ジョー・R・ランズデール「デトロイトにゆかりのない車」
雨の中を南から走ってきた車体が長く黒い妙な形をした車は、不思議な力でも持っているように、ほとんど振動もせず、タイヤもブレーキのきしみもなしに減速し路面にかすかなゴムがすれる音を残して停まった。エンジンの音さえ聞こえなかったようだ。
アレックスには、デトロイトの組み立てラインから生れた車には見えなかった。その車のドライバーはクラクションを三回鳴らした。ブオーッ、ブオーッ、ブオーッ。そして去っていった。
そのとき、アレックスは昨夜の妻との会話を思い出して、ぞくっと悪寒に襲われた。妻のマージーが言っていた。
「おばあちゃんが言うのには、黒い軽装馬車が家の前で減速し、乗っていた死神が鞭を三回鳴らしたら、その瞬間に父親が亡くなったそうよ」アレックスは寝室にとって返し、マージーを見つめた。マージーに息はなかった。
さっきの車は黄泉の国からの死神だったのか。アレックスは死神を捕まえて、二人同時に連れて行けと交渉する。夫婦の愛情の細やかさが印象に残る。
人間の耐用年数もそれぞれで、交通事故で同時に亡くなることはあっても、自然死ではムリだろう。伴侶より先に死にたいという感情はごく自然なもののようで、この短編もそれがテーマになっている。
著者は、1951年にテキサスに生れる。この人の作品をいままで5作ほど読んでいるが、老境に入った男の心理や騙される男の切なさ、爆発する若いエネルギーを独特の比喩やユーモアに絡めての描出が心地よい。