7時、起床。朝風呂を浴びてから、荷造り。衣類がほとんどなので簡単にできてしまったが、お土産やこちらで購入した本が紙袋1つ分増えた。ショルダーバッグを斜め掛けして、両手にボストンバッグと紙袋を持って帰ることになる。荷物になるから旅先で古本など購入すべきではないのだが、こればかりは病気みたいなものだからしかたがない。10時前にチェックアウト。
今日は日曜日なので、毎日朝食をとりに行っていた喫茶店「Kaga」はお休み。「Kaga」に操を立てるわけではないが、他の喫茶店を探すのは億劫なので(ハズレだったら後味が悪い)、朝食は風呂上りに飲んだヨーグルト・ドリンクだけにしておく。駅構内のコインロッカーにボストンバッグと紙袋を預け、ショルダーバッグだけを持って、10時12分発の内灘行きの電車に乗り込む。金沢旅行の最初と最後は内灘の海岸でなくてはならない。
内灘の海岸では思いがけない風景に出会った。ボーイスカウトの凧揚げ大会が行われているのだ。小さな子供たちとその家族がいっぱいだ。こんなにたくさんの人たちをここで見るのは初めてだ。役員の人に話を聞いたら、本当は先週の日曜日の予定だったのだが、悪天候で今日に延期になったのだそうだ。そのため大きな子供たちは他の行事の予定とバッティングしてしまって、小さな子供たちとその家族ばかりになったとのこと。なんだか不思議な、そして幸福そうな情景だ。もし先週の日曜日がいいお天気だったら、この海辺の幸福な情景と出会うことはなかったわけで、偶然に感謝したい気持ちになった。
海岸で30分ほど過ごし、内灘の海に別れを告げてから、「ア・シュビィ・ドゥビ」に昼食をとりにいく。先日の混雑が嘘のように客は私ひとりだった。ここは平日のランチ目当ての客が多いようだ。本日のパスタ(豚挽肉と水菜のパスタ、トマトソース風味)を注文。
フロア係の女性に凧揚げ大会のことを話すと、休憩時間にぜひ行ってみたいと言ったが、役員さんの話ではあと1時間で大会は終わってしまうそうだ。とても残念そうにしているので、他にお客さんは来そうにないし、もし来たら私が相手をしておくから駆け足で行って来たらどうかと冗談を言うと、おかしそうに笑った。せめて写真だけでもと、さきほど撮ったデジカメの写真を見せてあげると、喜んでくれた。食事を終え、支払いのとき、次回来店時に飲み物が一杯無料になるチケットをいただく。次回といっても私はこれから東京に帰るので、1年後のことになるが、このチケットには有効期限というものがあるのかと尋ねると、えっ、そうなんですか、でも、1年後も有効です、と彼女は言った(それまでチケットをなくさないようにしなくちゃ)。彼女の写真を撮らせてもらう。名前を「彩さん」という(漢字で書けるのは名刺をもらったからである)。1年前はいらっしゃらなかったよねと聞くと、ここで働くようになって8ヶ月だという。私が写真を撮り終えると、今度は彩さんが、自分のデジカメで一緒の写真を撮らせてもらってもいいですかと言うので、もちろんいいですよと答えると、厨房からシェフを連れてきて、デジカメを彼に渡した。シェフはすっきりした顔の青年で、7年前に開店したときは目の前に海が見えたのですが、いまは住宅が建って見えなくなってしまいました、当初は「海の見えるレストラン」を宣伝文句にしていたのですが、途中から「潮風のレストラン」に変えましたと言って、私を笑わせた。開店して7年続いているのであれば、海の見えることに頼らずとも、立派に料理の味で通用しているということである。店を出てしばらく歩いてから、マフラーを忘れてきたことに気がついた。店に電話をして、マフラーがあることを確認してから店の前まで行くと、彩さんがマフラーを持って店から出てきた。1年後も彩さんはいるだろうかと尋ねると、はい、頑張りますと彼女は答えた。
食後のコーヒーは「ナッシュ」でと決めていたので、「ア・シュビィ・ドゥビ」では飲み物は注文しなかった。「ナッシュ」は10時半に前を通ったときはまだ準備中だったが、12時を回ったいまは道に今日のメニューの看板が出ていた。
本来、「ナッシュ」は日曜は休業なのだが、開店直後ということで、地元へ定着するために、しばらくは日曜日も休まず営業していくつもりだと聞いている。頑張っているのだ。となれば、この時間にやってきてコーヒーだけというわけにはゆくまい。さきほどのパスタは前菜と考えて、もう一品何か食べようと決めてドアを開ける。ほのるるさんが笑顔で迎えてくれる。一番のお勧めは何ですかと尋ねる。そうですねと、ほのるるさんがちょっと考えている間、どうか「とろ~り豚角煮のプレートごはん」ではありませんように(それは少々つらい)と祈っていたら、「かぼちゃとナスのココナッツミルクカレー」とのことなので、内心ほっとしつつそれを注文する。名前からは甘口のカレーなのかと予想したが、しっかり辛口で美味しかった。きれいに平らげて(甘いもの同様、カレーも別腹なのだった)、珈琲を注文する。
ほのるるさんがお店の常連さんとおぼしきお客さんと話をしていているのを傍らで聞いていて思ったのは、ほのるるさんは生真面目な人のようだということだ。ほのるるという能天気なハンドルネームには自由奔放な生き方への憧れが込めれているように思うが、それは生真面目な人だからこそ抱く憧れであろう。真面目であることは人間としての美徳だが、生真面目であることは対人的なサービス業の場合にはマイナスに働くことがある。カフェにはさまざまな人が来る。その一人一人と生真面目に接していたらクタクタになってしまうであろう。大らかさというか、人の好意に甘えるところ、適度のちゃらんぽらんさというようなことがこうした仕事には必要なのではなかろうか。一方で、ほのるるさんの生来の生真面目さを接客の上で生かすことはできると思う。お客さんの話題に合わせて勉強をすることだ。この前、私が「鉄板道路」の話をしていたとき、ほのるるさんは学生が講義ノートをとるみたいにメモをとっていた。そういう姿勢はとてもいい。カフェのお客は黙ってやってきて、読書に耽って、黙って帰る人ばかりではない。いや、多くの場合、読書を好む人は会話を好む人でもある(なぜなら読書とは著者との対話だから)。しかるに会話とは「何か」についての会話であり、接客業に携わる人は話題の引き出しをたくさんもっていた方が有利だ。内灘はもうかつての漁村ではない。みんなが潮の具合に関心をもっているわけでははない。サラリーマンとその妻たちが住む街であり、興味関心のありようは多様だ。地域に根付いた社交の場としてのカフェを展開させていこうとするならば、内灘の歴史を勉強する一方で、流行のカルチャーについてもひとわたりの知識はもっていたほうがいい。たぶんそういう勉強はほのるるさんにとって苦ではないはずだ。勉強というのは仕事と直結するとき一番身につくものである。これは教師だって同じことで、講義や論文の準備で本を読んでいるときの集中度はとても高いのである。
13時30分内灘発の電車に乗るため、その10分前に「ナッシュ」を出る。さようなら、店長ブログの更新もお忘れなく。夏の観光シーズンが始まるまでの3ヶ月間、頑張ってください。東京から応援しています。
金沢に戻り、駅構内の土産物店で母への土産に九谷のご飯茶碗と湯飲み(お揃いの柄)を購入。ロッカーから荷物を取り出し、金沢発14時14分発はくたか17号に乗り込む。列車は定刻通りに発車した。
ただいま