雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

地蔵尊の御徳 ・ 今昔物語 ( 17 - 22 )

2024-10-11 16:44:31 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 地蔵尊の御徳 ・ 今昔物語 ( 17 - 22 ) 』


今は昔、
賀茂盛孝(カモノモリタカ・伝不詳)という人がいた。正しい心の持ち主で世を過ごすにあたって十分な分別があった。朝廷や高貴な人の家に仕えて、家は豊かであった。
また、深く人を慈しむ心があり、生類を殺すようなことがなかった。さらに、信仰心が深く、月ごとの二十四日(地蔵菩薩の縁日にあたる。)には必ず精進潔斎して、仏事を営み、特に地蔵菩薩を祈念し奉った。

ところが、盛孝が四十三歳という年の[ 欠字 ]月[ 欠字 ]日、沐浴して上がろうとした時、突然息絶えてしまった。
すると、たちまち盛孝は、大きな穴に入り、頭を下にしてどんどん堕ち下ったいった。その間、目には猛火の炎が見え、耳には叫び鳴く声が聞こえた。それは、四方に振動して雷が響き渡るようである。
盛孝は、恐ろしさに気が動転し正気を失いそうになり、声を限りに泣き悲しんだが、どうにもならない。

やがて、高楼の官舎のある庭に行き着いた。多くの検非違使(冥官のことを指している。)や官人らが東西に位の順で居並んでいる。その様子は、わが国の検非違使庁に似ていた。
そこで、盛孝は辺りを見回したが、知っている人は一人もいない。ところが、一人の小僧が現れた。その姿は端正で厳かなこと並ぶ者がない。それが静かに歩み寄ってくる。その庭にいる多くの人々は、この小僧を見て、みな地にひざまずいて、「地蔵菩薩がおいで下さった」と言っている。
盛孝はそれを聞いて、大いに喜び、小僧の御前に進み出て、手を合わせて地にひざまずいて、涙を流して申し上げた。「私は前世の因縁により、幸いにも地蔵尊にお会いすることが出来ました。今こそ、お助けいただきたい時でございます。願わくば、地蔵菩薩様何とぞ私をお助け下さい。どうぞ、速やかに本の人間世界にお返し下さい」と。

小僧は仰せになられた。「来ることは容易く、返るのは難しいのが、これなる閻魔の庁である。されば、汝は罪が有るためにここに召されたのである。我が意のままに汝を許すことなど出来ない。ただ、冥官に掛け合うだけはしてやろう」と仰せられると、盛孝を連れて、庁の庭に行き、冥官に向かって訴えられた。「この男は、かねてからの私の長年の施主である。ところが、今、ここに召されている。だが、この男を見棄てがたいので、許して返してやろうと思う」と。
冥官衆は、「衆生の善悪の業は、とても変えることなど出来ない定めです。定められたようにその報いを受けます。この男の今回の業報は、既に確定したものです」と申し上げた。

すると、小僧は涙を浮かべて言った。「この男の業報をどうしても変えることが出来ないのであれば、我がこの男の代わりとなろう。たとえ一劫(イチゴウ・劫は時間の単位で、とてつもなく長い時間を指す。)といえども、我がその長い苦しみを受けよう」と。
冥官衆はこれを聞くと、驚いて、即座に盛孝を小僧に免じて許してやった。小僧は大変喜んで盛孝に、「汝は速やかに本の国に返り、三宝に帰依してなおざりにしてはならない。その善根の力によって、二度とここに来て責め苦を受けないようにしなさい」とおさとしになった。
すると、「このように見た」と思うと同時に、活(ヨミガエ)った。
盛孝は自ら起き上がり、親しい者たちに向かって、泣きながらこの事を語った。

その後、ただちに僧を招いて、髪を剃って出家入道した。
入道となってからは、ますます信仰心を起こして、三宝に帰依し、地蔵菩薩を念じ奉ることを怠ることがなかった。

遂に命終る時に臨んで、信仰心を失うことなく念仏を唱えて亡くなった、
となむ語り伝へたるとや。   

     ☆   ☆   ☆


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