雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

世にも稀なる鼻 ・ 今昔物語 ( 28 - 20 )

2020-01-03 10:04:54 | 今昔物語拾い読み ・ その7

          世にも稀なる鼻 ・ 今昔物語 ( 28 - 20 )


今は昔、
池の尾という所に禅智内供(ゼンチナイク・伝不詳)という僧が住んでいた。道心が強く真言(シンゴン・祈祷の時に唱える経文などを梵語のまま読み上げる呪文の総称。)などをよく習い、熱心に行法(ギョウホウ・加持祈祷などの密教修法。)を修めていたので、池の尾の堂塔や僧房などは少しも荒れた所がなく、常灯や供物などは絶えることがなく、折々の僧供(ソウグ・僧へ供養のために贈る金銭や米穀など。)や寺での講説(コウゼツ・経文の講義や説法などの集会。)などもしばしば行われていたので、境内にはぎっしりと僧房が建ち並び、多くの僧が住み着いて賑わっていた。浴室にはその寺の僧共が湯を沸かさぬ日はなく、入浴しながら盛んに話し合い、まことに賑やかに見えた。
このように栄えている寺なので、その周辺に住む小家も数が増えていき、郷も賑わっていた。

さて、この内供は、鼻がとても長く、五、六寸ばかりもあったので、顎よりも下がって見えた。色は赤紫色で、大柑子(ダイコウジ・夏ミカンのようなものか?)の皮のようにつぶつぶとして膨れ上がっていた。それが、ひどくかゆくてどうしようもないほどだった。
そこで、提(ヒサゲ・酒や水を注ぐのに用いる口つきの容器。)に熱湯を沸かし、折敷(オシキ・木製の四角い盆)にその鼻が通るほどの穴をあけて、熱気で顔をあぶられるのを防ぐために、その折敷の穴に鼻を通して、その提にさし入れて茹でる。そして、紫色になったところを、横向きに寝て、鼻の下に物をあてがって、人に踏ませると、よく茹でて引き出しているので、色は黒く粒だった穴の一つ一つから、煙のようなものが出てきた。それをさらに強く踏むと、白い小さな虫が穴ごとに頭を出す。
それを毛抜きで抜き出すと、四分(1.2cmほど)ほどの白い虫をそれぞれの穴から抜き出した。その虫を取った跡は穴が開いたように見える。
それをまた同じ湯にさし入れて、さらさらと最初と同じように茹でると、鼻はとても小さくしぼみ縮んで、普通の人のような小さな鼻になった。
ところが、二日三日経つと、またかゆくなり膨れのびて、前のように腫れて大きくなる。このような事を繰り返していたが結局腫れている日の方が多かった。

そのため、物を食べ、粥などを食べる時には、弟子の法師に長さ一尺ばかりの平らな板を鼻の下にさし入れ、向かい合って座って上の方へ持ちあげさせて、物を食べ終わるまで弟子は座っていて、食べ終わると板を外して立ち去らした。
ところが、その弟子以外の者に持ち上げさせると、持ち上げ方が下手なので、機嫌が悪くて物を食べようとしなかった。それで、この弟子の法師をその役に決めて持ち上げさせていた。

ところが、その弟子の法師が体調が悪く出て来なかったので、内供が朝粥を食べようとしたが、鼻を持ち上げる人がいなかったので、「どうしたものか」などとあれこれ考えていると、一人の童がいたが、それが「私ならうまく持ち上げて差し上げられる。絶対にあんな小僧に劣りはしません」と言っているのを、別の弟子の法師が聞いて、「この童がこう申しています」と伝えた。
この童は、中童子(チュウドウジ・童子は、寺院で召し使った童髪の少年で、年長の大童子と幼少の小童子の間ぐらいをいう。)で見た目も見苦しくなく、上の間に召し上げて使っている者なので、「ではその童を呼べ。そう言うのであれば、これを持ち上げさせてみよう」と言ったので、童を連れて来た。

童は鼻を持ち上げる板を取ると、きちんと内供と向き合って座り、ちょうどよい高さに持ち上げて粥を飲ませると、内供は、「この童はとても上手だぞ。いつもの法師よりうまいぞ」と言って、粥をすすっていると、童は、顔をそむけて大きなくしゃみをした。それで童の手が震え、鼻を持ち上げていた板が動いたので、鼻が粥の鋺(カナマリ・金属製のおわん。)にばしゃっと落ちた。粥は、内供の顔にも童の顔にもたくさん飛びかかった。

内供は大いに怒り、紙を取って頭や顔にかかった粥を拭いながら、「お前はとんでもない間抜けな乞食野郎だ。わしではなく、高貴なお方の御鼻を持ち上げている時に、このような事をするのか。分別のない馬鹿者めが。立ち去れ、こ奴め」と言って追い立てたので、童は物陰に逃げて行き、「世の中にこのような鼻を持っている人がおられるというのであれば、他所に行って鼻を持ち上げることもあるでしょう。ばかなことを申されるお坊さまだ」と言ったので、弟子たちはそれを聞いて、外に逃げ出して大笑いした。

これを思うに、実際、どんな鼻であったのだろう。さぞかしあきれた鼻であったのであろう。
童が、実に痛快に言ったことを、聞く人は皆ほめた、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 青経の君 ・ 今昔物語 ( 28... | トップ | 無知な食いしん坊 ・ 今昔... »

コメントを投稿

今昔物語拾い読み ・ その7」カテゴリの最新記事