フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

8月2日(日) 曇り一時雨

2009-08-03 09:09:25 | Weblog
  8時、起床。一週間を日曜始まりで考えるか、月曜始まりで考えるか、手帳やカレンダーは二種類のものが出回っているが、私は手帳は月曜始まりのものを、カレンダーは日曜始まりのものと月曜始まりのものを併用していて、どちらかといえば月曜始まり派である。その流儀でいえば、今日は前期の最終週に属し、明日から8週間の夏休みの第1週が始まる。というわけで、今日は前夜祭みたいな感じで、夏休み中のスケジュールを作成する。
  夏休み中は、原則として週に一度、木曜に大学へ出ることにしている。教員ロビーに届く郵便物を受け取るため、学生の学習相談(夏休みの課題)に応じるため、そして図書館で本を借りたり資料をコピーしたりするためである。研究室で人と会う約束もできるだけ木曜に入れるようにしている。なぜ木曜なのかといえば、それが週の真ん中で(月曜始まりで考えた場合)、一週間を前半・後半に二分して考える(3日単位で一つの仕事を片付ける)のに都合がいいからである。
  起床は8時から9時の間、就寝は2時から3時の間、睡眠時間は6時間というのは普段と変わらない。午前中が仕事というのも同じ。違うのは午後で、大学に出ないので、昼食の後に昼寝を1時間ほどすることができる。夏バテ予防に昼寝は欠かせない。大学に出ているときは昼寝ができないので、帰宅して、夕食後に仮眠をとってから書斎に入るが、その分、就寝時刻が遅くなって、勢い深夜型の生活になってしまう。昼寝をすれば夕食後の仮眠の必要はなく、深夜化に歯止めがかかる。
  昼寝の後は、本を持って外出(散歩)する。終日、自宅にこもっていると運動不足になってしまう。精神衛生上もよろしくない。本は喫茶店で読むことが多いが、喫茶店でなくとも、読もうと思えばどこでも読めるのが本のよいところである。外出してすることは読書だけではない。週に2回はジムでトレーニングをしたいし、週に1本は映画館で映画を観たいし、展覧会や演奏会にも行きたい。特定のイベントではなく、街歩きそれ自体を楽しみたい。夏の間に一度か二度は海を見にいこう。海を眺めながらものを考える時間はとても大切だ。

  「日本は海に囲まれているといっても、日本人は現在、海を見ることもないまま海に囲まれたコンクリートの建物の中にいるという状態になった。海のそばにあるのは倉庫であったり、鉄道の引込線であったり、接岸のための波止場であったりするので、わたしたいが海を日常的に見て生活し、それによって形づくられた精神の原風景が物の考えかたや文化の中で大きな意味を持つことがなくなってきた。人が住む土地はむしろこの防御用、産業用の海岸線から隔てられ、どんどん奥まった場所になってきている。人が海のすぐそばに住むことはあまりない。すぐ近くに住んでも、コンクリートの防波堤によって、海と隔てられている。
  かつて日本人は、白砂青松の風景が続き、それが終ったところの、つまり「松原遠く」に海を眺め、そこに白帆が浮かぶ風景を持ってきた。そのため、砂浜を通して生活が海に通じているという原風景の感覚が体に残っていた、ということである。それが近代の都市生活によって海から遠ざかったのである。」(松本健一『海岸線の歴史』199-200頁)

  夕食後の時間は原稿を書いたり、原稿を書くための調べものをするための時間だ。何よりも大切なのは集中力。とくに原稿を書いているときは「中断」が禁物で、TVドラマは録画しておいて翌日や翌々日に昼食をとりながら観る。メールも仕事が一段落しないうちはチェックしない(その代わり返事が必要なメールにはすぐに返信する)。
  深夜の1時を回ったら、クールダウンに入る。就寝の直前まで原稿を書いていると寝つきが悪くなる。音楽を聴きながらフィールドノートの更新をするのはクールダウンにはもってこいの作業である。「今日はこういう一日だった」と振り返る。途中で眠くなったら就寝し、続きは、翌日、朝食の前に書いて更新する(この記事もそうである)。
  こういう生活が明日から始まる。