雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

浄土へ還った沙弥 ・ 今昔物語 ( 17 - 8 )

2024-10-11 16:55:39 | 今昔物語拾い読み ・ その4

     『 浄土へ還った沙弥 ・ 今昔物語 ( 17 - 8 ) 』


今は昔、
陸奥国の国府に、小松寺(宮城県にあったらしい?)という寺がある。
かなり前のことであるが、一人の沙弥(シャミ・見習い僧)がいて、その寺に住んでいた。名を蔵念(ゾウネン・伝不詳)という。これは、平将門の孫良門の子である。
その良門(ヨシカド・実在かどうか、よく分らない。)は、金泥の大般若経一部を書写供養した者である。
この沙弥は、ある月の二十四日(地蔵菩薩の縁日)に生れたので、父母は地蔵菩薩に因んで蔵念と名付けたのである。この沙弥は、幼い時から専らに地蔵菩薩を祈念し奉り、寝ても覚めても常に心にかけて怠ることがなかった。
また、この沙弥の容姿は美麗で、見る人は皆それを誉めた。また、その声もすばらしく、聞く者は皆それを貴んだ。
そこで、人々はこの沙弥を地蔵小院と呼んだ。

ところで、この沙弥の日ごろの所業ははなはだ奇特なものであった。一軒一軒を尋ねては、自ら錫杖(シャクジョウ・修行僧などが持つ杖。)を振って、地蔵の名号を唱えて人々に聞かせた。毎日あちらこちらと歩き、口で法螺貝を吹いて、地蔵の悲願を誉め称えた。それによって、信仰心を起こす人が世間に多かった。
殺生放逸を日常としている人でも、この沙弥を見ると、即座に悪心を止めて、たちまち善心を起こした。
然れば、世間の人はこの沙弥を地蔵菩薩の大悲(衆生を救うための大きな慈悲心。)の化身なのだ、と言い合った。

このようにして何年もが経ち、沙弥も七十二歳となると、たった一人で深い山に入り、消息を消してしまった。
すると、国中の貴賤の男女は、この沙弥が姿を消してしまったことを惜しんで、尋ね求めたが見つけることが出来ず、皆は手を合わせて、あの沙弥が入っていった山に向って、悲しみ嘆きながら礼拝するばかりであった。
国の人は皆、「あの地蔵小院は、ほんとうに生きた地蔵菩薩であられたのだ。それなのに、我等の罪が重いが故に、突然我等を棄てて、浄土にお還りになってしまったのだ」と言って、嘆き悲しみあったのである。
その後、この沙弥の消息を遂に聞くこともなく、消え失せたままになってしまった。
これは不思議な話である、
となむ語り伝へたるとや。

     
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