「街中の階段」と言えば「
ローマのスペイン広場」が有名ですが・・・
下の階段も忘れてはなりません。
セルゲイ・エイゼンシュテイン監督の「
戦艦ポチョムキン」で知られる
オデッサの階段です。
ウィーンの
コンツェルトハウスでは、頻繁ではありませんが定期的にサイレント映画の名作が上映されます。スクリーンの下でオーケストラやアンサンブルが画面に合わせて演奏するコンサートです。
そうしたコンサートのひとつで「戦艦ポチョムキン」を観ました。階段のシーンは本当に迫力がありました。
この映画はソ連時代に、1905年のいわゆる「
第一革命」を扱ったものですから、当然プロパガンダ映画なのですが、エイゼンシュテインの才能が、プロパガンダの狭い枠を遥かに超えていると言えるでしょう。
オデッサの階段での虐殺は史実ではないそうですが、エイゼンシュテインが構成した映画の流れの中で爆風のように観客を直撃するのです。
オデッサはロシア語で、ウクライナ語ではオデーサですから、以下はオデーサにします。
以前に紹介した「ガリツィアへの旅」の中にもオデーサが登場します。ホロコースト以前の東欧には
アシュケナージムのユダヤ人が多く、文化的にも重要な社会層でした。オデーサの人口構成は第二次大戦まではロシア人に次いでユダヤ人が多く30%以上を占めていました。彼らは
イディッシュ語を使っていました。
YouTubeで「
Goodbye Odessa」というイディッシュの歌を見つけました。イディッシュ語なので全然内容は判りませんが「ヤーリュブリユーティビヤー」というところだけは判ります。ロシア語で「アイラブユー」です。イディッシュ語はヘブライ語にユダヤ人が住んでいる地域の言語が混ざりこんだものなので、オデーサのユダヤ人は、ロシア語も混ぜて話していたと思われます。
本当はウクライナについて、今回でひとまず纏めようと思っていたのですが、色々検索しているうちに時間切れ
結局また書くことになると思いますが・・・とりあえず
「ウクライナ頑張れ!」

蛇足ながら・・・
スペイン広場もオデーサの階段も「バリアフリー」の見地からは「とんでもない階段」ですが、多分今はエレベーターとかエスカレーターとかあるだろうとおもいます。ウィーンの公共の道路で階段になっているところは脇にエレベーターやエスカレーターがあります(もちろん街中の全部ではありません)。