長い歴史をもつ都市は、地上のみならず地下にも歴史が残されています。
ウィーンも例外ではありません。先史時代の集落を別にしても、
古代ローマ時代には
ヴィンドボナという都市がありました。
古代ローマ時代のものではありませんが、
地下鉄U3路線の
シュトゥーベントーア駅から地上へ出る部分には古い城壁が残されています。
まるでモダンアートのようですが、古い城壁の上に新しいレンガで補充したのでしょう。
産業革命で戦争が「工業化」される以前、戦争は都市以外の開けた土地を戦場としていました(
モハーチの戦い、
関ヶ原の戦い、
ワーテルローの戦いなど)。
そうした時代の都市は城塞としての役割もあり、万一戦火が及んだ場合のため、城壁で囲まれていました。
日本でも江戸時代には
江戸城三十六見附がありました。
ウィーンの場合も、堅牢な城壁で囲まれ、数々の城門が設けられていました。シュトゥーベントーアも、そのひとつで、下の絵画が1853年頃のシュトゥーベントーアの様子を伝えています。
(トーアは門で、あえて訳せば「シュトゥーベン門」)
上の絵画が制作された1853年には
フランツ・ヨーゼフ皇帝暗殺未遂事件があり、これを契機に城壁が撤去され、名高い
リンク大通りが誕生しました。
ウィーン改造
実写版マスク猫さん
ヨーロッパでもCovid-19パンデミックの第2波を迎えています。オーストリアでも政府関係者数人の感染が確認されました。閣僚の感染者はまだいませんが、要注意状態になっています。
春の第1波で最も感染数・死亡数の多かったイタリア・スペインも第2波が始まっていますが、かなり抑制効果の出ているイタリアに対し、スペインでは感染数も死亡数も急上昇しているようです。
とにかく、用心しつつ普通に過ごしましょう