『 六波羅蜜寺の地蔵尊 ・ 今昔物語 ( 17 - 21 ) 』
今は昔、
但馬前司(前任の国司)源国挙(クニタカ・正4位下、1023 年没。)という人がいた。
長年朝廷に仕え、自分の生活にも奔走しているうちに、病気にかかり、にわかに死んでしまった。
すると、同時に閻魔の庁に召された。国挙が見ると、罪人が極めて多くいる中に、一人の小僧がいた。
容姿はたいそう厳かで、手に一巻の書を持って、あちらこちらと走り回って、何か抗弁している様子である。近くにいる人々が、「あの小僧さんは、地蔵菩薩に在(マシマ)す」と教えてくれた。
国挙はそれを聞くと、その小僧に向かって、地にひざまずいて、涙を流して申し上げた。「私は、思いも寄らずここに召されました。願わくば地蔵尊、大悲の誓いを以て、私をお助け下さって、赦免されるようお計らい下さい」と。
このように、国挙は何度も申し上げたが、小僧は何も答えることなく、自ら弾指(ダンジ・爪弾きのこと。不承知の仕草。)して、「人間世界の栄華は、かりそめの夢幻のようなものである。人間が犯す罪業の因縁は、あたかも万劫(マンゴウ・極めて長い時間の表現)を重ねた巌のようである。いわんや、汝は常に女色にふけり、多くの罪根を作っている。今、その罪によって召されたのである。どうして汝を助けることが出来ようか。しかも、汝は生前、全く我を敬おうとしなかった。何ゆえを以て、我は[ 欠字。「汝の事」らしい。]を構うことがあろうか」と仰せになって、背を向けてお立ちになっている。
それを聞くと、国挙はいっそう悔い悲しんで、重ねて小僧に申し上げた。「そうでございましょうが、何とぞ私に慈悲をお与え下さいまして、お助けのうえ赦免下さいませ。もし、本の国に帰ることが出来ますれば、全財産をかけて、三宝にお仕えし、ひたすら地蔵菩薩様に帰依奉ります」と。
小僧は、それを聞くと振り向いて、「汝の言うことがもしまことであれば、試みに汝を我がもらい受けて、還ることが出来るようにしてやろうか」と仰せになって、すぐに冥官の所に行って、許しを請うて、国挙を放免にした、と思ったところで、半日を経て蘇(ヨミガエ)った。
その後、国挙はこの事を人に語ることなく、すぐに髪を剃って出家し、入道(主として、正式の修行を経ていない出家者。)となった。
そして、大仏師定朝(ジョウチョウ・著名な仏師。1057 没)に頼んで、等身の純金の地蔵菩薩の像を一体お造りし、色紙に法華経一部を書写し、六波羅蜜寺において盛大な法会を行って、供養し奉った。その講師は、大原の浄源供奉(ジョウゲングブ・伝不詳)という人であった。法会の場所に集まってきた道俗男女は、皆涙を流して、その誰もが地蔵菩薩の霊験を信じ奉った。
その地蔵菩薩像は、六波羅の寺に安置されていて、今もそこに在す、
と語り伝へたるとや。
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