元気な孫を連れて、まずはエース・ホテルの階段と斜路で走り回る。8時だと人もいない。
三条鴨川に行く。三条大橋の歩道部分の欄干が新しくなっている、白さがまぶしい。この横の川岸に降りる坂を孫が元気に昇り降り。
高瀬川からみそそぎ川、鴨川へのの分水( http://waterside.fc2web.com/k8-2.html )のところは何度も昇り降り、危ないので手をしっかりつなぐ。この高瀬川の取水口は賀茂大橋下流( https://www.google.com/maps/place/%E3%81%BF%E3%81%9D%E3%81%9D%E3%81%8E%E5%B7%9D+%E5%8F%96%E6%B0%B4%E5%8F%A3/@35.0255743,135.7740754,341a,35y,270h,39.41t/data=!3m1!1e3!4m14!1m7!3m6!1s0x600108674f1bf0b9:0x9cdddc680220b69c!2z6IGW44OJ44Of44OL44Kz5Lya6IGW44OI44Oe44K55a2m6Zmi5Lqs6YO95L-u6YGT6Zmi77yI5pen5bGx5Y-j546E5rSe6YK477yJ!8m2!3d35.0258644!4d135.7702925!16s%2Fg%2F1td7c18f!3m5!1s0x600109a3b646499b:0x42eea76240ae1f7d!8m2!3d35.0256597!4d135.771314!16s%2Fg%2F11rfct6ghp?entry=ttu )にある。
みそそぎ川は明治44年(1911年)の鴨川改修に伴い、大正6年(1917年)木屋町・先斗町の茶屋の陳情もあり床設けられる河岸の修景として整備された。( https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%81%9D%E3%81%9D%E3%81%8E%E5%B7%9D )
なお、先斗町は「寛文10年(1670年)護岸工事の埋立による新河原町通が発祥、水茶屋は正徳二年(1712年)の頃より」とある。安政6年(1859年)になって芸者嫁業の公許と五花街では最も新しい。鴨川改修により木屋町川の曳船や材木の賑わい相手の魚料理の街から、鴨川を正面とした花街になった。(「このまち‐先斗町‐」2014年:講演パンフより)
これから丸太町まで鴨川を上がる。紋白蝶が飛び、鴨が泳ぐ。おにぎりを食べると、雀がやってくる。留学時代MIT前のチャールズ・リヴァーを想い出す、都市の楽園だ。ボストンと京都は姉妹都市であり市役所に灯籠があり、Boston Children Museum( https://en.wikipedia.org/wiki/Boston_Children%27s_Museum )には京町家の断面実物がある。(京都にこそ欲しいものだ、ENIAC( https://en.wikipedia.org/wiki/ENIAC )の一部現物もある)
丸太町から北上に御所に。さすがに疲れて先に歩いて帰ると11時。(1万3千歩)荊妻は近衛の公園まで行ったが帰りは地下鉄2駅利用とのこと。御所の玉砂利には難儀する。
ぐっすりお昼寝