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囚われた男(1)

2006-10-18 13:40:05 | 小説
ためしに小説を書いてみました。出来栄えの方は保証できませんが、お楽しみください。


 
               

 セロファン・テープを貼りつけた人差し指で、エレベーターの昇りボタンを押し込んだ。乗り込んで十階のボタンを同じ指で押す。内部は、黒っぽい鏡板仕上げの落ち着いたパネルが張ってあって、蛍光灯の光で輝いているように見える。
 自分の姿が映っていて、服装の点検や髪型を整えるのには丁度いい。そのような意図があるのだろうか、その点は判然としない。今日はクリーム色のチノパンにブルーのボタンダウン・シャツ、ノーネクタイでこげ茶色のコーデュロイのジャケット、靴は先端に金具の入ったウレタン底で、音のしない茶の革靴という出で立ち。

 服装に問題はなさそうだ。ジャケットの袖に傷があったり、ズボンに小便の跡が残っていたりはしていなかった。スピーカーからピアノ・ジャズが静かに流れている。ビル・エヴァンスか? と考えていると、三階で止まって五十代の中背のすらりとした、顔に品のいい表情を湛(たた)えた女性が乗り込んできた。男はかすかな笑顔でうなずいて挨拶をした。女性は六階で降りた。降り際に笑みを返してきた。そして一人取り残された。

 男は、すばやくラテックスの手術用手袋を両手にはめ、ジャケットの右ポケットからスミス&ウェッソンM5906九ミリオートマティック拳銃を取り出し、左ポケットのサイレンサーを装着して右ポケットに戻した。
 チンという音で十階であることが分かり、グレイのリノリューム張りの廊下に踏み出した。左右に目を走らせ右手に非常口とエレベーター横に階段があるのを確かめた。

 1015号室のブザーを押して待っていると、くぐもった高齢者特有のしわがれた声が「どなた?」と男の声が問いかけてきた。その声は不意の来訪者を嫌う、怒りがにじんでいるようだった。
「生実(おゆみ)と申します。早朝から申し訳ありません。千葉の使いで参りました」とドアの外の男は言った。
「チョット、お待ちを」ドアをチェーンがかけられた分だけ開けられて、男が立っているのが見えた。年恰好は六十代後半、ごま塩頭に顔はそばかすが浮き出て血色もよく健康そうだ。淡い白の襟付きシャツにえんじ色のVネックセーター、ブルーのフラノ地のズボンに柔らかそうな室内用の靴を履いている。そう、ここは欧米式の住宅だと聞いている。