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小説 囚われた男(3)

2006-10-26 12:54:41 | 小説
 左手の手袋を脱ぎ右手はそのままにズボンのポケットに入れながら、階段を七階まで下りてエレベーターに乗り込んだ。もし誰かに見られたときの用心だ。下りのエレベーターは一人ぼっちだった。下る途中、携帯電話で株価の動向をチェックした。逆指値で利益の確保は確実になった。

 高層マンション「信長」から歩道に出ると、冬枯れの街路樹に鈍い陽射しがハイライトを作っていた。この分譲マンション販売会社の社長が戦国武将ファンでこんなネーミングになったと聞く。

 前方にスターバックスの看板が見えた。仕事のあとのゆったりとした時間が、コーヒーの香りとともにすぐそこにあった。しかし、今夜あと一つ片付けたい仕事があった。
                


 銀座並木通りは、夕刻ともなるとビジネスマンやキャリア・ウーマンでどの店も大賑わいを見せる。ここ『バーニー』も例外ではない。店のオーナーが熱心なローレンス・ブロック好きで、古書店を表向きに営み、時には泥棒になるという主人公のバーニーにちなんで名づけた。
 店内は典型的なアメリカン・スタイルで、中央にU字形のカウンター・バーがあり、その周囲にボックス席が並び、奥には玉突き台とジュークボックスが置かれている。

 そこはジャズが中心で、カントリーはお呼びじゃない。アラバマの田舎町ではないというわけである。低くて狭いステージにカラオケ設備や踊れるスペースもある。そしてカウンターの天井からはテレビがぶら下がっていて、大リーグやフット・ボール、バスケット・ボールの中継が映し出される。

 それらを囲んで一年中沸き立っている。したがってアメリカ人を始め、ヨーロッパの国々からの客も多く国際色豊かな店である。従業員もでっぷりと太ったアメリカ人のチーフ、ジムを筆頭にウエイトレスにもアメリカの女性が混じっている。アルバイトで働いていて、日本語も達者で気安い態度がくつろげる店として広く知れ渡っている。

 料理も無国籍で、主に肉を塩と胡椒で味付けして供するが、凝ったメニューもある。例えば、こちらはロバート・B・パーカーの主人公スペンサーにちなむ「スペンサーの料理」から、チーズボール、帆立貝を使うスカラップ・ジャック、鶏とマッシュルームのクリーム煮、背骨を中心としたサーロインとフィレを含んだ最上質部分の、ポーターハウス・ステーキなど。
もちろん日本料理もある。焼き鳥、串かつは人気メニューである。

 日本人の客層は、大手町をはじめ銀座、新橋、霞ヶ関などのビジネスマンやOLということになる。そんなわけで、この店の客にとってもっとも好ましいのは、ガール・ハントやボーイ・ハントに最適なことだ。
 しかも知的水準も資産水準も高いときている。多くの男女にとって見逃す筈はないのである。今日は勤め人にとって一番うれしい金曜日、多くの美男美女がやってくるだろう。