雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

百鬼夜行と出会った男 ・ 今昔物語 ( 16 - 32 )

2023-08-15 08:04:35 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 百鬼夜行と出会った男 ・ 今昔物語 ( 16 - 32 )  』


今は昔、
いつ頃のことかは分からない。京に生侍(ナマザムライ・身分の低い平凡な侍。)の若い男がいた。常に六角堂に参詣して熱心に仕えていた。

さて、ある年の十二月の大晦日のこと、夜になってから、ただ一人で知り合いの所を訪ね、夜更けてから家に帰ったが、その途中、一条堀川の橋(一条戻橋、と言われる橋。)を渡って西に向かって行くと、西の方から多くの人が松明(タイマツ)を灯してこちらへやってくるので、「高貴な方がやって来るのだろう」と思って、男は急いで橋の下に降りて隠れていると、この松明を灯した者どもは、橋の上を東の方向に過ぎていく。
隠れていたこの男は、そっと見上げてみると、何と人間ではなく、怖ろしげな鬼どもが歩いているではないか。ある者は目が一つだけの鬼であり、ある者は角が生えている。ある者は手がたくさんあり、ある者は一本足で踊っている。

男は、これを見ると生きた心地もせず茫然と立っていたが、この鬼どもが皆通り過ぎて行ったが、しんがりを行く一人の鬼が、「ここに人影が見えたぞ」と言った。すると、別の鬼が、「そんな者は見えなかったぞ」とか、「そいつをすぐに捕まえてこい」などと言い合っている。
男は、「もう駄目だ」と思っているうちに、一人の鬼が走ってきて、男を捕まえて引っ張り上げた。鬼どもは、「この男は、重い罪があるわけでもない。許してやれ」と言うと、四、五人ばかりの鬼が、男に唾を吐きかけながら皆行ってしまった。

その後、男は殺されなかったことを喜び、気分が悪く頭も痛かったが、我慢して、「早く家に帰り、この出来事を妻に話してやろう」と思って、急いで帰り家に入ったが、妻も子も皆 男を見たのに、物も言わない。
また、男の方から話しかけたが、妻も子も答えようともしない。そこで、男はどうもおかしいと思いながら近くに寄ったが、そばに人がいるとも思っていない。
その時になって、男は思い至った。「何と、鬼どもが自分に唾を吐きかけたことで、自分の姿が見えなくなったに違いない」と思うと、何とも悲しい。自分が人を見るのは以前のままだし、また、人の言う事も支障なく聞くことが出来る。されば、人が置いている物を取って食っても、その人には知られない。
このようにして夜が明けると、妻や子は自分のことを、「昨夜、人に殺されてしまったらしい」と言って、ひどく歎き合っていた。

そして、それから数日経ったが、どうしようもない。
そこで男は、六角堂に参詣して籠もり、「観音様、私をお助け下さい。長年信心申し上げ、参拝しておりましたお験(シルシ)に、もとのように私の身体が見えるようにして下さい」と祈念して、お籠もりしている人の食べ物や、お布施の米などを取って食べていたが、そばの人も気がつくことはなかった。

こうして、二七日(フタナノカ・十四日間)ばかり経ったが、夜寝た時の明け方の夢に、御帳の辺りに、貴げな僧が現れ、男の傍らに立って、「汝、朝になれば速やかにここを退出して、初めて出会った人の言うことに従いなさい」とお告げになった。それを聞いたところで夢から覚めた。

夜が明けると、男は退出したが、門の脇でたいそう恐ろし気な牛飼い童が、大きな牛を引いているのに出会った。
その牛飼い童は、男を見ると、「さあ、そこのお方、我と一緒に来なさい」と言う。男はそれを聞いて、「自分の身体は見えるようになっているのだ」と思うと嬉しくて、喜びながら夢のお告げを頼りにして牛飼い童と一緒に行くと、西の方に二十町( 2km余り
)ばかり行った所に大きな棟門(ムネモン・二本の柱の上に切妻破風の屋根を乗せた門。貴族の屋敷などに用いられた。)があった。
門は閉じられていて開かないので、牛飼い童は牛を門につなぎ、人が通れそうもない扉の隙間から入ろうとして、男を引っ張り「あなたも一緒に入りなさい」と言う。男は、「どうしてこの隙間から入ることなど出来ますか」と言うと、牛飼い童は「ぐずぐず言わずに入りなさい」と言って男の手を取って引き入れると、男も一緒に入ってしまった。
見れば、屋敷は大きく、多くの人がいる。

牛飼い童は男を連れて縁側に上がり、中にどんどん入って行ったが、「なぜ入るのか」と止める者は全くいない。
遥か奥まで入り、見てみると、姫君が病に苦しんで臥していた。足元と枕元には女房たちが居並んで看病に当たっている。
牛飼い童はそこに男を連れて行き、小さな槌を持たせてこの患っている姫君のそばに座らせて、頭を打たせ腰を打たせた。すると、姫君は頭を起こしてひどく苦しんだ。それを見ていた父母は、「姫の病は、もう最期だ」と言って、泣き合っている。
見てみると、病気回復のための読経を行っており、また、[ 欠字。人名が入るが不詳。]という高貴な験者を招く使いを出している。しばらくして、その祈祷の僧がやって来て、病人の側近くに座り、般若心経を読み祈祷を始めたが、それを聞いて、男はこの上なく貴く感じた。身の毛がよだち、何となく寒気を覚えた。
その時、その牛飼い童はこの僧を見るや否や、いきなり逃げ出して外の方に行ってしまった。

祈祷の僧は、不動明王の火界の呪(カカイノシュ・不動明王の真言。悪魔退散の大火焔を出現させる。)を読んで、病者の加持を始めると、男の着物に火がついた。激しく燃えだしたので、男は大声で叫んだ。すると、男の全身が丸見えになった。
そして、家の人、姫君の父母をはじめ女房どもが見ると、とても賤しげな男が病者のそばに座っていた。
不思議に思い、すぐに男を捕らえて引き出した。
「これは、一体どういう事だ」と詰問すると、男は事の経緯をありのままに最初から語った。そこにいた人は皆これを聞いて、「全く不思議なことだ」と思った。

ところが、男の姿が見えるようになると、病者はかきぬぐうように癒えた。そのため一家の人々は大喜びし合った。
その時、祈祷の僧は、「この男は、特に罪がある者ではないようだ。六角堂の観音様のご利益を蒙った者なのだ。それゆえ、すぐに許してやりなさい」と言ったので、男を屋敷から追い出して、逃がしてやった。
そこで、男は家に帰り、これまでの事を話したので、妻は不思議な事だと思いながらも喜んだ。
かの牛飼いの童は悪神の家来であったのだ。誰かにそそのかされて、姫君に取り付いて苦しめていたのである。

その後は、姫君も男も病にかかることはなかった。火界の呪の霊験の致すところである。
観音のご利益には、このような不思議な事があるのだ、
となむ語り伝えたるとや。

     ☆   ☆   ☆ 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

盗賊から逃れた女 ・ 今昔物語 ( 16 - 33 ) 

2023-08-15 08:03:51 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 盗賊から逃れた女 ・ 今昔物語 ( 16 - 33 ) 』


今は昔、
京に若い女が住んでいたが、身は貧しくて生きていくすべもないので、長年 清水寺に参詣していたが、少しのご利益もあったと思えなかった。

さて、いつもの事なので、清水寺に参詣し、お籠もりして観音に申し上げた。「わたしは、長年 観音様にお願い申し上げ、熱心にお参りを続けておりますが、身は貧しくて少しの生活の糧さえありません。たとえ前世の報いだとしましても、どうしてわずかばかりのご利益も蒙らないのでしょうか」と。そして、うつ伏しているうちに寝入ってしまった。
すると、夢の中に、御帳の内より貴く気高い僧が現れて、「そなたが、ここから京に帰るとき、その途中で話しかけてくる男があるだろう。その時はすぐにその男の言う事に従いなさい」とお告げになった、と見たところで夢から覚めた。

その後、礼拝して、真夜中にただ一人で急いで退出したが、出会う人はいなかった。
[ 欠字。寺名が入るが不詳。]の大門の前まで来た時、一人の男と出会った。暗い中なので、誰だか分からない。
男は近くに寄って来て、「私に思うことがあります。あなた、私の言う事に従って下さい」と言った。
女は夢のお告げを頼みとして、また、逃れる方法とてない夜中なので、「どちらにお住まいのお方ですか。名を何と申されますか。何ともわけが分かりません」と答えた。
すると、男は女の手を取り、むりやり東の方へ引っ張っていくので、引かれるままに行くと、八坂寺(八坂の塔)の中に入った。塔の内に引き入れて二人は一緒に寝た。

やがて夜が明けた。
男は、「前世からの深い因縁があったのでこうなったのだ。こうなった今は、ここに居て下さい。私は知人とてない身の上です。これからはあなたを妻としたい」と言うと、部屋の仕切りの向こうから、たいそう美しい綾織物十疋(一疋は二反)、絹十疋、綿などを取り出して女に与えた。
女は、「わたしにも夫はおりませんので、本心から仰せであれば、あなたを夫としてお仕えします」と答えた。
男は、「ちょっとした用事で出掛けるが、夕方には帰ってくる。決してどこにも行かず、ここに居て下さい」と言って、出掛けていった。

女が辺りを見回すと、年老いた尼が一人いるだけで他には誰もいない。
男がこの塔の内を住処にしているのが、何とも怪しく思われて、少し離れた所を見ると、諸々の財宝がたくさんある。世間にありそうな物はすべてある。
そこで女は思い至った。「あの男は盗人なのだ。居場所がないので、この塔の内に潜んでいるのだ」と。怖ろしいこと限りなかった。
女は、「観音様、お助け下さい」と念じ奉った。そして、よく見てみると、あの尼が戸を少し開けて、外をのぞき、人がいない隙をはかって、桶を頭に乗せて出て行く。「水を汲みに行くらしい」と思えた。
女は、「この間に、尼が帰って来ないうちに、逃げだそう」と思いついて、男からもらった綾や絹等だけを懐にねじ込んで外に出ると、走るようにして逃げた。
尼が帰ってきて見ると、女がいないので、「逃げたな」と思ったが、追いかける手段もなく、そのままになった。

女は持ち出してきた物を懐に差し入れて、京の方に向かったが、京の町中を歩くのははばかれるので、五条京極の辺りに、ちょっとした知人がいたので、その小家に立ち寄ったが、西の方から多くの人がやって来て前を通った。
「盗人を捕らえて連れて行くのだ」と人々が言っているので、戸の隙間からそっと覗くと、自分と共寝をした男を捕縛して、検非違使庁の放免や看督長たちが連行していくのであった。
女はこれを見て半ば死にそうな心地がした。やはり、思った通り盗人だったのである。その男を捕縛して、八坂の塔に盗品などの検分をするために連れて行くところだったのである。

それを知って女は、「あそこにあのまま居ると、どうなったことだろう」と思うと、身の置き所がなかった。それにつけても、「観音様がお助け下さったのだ」と思うと、しみじみと感激するのであった。
女はしばらく時間をおいて京に入り、その後、持ち帰った品物を少しずつ売るなどして、それを元に蓄えも出来、夫も得て幸せに暮らすようになった。

観音の霊験の不思議な事は、このようなのである。この話も、ごく最近のことである、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生活の糧を授かった僧 ・ 今昔物語 ( 16 - 34 )

2023-08-15 08:03:15 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 生活の糧を授かった僧 ・ 今昔物語 ( 16 - 34 ) 』


今は昔、
天涯孤独の若い僧がいたが、いつも清水寺に参詣していた。
法華経を覚えていて誦経していたが、その声はたいそう貴いものであった。このように、常に清水寺に参っていたので、「私にも少しばかりの生活の糧をお与え下さい」と熱心にお願いしていた。

さて、いつものように、清水寺に参って、観音の御前に座って経を読んでいたが、たいへんきれいな女がそばに座っていた。然るべき人の娘などには見えないが、供の女童などを当然のように連れている。
この女が、僧に向かって言った。「こうして見ておりますと、常に参詣なさっていて貴いことだと思っておりましたが、どちらにお住まいでございますか」と。
僧は、「これといった住まいもなく、さまよい歩いている僧でございます」と答えた。
女は、「京にいらっしゃるのですか」と尋ねた。
僧は、「京には知っている人とておりません。この東の辺りにおります」と答えた。

女は、「もう、日も暮れましたので、今夜はお帰りにならないのでしょう。また、食事をする所もないようでしたら、今夜は我が家にいらっしゃいませんか。すぐ近くでございます」と言った。
僧は、「日が暮れましたが、どこといって行くべき宿もございません。大変ありがたいことです」と言って、女について行った。 
清水の下の方に、まことにこぎれいに造られた小さな家であった。中に入り客間と思われる所に座っていると、ほどなくして、食事をとても美しく調えて持ってきた。まことに奥ゆかしい限りである。
僧は、「このような知り合いの家が出来たとは、ありがたいことだ」と思って、その夜はそこに泊まり、経を読んでいた。

このようにして、度々訪ねていったが、この女を見ていても、夫がいるようには見えなかった。この僧は、未だに女に触れたこともない僧であったが、夜も泊まっている間に、これほど親切にもてなしてくれるので、「これは、観音様がお与え下さったのだ」と思って、「この女を妻にしよう」と心に決めて、夜ひそかに這い寄っていくと、女は「貴いお方だと思っておりましたのに、このようなことをなさるとは」などと言いながらも、拒むこともなかったので、遂に交わりを結んだのである。

その後、数日経ったある日のこと、見ると、立派な魚料理を調えて、外から持ってきた。
「これは又、どうしたのですか」と僧が尋ねると、「人が下さったものです」と女は答えた。
よくよく聞いてみると、何と、この家は乞食の頭目の娘の家だったのである。手下の乞食が、頭目の娘に饗応するために贈り物として持ってきたのであった。
婿となっていた僧も、世間の人が付き合いをするはずもないので、僧も乞食となって、何不自由の無い生活を送るようになった。

観音の霊験は不思議なものである、とは言いながら、どうしてこの僧を乞食にさせられたのであろう。
それも、熱心に「生活の糧をお与え下さい」とお願い申し上げたのを、これ以外に生活の糧をお与えになる方法がなかったのであろうか。あるいは、前世からの報いのなすところなのであろうか。この理由は誰にも分らなかった、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

亡骸から生じた蓮花 ・ 今昔物語 ( 16 - 35 )

2023-08-15 08:02:33 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 亡骸から生じた蓮花 ・ 今昔物語 ( 16 - 35 ) 』


今は昔、
筑前国に一人の男がいた。
格別に観音に仕えて、常に観音品(カンノンボン・観音経)を唱えていた。また、善心が深く、決して悪業をつくることがなかった。

ところで、その国に、香椎明神(カシイミョウジン・福岡市に実在。)と申される神様がおいでになる。その神社では、毎年祭が行われていた。
この男は、その祭の世話人に当てられた。男は殺生を好まないが、神事ということなのでやむを得ず、魚や鳥を調えるために、野山に出掛けては鳥を狙い、川や海に行って魚を捕ろうとしていたが、ある大きな池があり、水鳥がたくさんいた。
そこで、男は弓で以てその鳥を射た。そして、池に下りていき鳥を捕ろうとした時、男は池に落ちて、沈んで見えなくなってしまった。
そこで、多くの人が急いで池に下りて捜し回ったが、見つからない。父母や妻子はこれを聞いてやって来て、泣き悲しんだが、男の体は遂に見つからず、甲斐なく終った。集まってきていた人たちも、皆帰ってしまった。

その夜、父母の夢に、この男が極めて嬉しげに、父母に語った。「私は長年道心があり、悪業を行うことを嫌っておりましたが、神事を勤めるために、やむなく殺生を行おうとしましたが、三宝(仏法僧を指すが、ここでは仏といった意味。)がお助け下さいましたので、罪業を造ることなく、すでに極楽浄土に移り、幸せな身に生れております。父母さま、決してお嘆きにならないで下さい。ところで、私の亡骸(ナキガラ)のある所をお教えいたしましょう。その亡骸の上に蓮花が生じるでしょう。その蓮花を目印にして私の亡骸のある場所と思って下さい。私が生きておりました時、観音にお仕えして観音品を朝暮に誦しておりましたので、永久に生死の苦しみから離れて極楽浄土に生まれ変わることが出来たのです」と。
そこで、夢が覚めた。

明くる日、かの池に行って見ると、亡骸があった。その上に蓮花が一群れ生えていた。
父母はこれを見て、しみじみと深く悲しんだ。ただ、まさに夢の教えの通りなので、「きっと浄土に生まれ変わったのだ」と思った。
これを聞いた人は、やって来て見て、「不思議なことだ」と貴んだ。また、国内の道心ある聖人たちも、この事を聞いて、皆やって来て結縁(ケチエン・仏縁を結ぶこと。)のためにその池の辺で、絶え間なく法華の懺法(センポウ・六根の罪過を懺悔する修法。)を修し、弥陀の念仏を唱えて、彼の霊に回向した。

昔からその池には蓮花が生ずることはなかった。ところが、この亡骸に生えた蓮花を種にして、池の中には蓮花が満ち広がって生えて隙間もない。
「これは、珍しいことだ」と言って、国の人が上京した時に語ったのを伝え聞いて、
此(カ)く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

観音と賀茂の神に助けられた僧 ・ 今昔物語 ( 16 - 36 )

2023-08-15 08:01:56 | 今昔物語拾い読み ・ その4

    『 観音と賀茂の神に助けられた僧 ・ 今昔物語 ( 16 - 36 ) 』


今は昔、
醍醐寺に蓮秀(レンシュウ・伝不詳)という僧がいた。
妻子を持ってはいたが、長年熱心に観音にお仕えし、毎日、観音品(カンノンボン・観音経)百巻を読み奉っていた。また、賀茂神社にも参拝していた。

さて、この蓮秀が重い病にかかり、大変苦しんだが、数日を経て、遂に死んでしまった。
その後、一夜を経て活(ヨミガエ)った。そして、家族に語った。
「私は死んでから、長い間険しい峰を越えて、遙かに遠い道を歩いていた。人跡絶えて鳥の声さえしなかった。ただ、極めて怖ろしげな姿の鬼神だけがいた。その深い山を越え終ると、大きな河があった。幅が広くて深く大変怖ろしげである。その河のこちらの岸に一人の媼(オウナ・老婆)がいた。その姿は鬼のようである。大変怖ろしい。一つの大[ 欠字。「樹の下」らしい。]に座っていた。[ 欠字。「樹の枝には多くの」らしい。]衣を掛けている。
そして、この媼の鬼[ 欠字。「が私を見て」といった言葉らしい。]『[ 欠字。「よく聞け。ここは三途の」らしい。]河である。我は三途の河の媼(奪衣婆)である。お前はすぐに衣を脱いで、我に与えてから河を渡るがよい』と言った。
そこで、私は衣を脱いで、媼に与えようとした時、突然四人の天童がやって来て、私が媼に与えようとしていた衣を奪い取って、媼に言った。『蓮秀は、法華の信者である。観音が加護し給う人である。汝、媼の鬼よ、どうして蓮秀の衣を奪うことなど出来ようか』と言った。すると、媼の鬼は、掌を合わせて私を拝み、衣を奪わなかった。

そして、天童は私に向かって、『汝はここがどこだか知っているのか。ここは冥途なのだ。悪業の人が来る所である。汝は、速やかに本の国に返り、よく法華経を読誦し、ますます観音を念じ奉り、生死(ショウジ)の苦しみを離れて、浄土に生れることを願うべし』と教えて、私を連れて返ろうとしたが、その途中で、また二人の天童がやって来て、私に向かって、『我等は賀茂明神が、蓮秀が冥途に行くのを御覧になって、連れ戻させるために差し向けられた者である』と言うのを聞いたところで、活ったのだ」と。

その後、病はたちまち快癒して、飲食ももとのように出来るようになった。また、起居振る舞いも軽やかで前と変わらなくなった。
その後は、ますます法華経を読誦して、観音にお仕えし、また、賀茂神社にも参拝を続けた。
神に在(マシマ)すといえども、賀茂神社の神は冥途のこともお助け下さるのだ、
此(カ)くなむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

徳を渡した侍 受け取った侍 ・ 今昔物語 ( 16 - 37 )

2023-08-15 08:01:15 | 今昔物語拾い読み ・ その4

    『 徳を渡した侍 受け取った侍 ・ 今昔物語 ( 16 - 37 ) 』


今は昔、
ある所に仕えている青侍(アオサムライ・年少の身分の低い侍。侍とは、貴族に仕えて、警備や雑役などに従事する男。)がいた。
特にする仕事もなかったのであろうか、人が参拝しているのを見て、清水へ千度詣で  (寺社に千度参詣すること。)を二度行った。

その後、幾らも経たない頃、主人の邸に同じように仕えている侍と双六を打ち合った。二千度詣でを行った侍は大負けして、支払うべき品物もなかったので、[ 欠字。「相手の侍が」らしい。]強く要求するので、すっかり困ってしまい、「実は、俺は何も持っていないのだ。今、貯えているものと言えば、清水へ二千度詣でをしたことだけだ。それを渡そう」と言ったが、側にいる立会人たちは、それを聞くと「これは人を騙すことだ。ばかばかしい」とあざ笑った。
ところが、この勝った方の侍は、「それは、なかなか結構なことだ。二千度詣でを渡すというのであれば、すぐに頂戴しよう」と言ったので、負けた方の侍は、「それでは、それで支払ったぞ」と言うと、勝った方の侍は、「いや、このままでは受け取れない。二日間精進潔斎して、観音の御前で、この由を申し上げて、確かにお前が俺に渡したという渡し状を書いて、鉦を打って渡すなら、受け取ろう」と言ったので、負けた侍は、「よし、承知した」と約束した。(このあたり、破損による欠字が多く、参考書などにより推定しました。)

そこで、その日から精進を始めて、三日目に当たる日、勝った侍が負けた侍に、「それでは、一緒に行こう」と言うと、負けた侍は「あきれた愚か者に付き合うことになったものだ」と思いながら一緒に出掛けた。
そして、勝った侍の言う通りに渡す旨の書状を書いて、観音の御前で師の僧(世話役の僧)を呼んで、鉦を打って事の由を申し上げさせ「私が二千度詣でをしたことを、双六の賭け物として、確かに何某に渡した」と書いた書状を与えると、勝った侍は受け取って、伏し拝んだ。
その後、幾らも日が経たないうちに、この渡し状を与えた侍は、思いがけない事件に関わって捕らえられ、牢獄に繋がれることになってしまった。
渡し状を受け取った侍は、すぐに資産のある妻を娶り、思いもよらないほどの人の恩顧を受けて、富貴の身となり、任官して、幸せに暮らすようになった。

三宝(仏法僧を指すが、ここでは仏・菩薩を指す。)は、人の目には見えないが、この勝った侍は真の心を尽くして受け取ったので、観音も殊勝と思し召しになったのだと言われている。
これを聞いた人々は、この受け取った人を誉め、渡した侍を憎み誹った、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

現世での報い ・ 今昔物語 ( 16 - 38 )

2023-08-15 08:00:38 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 現世での報い ・ 今昔物語 ( 16 - 38 ) 』


今は昔、
紀伊国の伊都郡桑原の里に、狭屋寺(サヤデラ・未詳)という寺があった。その寺には数人の尼が住んでいた。
聖武天皇の御代に、その尼たちが願を立てて、その寺において法事を行った。奈良の右京の薬師寺の僧、題恵禅師(ダイエゼンジ・伝不詳)という人を請じて、十一面観音の悔過(ケカ・罪過を懺悔し、罪報を免れて功徳を求める法事。)を行った。

その頃、その里に一人の悪人がいた。姓は文の忌寸(フミノイミキ・伝不詳)、字(アザナ)を上田の三郎という。邪見(ジャケン・因果の道理を悟り得ない、よこしまな考え方。)にして三宝(仏法僧。仏教。)を信じない。
その人には妻がいた。姓は上毛野の公(カミツケノのキミ・伝不詳)、字は大橋の女という。その女は、容姿が美しく、因果の道理も心得ていて、夫が外に行っている間に、一日一夜、戒を受けて、あの悔過を行う所に詣でて、聴聞の人の中に座っていた。
そうした時、夫は外から帰ってきたが、家の中に妻がいない。家の者に「妻はどこに行ったのだ」と訊ねると、家の者は「悔過を行う所に参られました」と答えた。 
夫はそれを聞いて、大いに怒り、すぐに、[ 欠文。「寺に行って大声で妻を呼んだ」といった意味の文章らしい。]かの導師はこれを見て、慈悲の心を起こして夫を教え導こうとした。ところが、夫はこれを[ 欠文。「受け入れようとせず、逆に」といった文章らしい。]「お前は、俺の妻をものにしようとする盗人法師だ。今すぐ、お前の頭を叩き割ってやる」と罵って、妻を呼んで家に連れ帰った。

そして、家に帰り着くや否や、妻に「お前はきっとあの法師に犯されたに違いない」と激しく怒り、妻を寝所に引っ張っていって、押し倒した。すぐさま交わったが、たちまち夫の男根は蟻が取り付いて噛むような痛みを覚え、この痛みに苦しみながら、夫は間もなく死んでしまった。

この事を見聞きした人は、「たとえ殴るような事をしなくても、悪心を起こして、やたら僧を罵り、はずかしめたが故に、現世で報いを受けたのである」と言って、憎み誹ること限りなかった。
されば、僧を誹ってはならないのである。また、夫がこうなったのは、観音の悔過を行う所にやって来て、聴聞している人々を妨げた罪によるものだ、
となむ語り伝へたるとや。   

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

千手観音を盗み出す ・ 今昔物語 ( 16 - 39 )

2023-08-15 07:59:40 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 千手観音を盗み出す ・ 今昔物語 ( 16 - 39 ) 』


今は昔、
奈良に招提寺(ショウダイジ・唐招提寺のこと)という寺がある。その寺に千手観音が安置されている。これは、化人(ケニン・仏や菩薩が人間に変身したもの。)が造り奉った観音である。

中比(ナカゴロ・昔と近頃の中間の頃)その国に盗人がいて、「この観音は、銅(アカガネ)を以て鋳造し奉っているので、これを盗み取って、溶解させて、それを売りながら暮らしていこう」と思いついて、ある夜、盗人はそっと隙を窺って、策をめぐらして堂に入り込み、この千手観音を盗み取って、背負って堂を出た。
そして、その寺から遙か先まで逃げていった。
やがて夜明けになったので、この盗人の [ 以下、すべてが欠文。]

     ☆   ☆   ☆

* 残念ながら、後半部分は欠文になっていますが、破損によるものらしいです。
今昔物語の中には、仏像が盗まれるという説話が幾つかありますが、「観音像が声をあげて拒んだ」ため、盗人が逃げ出したという形が多いようです。
本話も、唐招提寺の千手観音像は健在ですから、無事だったことになります。
もっとも、この像は丈六の大きなものですから、とても盗人一人が背負って逃げるのは無理なようにも思いますが。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

欠文 ・ 今昔物語 ( 16 - 40 )

2023-08-15 07:58:53 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 欠文 ・ 今昔物語 ( 16 - 40 ) 』


* 本話は、巻頭の目録にのみ表題が残されているだけで、本文中には何も記されていません。
おそらく、前話の後半部分と共に破損したものと推定されます。

* 巻頭の目録には、「十一面観音変老翁立山崎橋柱語第四十」とあります。
他の文献には、似た説話があるようです。表題からは、「十一面観音が老翁の姿で現れる」話のようには想像されます。

     ☆   ☆   ☆

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする