( 以下 ( 2 ) に続く )

     ☆   ☆   ☆

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観音と糸で結ばれる ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 16 - 8 )

2023-08-15 16:02:26 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 観音と糸で結ばれる ( 2 ) ・ 今昔物語 ( 16 - 8 ) 』

    ( ( 1 ) より続く )

いつの間にか、雨が降り出し止みそうもない。
そこで、男は留まって出立しない。女の家は貧しく食物もなく、男に朝食を出そうと思っても出すことが出来ないうちに、日が高くなってしまった。
女はその事を嘆いて、口をすすぎ
手を洗って、お堂に詣でて、観音の手におかけしている糸を引いて、泣き悲しみながら、「今日、わたしに恥をおかかせになることなく、今すぐにわたしに何か財をお恵み下さい」と申し上げた。

そして、家に帰って何もない竈(カマド)に向かい、頬を抑えてうずくまって嘆いていると、やがて申時(サルノトキ・午後四時頃)になる頃、門を叩いて人を呼ぶ声がしたので出てみると、隣に裕福な女が住んでいたが、その家から、長櫃にさまざまな食物や惣菜などを入れて持ってきた。見てみると、足りない物は何もない。器、鋺(カナマリ・金属製のおわん)、朱漆塗りの皿など、何もかもそろっている。
これらを差し出して、「客人がいらっしゃっているとお聞きしましたので、お持ちいたしました。ただ、器などは後でお返し下さい」と言う。家の女は、これを見て大いに喜び、男に食べさせた。

その後、女はこの事を思うにつけ、ご恩返しをする術がなく、自分が着ているたった一枚の着物を脱いで、隣家の使いの女に与えて、「まことに有り難いご恩を蒙りましたが、わたしは貧しいので、差し上げる物が何もありません。ただ、この垢じみた着物があるだけです。どうぞ、これを差し上げます」と言って、泣く泣く与えると、使いの女はそれを受け取ると着て帰っていった。
その間、男はこの食事を見ても、すぐには食べようとせず、不思議そうに女の顔を見ていた。しかし、ひどく腹が空いていたので、何度もおかわりをして食べた。すでにこの女と契りを交わしたことでもあり、京に上ることはすっかり忘れて、末永く契りを結びたいと思うようになった。

するとまた、あの燐家の裕福な女の許より、絹十疋(キヌジュツピキ・疋は絹布を数える単位で、反物二反にあたる。)、米十俵を贈ってきて、「この絹で着物を縫ってお召し下さい。米は酒にしてたくわえて置いて下さい」と言った。
女はこれをもらったが、少し不審な気もして、この事のお礼を言うために、隣の裕福な家に行き、涙ながらにお礼を言うと、隣の裕福な女は、「どういう事でしょうか。何かに取り憑かれたのでないのですか。わたしには、心当たりがありませんし、何もしておりませんよ。また、その使いに行ったという女も、ここにはおりません」と言う。
女はそれを聞いて、不思議に思い、家に帰って、いつものようにお堂に入って、観音を拝み奉ろうとしたが、見てみると、あの使いの女に与えた着物が、観音の御身にかかっていた。(観音像が、寺にあるのか家にあるのか、分かりにくくなっている。)
女はそれを見て、涙を流して、「ああ、あれは、観音様がお助け下さったのだ」と知って、身を地に投げて(五体投地)泣く泣く礼拝した。
やがて、日が暮れたので男がやって来た。女は泣きながらこの事を語り、二人して観音を熱心に敬い奉った。

その後、二人は夫婦としてこの家に住み、親の時代のように豊かに暮らし、夫婦共に何も不自由することなく長寿を保ち、幸せに過ごした。
「これもひとえに、観音様のお助けによるものだ」と思って、恭敬供養し奉ること怠ることがなかった。

これを思うに、観音の御誓願は不可思議である。
実際に人の姿となって現れ、着物をお召しになったことは、まことに貴く感動する。植槻寺の観音というのが、これである。その観音は、今もその寺に在(マ)します。人々は、必ずお参りして礼拝すべき観音である、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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観音の変化 ・ 今昔物語 ( 16 - 9 )

2023-08-15 16:01:37 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 観音の変化 ・ 今昔物語 ( 16 - 9 ) 』


今は昔、
京に、父母もなく、親類もなく、極めて貧しい一人の女がいた。
年が若く、姿形が美麗ではあるが、貧しいが為に、結婚することなく独り身で過ごしていた。

こうしたわけで、貧しい生活を何年も過ごしていたが、心の内では、「観音様のお助けがなければ、わたしの貧しい身に富を得ることは難しい」と思い至って、日夜朝暮に清水の観音に詣でてこの事をお願いした。
昔は、清水に参る坂は藪で人家もなく、少し高くなっていて小山のような所があった。そこに小さな柴の庵を造って一人の媼(オウナ・老婆)が住んでいた。その媼がこの清水に詣で続ける女人を呼び止めて、「日夜にお参りなさるとは、極めて貴いことです。お知り合いの方はいらっしゃらないのですか」と尋ねた。女は、「知り合いがおりましたら、このような暮らしはしておりません」と答えた。

媼は、「何とまたお気の毒なこと。やがて、良いことがございますよ。秋頃までは、むさ苦しい所ではありますが、この庵でお食事などしながらお参りなさいな」と言って、粗末な庵とは思えないほどて、清潔な食事を整えて、女を呼び入れて、それを食べさせた。
女はそれをご馳走になりながらお参りを続けていたが、着ているたった一枚の衣も、いつしかぼろぼろになり、裸同然の姿になってしまった。それにつけても前世の報いが思いやられて、ますます信仰心を起こして参っていたが、ある日の明け方、お堂からの帰り道の六波羅密寺のあたり
を下っている時、たいそう苦しくなり、愛宕寺の大門に寄りかかって休んでいた。

すると、京の方から馬に乗ったり歩いたりしている大勢の人がやってくる。
「どういった人だろう」と恐ろしく思いながらじっとしていると、一行の主人と思われる馬に乗った人が近寄ってきて馬から下りた。
「誰かを待っているのだろうか」と思っていると、近寄ってきて、女の顔を見て、「どなたが、このように一人でおいでなのか」と言う。女は、「清水から帰る途中の者でございます」と答えた。
男は、「私に思うことがあって、あなたに申したい事があります。私の申すままに従って下さい」と言うと、その近くにある小さな家の門を叩き、女を連れて入った。女は、すでに夜になっており、しかも一人である。男の申し出を振り切ることも出来ず、遂に男の言うままに、共寝した。

その後で、男は「私には然るべき前世の定めがあって、あなたを自分のものにしたのです。深い契りを結びたいと思っています。私は遠い国に行く者ですが、私が行く所に着いてきてくれますか」と言う。女は、「私は知る人もいない身の上です。ですから、『ただ、都を離れて消えてしまいたい』と長年思っていましたので、いずくなりともお連れ下さるならば、とても嬉しゅうございます」と答えた。
男は、「京には、尋ねるべき知人はいらっしゃらないのですか」と言うと、女は、「そのような人がいれば、このような姿ではおりません」と答えた。男は「それは、とても好都合です。さあ、早速参りましょう」と言うと、女は「実は、大切な人が一人居ますので、『今一度会いたい』と言うと、男は「その人はどこにいらっしゃいますか」と尋ねた。
女は、「ここから二町ばかり登った所に小さな柴の庵がございます。そこに住んでいる媼で、ここ数年、親切にして下さいましたので、お別れのご挨拶をしたいと思います」と言った。男は、「すぐに行ってお話ししなさい。ただ、着ておいでの衣はいかにも見苦しいです」と言って、急いで行李を開けて、きれいな着物を一枚と、生絹(スズシ)の袴を取り出して、女に着せて、一緒に連れていった。

庵に行き着くと、馬から下りて、「いらっしゃいますか」と声をかけると、「おりますよ」と言って出てきた。
女は、「思いがけない人と道で出会いまして、『一緒に行こう』と言って下さいましたので、ついて行くことになりましたが、『その旨のご挨拶を申したい』と参りました。長い間親切にして下さいましたが、この先、生きてお目にかかることはございませんでしょう」と言いながら、泣き続けた。
媼は、「然ればこそ申したのです。『こうしてお参りを続けなさい。無駄にはなりませんよ』とね。ぜひ、一緒にお下りなさい。ほんとうに嬉しいことです」と言う。
女は、「何か形見を媼に差し上げよう」と思って考えを巡らしたが、身に持っている物は何もない。「父母に別れる人も髪を形見にするものだ」と思い至り、左の方の髪を一房掻き出して、押し切って媼に差し上げると、媼はそれを受け取ると涙を流し、「情け深く心に留めていて下さったのね」と言って、指の先に三巻ばかり巻いて、「お互い命が無くて、再びお会いすることが出来なくても、この指だけは決して無くなることはないでしょう。これを目印に尋ねていらっしゃい」と言った。女は、その言葉の意味がよく分からないままに泣く泣く別れた。

実は、この男は、陸奧守といっていた人の子で、守が任国にいる間もそのまま京に留まっていて、「心に叶う女を求めて、連れて父のもとに下ろう」と思って捜していたが、見つけることが出来ずに父の任国に向かっていたが、たまたまこの女に出会い、「まさに求めていた女だ」と思ったので、連れて行くことになったのである。
女は、旅の間も媼のことばかり懐かしく思い出し、泣く泣くその国に行き着いたが、すぐに人を京に行かせて媼を尋ねさせたが、「どうしてもそのような庵は見つからない。媼もいない」と言うことで、捜し出すことが出来なかった。
「すでに亡くなってしまったのだろうか。もう一度会いたかったのに」と、辛い気持ちで過ごしていたが、やがて国司の任期の四年が終り上京したので、女は自ら出掛けていったが、以前の丘はあるが柴の庵は無かった。
「何と悲しいことだ」と思いながら、清水の御堂に参って、「このように、思いもかけず何不自由の無い生活が送れるようになりましたのは、ひとえに観音様のお助けでございます」と祈って、ふと見上げてると、仏前にかかっている御帳の東の方にお立の観音がおわすが、その世無畏(セムイ・施無畏が正しい。観音の異名。)の御手に、自分が切って媼に与えた髪が巻かれていた。それを見て女は、尊さにしみじみと感激した。
「それでは、わたしをお助けお助け下さるために、媼の姿になって現れなさったのだ」と思うと、こらえきれずに、声も惜しまず、泣き続けながら帰っていった。

その後、夫婦はいさかいも無く、何の不自由も無く過ごした。観音がお助け下さるからには、どうしておろそかなことなどあろうか。
此(カ)くなむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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霊験により銭を得る ・ 今昔物語 ( 16 - 10 )

2023-08-15 16:01:06 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 霊験により銭を得る ・ 今昔物語 ( 16 - 10 ) 』


今は昔、 
奈良の左京の九条二坊に、一人の貧しい女がいた。
九人の子を生んだが、家が極めて貧しくて、世を過ごす手立てさえない。

ところで、穂積寺(現存していない。)という寺に千手観音が在(マシマ)した。
この貧しい女は、この寺の観音の御前に詣でて、心を尽くして申し上げた。「願わくば、観音様のお慈悲をおかけくださって、わたしに僅かでも生活の糧になるものをお与えください」と祈り願った。
しかし、一年経ってもその効験はなかった。

こうしている間に、大炊の天皇(オオイノテンノウ・淳仁天皇)の御代、天平宝字七年 ( 763 ) という年の十月一日の夕暮れ方に、思いがけず、その貧しい女の妹がやってきて、一つの皮櫃(革張りの櫃)を持ってきて、それを姉に預けて、帰る時にわざと足に馬の糞を塗りつけて、「わたしはすぐに取りに来ますから、これを預かって置いて下さい」と言って、去って行った。
その後、姉は妹が返ってきたらこの皮櫃を渡そうと思って待っていたが、なかなかやってこない。そこで、待ちくたぶれて、妹のもとに行って、妹に何故来ないのかと尋ねると、妹はそのようなことは知らない、と答えた。
姉は「不思議なことだ」と思って、帰って皮櫃を開いてみると、銭が百貫(一貫は銭千文に当たる。江戸時代より遙かに価値が高いが、現代価値に換算するのは難しい。)が入っていた。

姉は、「妹に聞いても『知らない』と言う。もしかすると、これは、あの穂積寺の千手観音様がわたしを助けるために、妹の姿になって、銭を持ってきて施して下さったのではないか」と思って、すぐにその寺に詣でて、観音を見奉ると、観音の御足に馬の糞が塗りつけられていた。姉はそれを見て、涙を流して感激し、「ほんとうに観音様がわたしをお助け下さって、施して下さったのだ」と気づいたのである。

その後、三年経った頃、「穂積寺の千手院で、倉に納めていた修理用の銭百貫が、倉に付けた封印はそのままなのに紛失してしまった」と、人々が言い合っているのが聞こえてきた。
その時はじめて、姉は「あの皮櫃の銭はあのお寺の銭だったのだ」と知って、いよいよ観音の霊験を深く信じて、涙を流して尊ぶこと限りなかった。
そして、朝暮に香をたき、灯明を灯して、礼拝恭敬(ライハイクギョウ)しているうちに、貧窮の苦しみもなくなり、富貴の楽しみを得て、思うように多くの子供らを養うことが出来た。

その観音は、今もその寺におわします。必ず詣でて、礼拝し奉るべき観音であられる、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

☆☆☆ 

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菩薩の身は常在不変 ・ 今昔物語 ( 16 - 11 )

2023-08-15 16:00:25 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 菩薩の身は常在不変 ・ 今昔物語 ( 16 - 11 ) 』


今は昔、
奈良の京に下毛野寺(シモツケデラ・未詳)という寺があった。その寺の金堂(コンドウ・寺の本尊を安置する堂舎。本堂。)の東の脇士(キョウジ・脇侍とも。本尊の両脇に控えている仏像。観音が脇士なので、本尊は阿弥陀如来になる。)として観音が在(マシ)ます。

聖武天皇の御代に、その観音の御頭が、これといった原因もないのに、にわかに首の所から落ちてしまった。檀越(ダンオツ・檀那とも。僧に衣食などを提供する信者。)がこれを見て、「急いでお継ぎ申そう」と思っていたが、一日一夜を経た朝に見奉ると、その御頭は誰もお継ぎ申していないのに、自然にもとのように継がれていた。

檀越はこれを見て、「これは誰がお継ぎ申したのか」と尋ねたが、お継ぎ奉った人は誰もいない。そこで、「不思議なことだ」と思っていると、突然、観音が光を放った。
檀越は驚いたが、いったいどういう事なのか全く分からない。すると、智恵のある人がいて、「『菩薩の御身というものは常住不変であって、滅することがない』ということを、愚痴不信(グチフシン・愚かで迷いが多く、信仰心のないこと。)の者たちに知らせようとて、
これという原因もなく御頭を落しなさり、誰もお継ぎ申していないのに、もとのようになり給うのである」と言った。

檀越はこれを聞いて、感激し尊ぶこと限りなかった。また、これを見聞きした人は誰もが尊んで、「不思議なことだ」とて、
語り伝へたるとや。

     ☆  ☆   ☆ 

 

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火災から遁れた観音 ・ 今昔物語 ( 16 - 12 )

2023-08-15 15:59:48 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 火災から遁れた観音 ・ 今昔物語 ( 16 - 12 ) 』


今は昔、
和泉国、和泉郡の内に珍努の山寺(チヌノヤマデラ・未詳)という所があった。その山寺に正観音(ショウカンノン・聖観音とも)の木像が在(マシ)ます。国内の人や郡内の人は、この観音をたいそう崇め尊んでいた。

ところが、聖武天皇の御代に、その山寺で火災が発生し、この観音の在ます御堂が焼けてしまった。しかし、この観音は、その焼けた御堂から外に出て、二丈(6mほど)離れた所にいらっしゃった。塵ほどの疵(キズ)も受けていない。
人々はこれを見て、「不思議なことだ」と思って、「これは誰が取り出し奉ったのだろう」と捜したが、取り出し奉ったという人はいなかった。そこで、山寺の僧たちは、涙を流して感激し、「これは、観音様が自ら火災の難から遁れるために、御堂をお出になられたのだ」と、泣く泣く礼拝恭敬し奉った。

まことにこれを思うと、菩薩は、形としては現れず、人の心では捕らえられず、目にも見えず、香りとしてかぐことも出来ないが、衆生に信仰心を起こさせるために、霊験をお示しになることは、かくの如くあられるのだ。
これを見聞きした人は、頭を垂れてこの観音を敬い奉ったのである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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盗まれた観音像 ・ 今昔物語 ( 16 - 13 )

2023-08-15 15:59:11 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 盗まれた観音像 ・ 今昔物語 ( 16 - 13 ) 』


今は昔、
大和国、平群(ヘグリ)の鵤(イカルガ)の村に、岡本寺(法起寺として現存。)という寺があった。その寺に銅(アカガネ)の観音像が十二体在(マシ)ます。この寺は、尼の寺である。
ところが、聖武天皇の御代に、その銅の観音像が六体盗人に盗まれてしまった。その盗まれた像を捜しまわったが、見つけることが出来なかった。

その後、大分経った夏の頃、その郡の駅(ウマヤ・馬などを備えた宿駅)の西の方に小さな池があるが、その池の辺に牛飼いの童がたくさん集まっていた。その池の中に小さな木が突き出ていて、その木に鳶(トビ・鷺という資料もある。)が止まっていた。
童たちはこれを見て、小石や土塊を拾って、鳶に投げつけたが、鳶は逃げ去ろうとせずそのまま止まっていた。そこで童たちは、投げつけるのをやめて、池に入って鳶を捕まえようとしたが、鳶が突然見えなくなった。鳶が止まっていた木はそのまま有る。
そして、その木をよく見てみると、金の指であった。童たちは不思議に思って、これを掴んで引き上げると、観音の銅の像であった。童たちはこれを陸に引き上げて、里の人にこの事を知らせた。里の人たちがやって来て、その像を見た。

あの岡本寺の尼たちがこの事を伝え聞いて、やって来て見てみると、その寺の観音像であった。塗ってある金箔は、みな剥げ落ちてしまっている。
尼たちは、観音像の周り取り囲んで泣き悲しんで、「わたしたちがなくしてしまって、長年お捜ししていた観音様、如何なる事があって、盗賊の難にお遭いになられたのでしょうか」と言って、すぐに御輿を造りその中にお入れ奉って、もとの岡本寺にお運びして、安置し礼拝し奉った。すると、その辺りの道俗男女が集まってきて、礼拝恭敬すること限りなかった。

これを思うに、あの池にいた鳶は本当の鳶ではあるまい。「観音が身を変えて鳶となって、お示しになったのだ」と思うと、貴く感激に堪えない。
仏というものは、人の心に従って霊験を施しになられるので、盗人に取られたのも、このように霊験を現わしになるためなのである。
人は皆これを知って、心を尽くして観音にお仕えすべきである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

* 盗まれた仏像は六体ですが、鳶に教えられて戻ってきた仏像は、どうも一体だけのようなのですが、その辺りのことは、どうもはっきりしていません。

     ☆   ☆   ☆

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現世の福徳を得る ・ 今昔物語 ( 16 - 14 ) 

2023-08-15 15:58:41 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 現世の福徳を得る ・ 今昔物語 ( 16 - 14 ) 』


今は昔、
聖武天皇の御代に、御手代の東人(ミテシロノアズマビト・伝不詳)という人がいた。
この人は吉野山に入って、仏法を修行して富を得たいと願った。特に、観音に祈念し奉って、「南無銅銭万貫白米万石好女多得」とお願いした。
このように祈念して、三年を経た。

ところで、その頃、三位粟田朝臣(伝不詳)という人がいた。
その娘は、未だ結婚しないで、広瀬(地名)の家にいたが、ある時、急に病にかかった。ひどい痛みに苦しんで、なかなか快方に向かわない。そこで、父の卿(キョウ・三位だったので、その尊称)は嘆き悲しんで、諸々の人に治療について尋ね、この病の祈祷をさせるために僧を捜しているうちに、使いの者が東人に出会い、来てくれるように頼んだ。
東人はすぐにやってきて、病人の快癒を祈祷すると、病はたちまち治った。

ところが、祈祷を受けたこの女は、東人に深い愛欲の心を起こした。東人は、女の心を知ると、密かに関係を結んだ。
その後、女の父母もこの事を知って、激怒し、東人を捕らえて、牢屋に監禁してしまった。しかし、女は東人への愛情に堪えきれず、恋い悲しんで牢屋のそばに忍んできて離れようとしなかった。
そこで、東人を監視していた者は、女の心を哀れに思って、東人の監視を緩めて、女と通じさせてやった。
こうしているうちに、父母も娘の気持ちを知って、遂に二人を許して夫婦にしてやった。後には、家を譲り、財産を全て東人に与えた。

その後、数年を経て、その女は病にかかり亡くなった。
臨終にあたって妹に語った。「わたしは今、まさに死のうとしています。ただ、一つだけ思い残すことがあります。わたしの願いをあなたは聞いてくれますか」と。
妹は、「わたしは、お姉様の願い通りにいたします」と答えた。
姉は、「わたしは東人のことが気がかりで、いつまでも忘れることが出来ません。ですから、わたしが死んだ後、あなたが東人の妻になって、家の内を守ってもらいたいと思うのです」と言う。妹は、姉の遺言を了解した。姉は喜んで、息を引き取った。
父母もまた、姉の遺言に従って、妹を東人に与えて、家の財産も授けた。
それによって、東人と妹は、夫婦として末永く暮らすようになった。

東人は、その願いによって、現実に大きな福徳を得たが、これは、修行の験力、観音の威徳によるものだと見聞きした人は褒め尊んだ、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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竜王の娘 (1) ・ 今昔物語 ( 16 - 15 )

2023-08-15 15:58:17 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 竜王の娘 (1) ・ 今昔物語 ( 16 - 15 ) 』


今は昔、
京に住んでいる年若い男がいた。名前は伝わっていないが、身分は侍(サムライ・後世の武士とは違う。貴人に仕えても身辺警護や雑用にあたった。従者。)であったようだ。その男は、貧乏でその日その日の生活にも事欠いていた。
ところで、この男は毎月十八日には持斎(ジサイ・僧は午前中に食事をとることが決められており、その戒律を守ること。)して、熱心に観音にお仕えしていた。また、その日に、百の寺にお参りして、仏を礼拝し奉った。 

長年このように過ごしていたが、ある年の九月の十八日も、いつものように、寺々にお参りしていた。昔は寺の数が少なく、南山科の辺りまで行ったが、その途中、山深く人里を離れた所で、年が五十歳ばかりの男に出会った。杖の先に物を引っかけて持っている。
「何を持っているのか」と見てみると、一尺ばかりの斑模様の小さな蛇だった。すれ違う時によく見てみると、この小さな蛇は動いている。
男は、蛇を持っている男に尋ねた。「あなたは、どこへ行かれるのですか」と。
蛇を持っている男は、「京に上るところです。ところで、あなたはどちらへいらっしゃるのか」と言う。男は、「私は仏を礼拝するために寺に詣でています。それにしても、お持ちの蛇は何にするのですか」と言った。
蛇を持っている男は、「これはある物の用に
当てるため、わざわざ捕らえて持っていくところです」と言った。男は、「その蛇を、私に免じて逃がしてやってくれませんか。生きている物の命を絶つことは、罪を得ることです。今日は観音様の縁日ですから、観音様に免じても逃しておやりなさい」と頼んだ。

蛇を持っている男は、「いかに観音様と申しても、人間にもご利益をお与えになられます。私は必要があるので、この蛇を捕らえて持っていくのです。むやみに生き物の命を奪おうとは思いませんが、この世に生きている人には、さまざまな世渡りがあるものです」と言う。
男は、「それにしても、何の用に当てようというのですか」と尋ねた。蛇を持っている男は、「私は、長年、如意(ニョイ・本来は孫の手の様な役を果たす物だが、やがて法会の導師などが用いる法具になった。)という物を造っています。その如意を造る牛の角を延ばす時には、このような小さな蛇の油を取って、それで以て延ばすのです。されば、その為に捕まえたのです」と答えた。
男は、「それで、その如意を何になさるのか」と尋ねる。蛇を持っている男は、「おかしなことをおっしゃるものだ。如意造りを仕事にしていますので、必要な人に与え、その代価で衣食を得ているのです」と答えた。
男は、「まことに、生活していくためにやむを得ないということですなぁ。だが、ただで欲しいといっているのではありません。私の着ている着物と替えて下さい」と言った。
蛇を持っている男は、「どの着物と替えて下さるというのですか」と言う。男は、「狩衣にでも、袴にでも替えましょう」と言うと、蛇を持っている男は、「それでは替えられません」と言う。男は、「それでは、この着ている綿入れと替えましょう」と言う。
蛇を持っている男は、「それとならば替えましょう」と言ったので、男は綿入れの着物を脱いで与えると、それを受け取ると蛇を男に渡して去ろうとしたが、男は、「この蛇はどこにいたのですか」と尋ねると、「その先の小さな池にいました」と答えると、遠ざかっていった。

その後、男はその池に蛇を持っていって、良さそうな場所を捜して、砂を掘ってやり涼しい状態にして放してやると、蛇は水の中に入っていった。
その様子を見て安心して、男は寺のある方に向かって歩き出したが、二町(220mほど
)ばかり行った所で、年の頃十二、三歳くらいの、すばらしい着物や袴を着た美しい女がやって来るのに出会った。
男はその姿を見て、この山深い所でこのような女に出会うとは、「不思議なことだ」と思っていると、女は、「わたしは、あなたのお心が、とても有り難く嬉しく思いましたので、そのお礼を申し上げるためにやって来ました」と言った。
男は、「何のために、お礼を言われるというのですか」と尋ねると、女は、「わたしの命をお助け下さいましたので、父母にこの事を話しますと、『すぐにお迎えしなさい。お礼を申し上げよう』と言いますので、このように、お迎えに参りました」と答えた。
男は、「それでは、この女はあの蛇であったのか」と思うと、心打たれたが恐ろしくもあり、「あなたのご両親はどちらにいらっしゃいますか」と尋ねると、「あちらです。わたしがお連れいたします」と言って、先ほどの池の方に連れて行こうとしたので、怖ろしくなり、逃げようとしたが、女は、「決してあなたに取りまして、悪いことなどありません」と熱心に言うので、しぶしぶ池のあたりまで付いて行った。

                      ( 以下 ( 2 ) に続く)

     ☆   ☆   ☆ 

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竜王の娘 (2) ・ 今昔物語 ( 16 - 15 )

2023-08-15 15:57:25 | 今昔物語拾い読み ・ その4

       『 竜王の娘 (2) ・ 今昔物語 ( 16 - 15 ) 』

    
    ( ( 1 ) より続く ) 

さて、池のほとりまで来ると、女は、「ここでしばらくお待ち下さい。わたしは先に行って、お客様がおいでになられたことを知らせてから、また返ってきます」と言うと、たちまち姿を消した。
男は池のほとりに立っていたが、何とも気味悪く感じていたが、また、先ほどの女が現れて、「ご案内いたしましょう。しばらくの間、目を閉じて眠っていて下さい」と言うので、言われる通りに眠ろうとしたが、すぐに、「さあ、もう目を開けて良いですよ」と言うので、目を開けて見てみると、立派に装飾された門の前に来ていた。わが国の城などとは比較にならないほど立派である。

女は、「ここでしばらくお待ち下さい。父母に伝えて参ります」と言って門の中に入った。
しばらくすると、また出てきて、「わたしの後ろについておいで下さい」と言うので、恐る恐る女について行くと、幾重にも重なり合って立派な宮殿があり、いずれも七宝で以て造られていて、光り輝いている。
やがて行き着いて、中殿(チュウデン・中央の御殿。本殿。)と思われる所を見ると、さまざまな宝玉で飾り立てられていて、すばらしい帳(トバリ)を高くなっている床に置かれていて、燦然と輝いている。
「ここは極楽ではないか」と思っていると、しばらくして、気高く威厳に満ちた様子で、鬢(ビン・頭の両側面の髪。)が長く、年が六十ばかりの人が立派な衣装を身につけて現れて、「どうぞ、こちらにお上がり下さい」と言った。

男は、「誰に言っているのか」と思ったが、「自分を呼んでいるのだ」と気がつき、「畏れ多いことです。この場で仰せを承ります」と恐縮して言うと、「それはいけません。お迎えして対面するからには、何かあるとお思いでしょう。さあ、お上がり下さい」と言うので、恐る恐る上がって座っていると、この人が、「あなたの大変情け深く有り難いお心に、お礼を申し上げるためにお迎えしたのです」と言った。
男は、「いったい何の事を仰せなのでしょうか」と言うと、この人は、「この世に、子を思わぬ者は決しておりません。私には、たくさんの子供がおりますが、末の女の子が、この昼にたまたまこの近くの池で遊んでいました。強く止めたのですが言うことを聞かず、そのまま遊ばせていましたところ、『今日、人に捕らえられて死ぬはずのところ、通りかかったお方が命を助けてくれました』と、帰ってきた女の子が話しましたので、大変嬉しくて、そのお礼を申し上げるためにお迎えしたのです」と言ったので、男は、「この人は、あの小さな蛇の親だったのだ」と分かった。

その人が、声をかけると、気高く怖ろしげな様子の従者たちがやって来た。
「この客人に、おもてなしして差し上げよ」と言うと、すばらしい食事を持ってきて並べた。
その人は自ら食べ、男にも「お食べ下さい」と勧めるので、緊張が解けたわけではないが、食べた。その味は、すばらしいものであった。
残った物などを下げ始めた頃、その人は、「実は、私は竜王なのです。ここにずいぶん長く住んでいます。この度のお礼に、如意の珠でも差し上げようと思ったのですが、日本は人の心が悪いので、それを持ち続けることが難しいのです。それで・・・、これ、そこにある箱を持って参れ」と従者に
命じると、漆塗りの箱を持ってきた。
開けたのを見ると、金(コガネ)の餅が一つ入っていた。厚さが三寸ばかりある。
竜王は、それを取りだして真ん中から割った。その片割れを箱に入れ、もう一つの片割れを男に与えた。そして、「これを一度に使ってしまうことなく、必要に応じて端から欠きながらお使いになれば、あなたの命のある限り不自由されることはないでしょう」と言った。
そこで、男はそれを貰って懐にしまって、「もう、おいとまいたします」と言うと、先の女の子が出てきて、来た時の門まで連れて行くと、「前のように眠っていて下さい」と言うので、目を閉じると、すぐにあの池のほとりに来ていた。
女の子は、「わたしはここまでお送りしました。ここからは一人でお帰り下さい。この度のご恩は、いつまでも忘れません」と言うと、掻き消すように姿が見えなくなった。

男が家に帰り着くと、家の者が、「どうして、長い間帰って来なかったのか」と言う。
しばらくの間だと思っていたが、何と、[ 欠字。数字が入るが意識的に欠字にしている。]日も過ぎていたのである。
その後、人には話すことなく、密かにこの餅の片割れを少しずつ割り取り、必要な物に替えたので、貧乏することはなかった。そして、豊かな生活を送り裕福者となった。
この餅は、いくら割り取っても元のようになるので、男は一生の間大長者として、ますます観音にお仕えするようになった。
その男が死んだ後は、その餅は消えてしまい、子に伝わることはなかった。

熱心に観音にお仕えしたことによって、竜王の宮殿を見、黄金の餅も得て、長者となったのである。
この話は、いつ頃のことかは分からないが、人が語るのを聞き伝えて、
語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

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