フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

5月25日(月) 曇りのち晴れ

2015-05-26 16:28:59 | Weblog

9時、起床。

トースト、ポトフ(昨夜の残り)、サラダ(トマトとレタス)、スイカ、パイナップルジュースの朝食。ずいぶん野菜や果物が多い朝食である。

午後、病院へ母を見舞う途中で「吉岡家」(本店)で昼食を食べに入る。路上の看板の「天ざる」に引かれたのである。

蕎麦の上に刻んだ海苔がのっているのが「ざる」で、のっていないのが「もり」である。「もり」のほうが安いし、とくに海苔が好きというわけでもないから「もり」でもよかったのだが、看板に「天ざる」と書いてあったので、そのまま注文してしまった。

そば美味しく、大盛りにすればよかったなと思った。次回は「天もりの大盛り」を注文しよう。

さて、支払いと鞄の中を見て、財布を入れてこなかったことに気付く。私にはときどきこういうことがある。幸い「吉岡家」はなじみの店ではないものの、初めての店というわけではなく、昨日床屋に行ったばかりで、身なりも、振る舞いもちゃんとしている(と思う)。最初から無銭飲食を意図した客でないことはわかるだろう。「すみません。財布を家に忘れてきてしまって・・・。10分ほどで戻ってきますから」というと、「はい、わかりました」とご主人夫婦は言った。腕時計を置いてけみたいなことは言われなかった。そして約束どおり10分後に戻ってきて、支払いをすませた。

病院には川越から妹が見舞いに来ていた。そば屋での一件を話すと、信じられないというような顔をした。妹は私より3歳下(58歳)だが、これまでの人生で一度も財布を忘れて店で食事をしたという経験がないそうである。いや、そもそも、財布を家に忘れてくるということがないそうである。ほ、ほんとですか!私はよくあるんですけど・・・。ベッドの上で二人の話を聞いていた母も「私もないね」と言った。88年生きてきて一度もですか、それはすごいですね。財布に限らず、手帳、時計、定期券、鍵、ケータイなどを私はよく家に忘れて外出してしまう。あるいは外出先でどこかに置き忘れてしまう(しかし8割方は戻ってくる)。帰宅して、妻にこのとこを話すと、「孝治さんがおかしいよの」と言った。そ、そうなのか・・・。世間の人はみんなちゃんとしているのか。私がダメなのか。この問題についてはそのうちちゃんと考えてみよう。

私たちが病室にいるときに大き目の地震があった。病棟はけっこう揺れた。耐震構造になっているから揺れるのだろう(と思うことにする)。

A医師が私に話があるというので、二人だけで話をする。母の現在の状態と今後のことについてだった。

夕食は妻と「phono kafe」に食べに行く。

久しぶりの「phono kafe」である。

惣菜6種(コーンとカブのスパイシーフリット、丘ひじきと長ひじきのクルミソース、ブロッコリーのタルタルソース、長芋と小松菜と茗荷の梅酢和え、べジミートのトマト煮、玄米と豆腐のタルト人参ソースかけ)と玄米ご飯、味噌汁。

食後にあずき茶を注文。

一週間の臨時休業中、大原さんは何日か帰省されていた。お土産の鳴子人形を手にしているところをパチリ。リフレッシュされたようである。実家に帰られる前に仙台で一日一人でフリーの時間をもてたことがよかったのでしょうとのこと。

常連さんも何人か来ていて、閉店間際は、私たち夫婦と、Sさん、大原さんの4人でおしゃべりを楽しんだ。Sさんは店に入ってくるなり、大原さんに「二周年おめでとうございます!」と言ったが、そうだった、この5月15日で「phono kafe」は開店二周年を無事迎えたのだった。とくに何かの行事はなかったが(臨時休業中だったし)、5周年のときは大々的にやろうかと大原さんは考えているようである。まだまだ先の話ですけどね(笑)。


5月24日(日) 曇りのち晴れ

2015-05-25 05:04:37 | Weblog

7時、起床。

トーストと紅茶の朝食。

10時になるのを待って床屋に行く。10時開店だとばかり思っていたら、9時前には開店していたようである。

散髪を済ませて、「テラス・ドルチェ」で一服。

花屋に寄って仏花を買って帰る。4月末に閉店した「ムッシュ・のんのん」の前を通る。5月の初旬はガレッジセールをやっていたが、それも終わって、まったくの空家になったようである。

看板は残っている。これはガレッジセールの対象ではなかったようである。路上に置かれていた看板の方は「ムッシュ・のんのん」になっていたが、こちらは「ムッシュ・ノンノン」である。どちらが本当なのだろうか。でも、いまとなっては、どちらでもいいようにも思える。

庭先の桜の木に桜ん坊が成っていた。美味しそうに見えるが、たぶん酸っぱいのだろう。

2時頃、妻と病院へ母を見舞いに行く。

途中、「宝来」で食事をしていく。

私はラーメンと半炒飯のセット。妻はタンメン。麺も美味しい。よい中華料理店を見つけたと思う。

病室に入ると、ベッドに寝ていた母が私の顔を見るなり、「今日は調子がすごく悪い」と言った。朝から嘔吐が続いていて、朝食も昼食も食べていないという。吐き気止めの座薬を入れてもらったあともしばらく吐いていたが、しだいに落ち着いてきた。

3時間ほど滞在して病院を出る。

6月の初旬に友人のKの別荘「安楽亭」を訪問する約束をしていたが、Kにメールをして、キャンセルにした。

花屋の店先に日日草が並んでいた。

帰宅する前に「phono kafe」に顔を出す。満席だったが、地元のタウン誌『あっとWOO』の最新号が置かれていたので、10部ほど持って帰る。今号には「『隣町カフェ』のすすめ」というコラムを書いた。

帰宅して少ししたら娘から電話があった。いま、おばあちゃんの見舞いに来ているのだが、お父さん、手帳を忘れたでしょと言われる。気付かなかったが、確かに鞄の中にない。駅で娘と待ち合わせて(この後娘はどこかへ出かけるようである)、手帳を受け取る。

東急プラザの「くまざわ書店」で本を数冊購入して帰って来る。

池澤夏樹個人編集の「日本文学全集」(河出書房新社)の第20巻「吉田健一」。『文学の楽しみ』と『ヨオロッパの世紀末』がメインで収められている。彼の文章は悪文のような名文のような、読者を煙に巻くところがあって、気になる文章家の一人であったが、そうか、池澤は彼を単独で「全集」に入れたのか。ずいぶんと思い切ったものである。

北村薫『太宰治の辞書』(新潮社)

ダーグ・ソルスター(村上春樹訳)『ノヴェル・イレブン、ブック・エイティーン』(中央公論新社)

吉田健一は『文学の楽しみ』の中でこんなことを書いている。

 「本は、それがもし読むに足るものであるならば、我々をゆっくり初めから終わりまで運んで行ってくれて、たまにフレミングの冒険小説のように、フレミング自身の言葉を借りれば、早く次の所が読みたくさせるところはあっても、そうでなければ本は読めないということはないので、丁度、料理を一つ食べ終わってからもうそれがおしまいだということにはならず、次のが持って来られるのと同様に、一章がすんで山を一つ越せば、そこには既に別な眺めが開けている。そして考えてみると、自分が読んでいるものの魅力が大きければ大きい程、終わりになるまではそれが終わるのを望まないもので、終わるのはそれ故に、その一つのものが完結することであり、確かに終わったと感じる時にそれが事実、終わっていて、頭にその響きだけが残り、それが再び我々を今確かに読んだものに連れ戻すのは、この点は音楽に似ている。」(21頁)

この2冊の小説は、書店でパラパラとした限りでは、「読むに足るもの」であると思われる。

金子勝『資本主義の克服』(集英社新書)

成田龍一『加藤周一を記憶する』(講談社現代新書)

上田紀行『人生の〈逃げ場〉』(朝日新書)

加藤周一が死んで6年半が過ぎた。成田龍一の本はもっと早く出るべきだったと思うが、でも、今年は未の年だから、『羊の歌』の作者についての本が出るタイミングとしてはグッドであるという言い方もありかもしれない。

金子勝と上田紀行の本は、社会の在り方と人生の在り方を考えるために読む本である。

夕食は鶏肉と野菜のレンジ蒸し。

デザートはスイカ。


5月23日(土) 晴れ

2015-05-24 12:32:09 | Weblog

7時、起床。

玄関先の花に水をやる。これは入院中の母から託されている仕事の1つ。

いろいろな花は折々に母が鉢植えにしたものたちである。

トースト、サラダ(ハム、ベビーリーフ、レタス)、紅茶の朝食。

10時に家を出て、大学へ。 

11時前に研究室に着くと、部屋の前の廊下で3人の卒業生たち(論系ゼミ5期生のKさん、Uさん、Sさん)が私を待っていた。この3月に卒業したばかりの一番新しい卒業生であるが、3人には公務員という共通項がある。KさんはS区役所、UさんはS市役所、SさんはK区役所の職員である。

研究室でひとしきり職場の話を聞いてから食事に出る。

最初、「すず金」に行ったのだが、開店前に着いたがすでにかなりの行列ができており、待つこと必至だったので、鰻重は次の機会にして、「たかはし」に行く。私とSさんはカツオのたたき定食、Kさんは豚肉生姜焼き定食、Uさんは肉豆腐定食を注文。

おしゃべりのテーマはこのあたりから仕事のことを離れて、恋バナに移る。幸せ太りの人もいれば、恋やつれの人もいれば、なんら変わらない人もいる。

お土産にいただいたケーキがあるので、それを食べに研究室に戻る。

工事が終わって広くなったキャンパス。かつてこのあたりにはゼミの教室として使われたプレハブ校舎が建っていたのだ。

論系ゼミ4期生のWさんに声を掛けられる。どうして君がここに?

今日は彼女の誕生日で、彼氏とデートの最中で、懐かしのキャンパスにやってきたそうである(彼氏も早稲田の卒業生)。そこで私たちを見つけて声をかけてきたというわけである。

彼氏に写真を撮っていただく。どうもありがとう。楽しい一日になりますように!

4種類のケーキを4人で食べる。じゃんけんで選んだのだが、負けたKさんは残ったショートケーキを食べることになったのだが、なんと、彼女は苺が食べられないのである(!)。私はショートケーキも好きなので、自分のモンブランと取り換えてあげたが、なんと、彼女は栗も苦手なのであった(マロンクリームは大丈夫なのだが、栗の実はダメなのである)。栗の実だけ私が食べる。

1時頃、後の予定があるUさんが先に帰る。今日は何枚かちゃんと目を開けた写真が取れましたよ。

 その後、2時間ほど(!)、KさんとSさんの恋バナの続きを聞く。学生時代の恋バナと比べて、臨場感が増している。言い換えると、恋愛と結婚の間の距離が小さくなってくるということである。恋愛結婚、つまり恋愛した相手と結婚をするというのは現代の普通の結婚のプロセスだが、学生時代は「この恋愛」が結婚につながって行くかどうかはわからない。希望としてはあっても、希望が現実化していくのは先の話だ。しかし、社会人になると、「この恋愛」が結婚につながっていく可能性がしだいに大きくなってくる。1つ1つの行動が、言葉が、相槌が、その可能性を確認するものとなってくる。 

仕事に恋にエンジン全開の二人である。心配な面もあるが、二人の幸せを祈らずにはいられない。20代は男性よりも女性の方が重要な選択・決断に迫られることが多いように思う。

話の続きはまた次回。よい展開になりますように!

病院に母を見舞う。

見舞いにいただいた桃を1つ食べる。蜜たっぷりの美味しい桃だった。

蒲田駅行きのバスにタッチの差で乗れなかったので、てくてく歩く。散歩にはもってこいの気候だ。

あやめ橋のあたりになると一変に視野が広がる。

 

「まやんち」へ寄る。今週からメニューに出た「ビクトリア・サンドウィッチケーキ」とアイスティーを注文。

手間暇かけて作った苺ジャムをパウンドケーキでサンドしたものである。一口食べては紅茶を飲み、一口食べては紅茶を食べ・・・、紅茶によく合うケーキである。今日はたくさん歩いて喉が渇いていたのでアイスティーにしたが、次は入荷したばかりのダージリンの春摘みをポットで注文しよう。苺ジャムがなくなったら終了するメニューで、来週は大丈夫だが、再来週はどうかわかない。

妻へのお土産に1つテイクアウトして、家路を辿る。

夕食はポトフ。


5月22日(金) 晴れ

2015-05-23 09:46:29 | Weblog

7時、起床。

トースト、サラダ(トマト、ベビーリーフ、レタス)、(夕食の残りの)麻婆豆腐、紅茶の朝食。

11時半に家を出て、大学に行く前に、病院に母を見舞う。

母も昼食の時間で、私もパン屋で買って来たコロッケパンとコンビニで買ったコーヒーをベッドサイドで昼食。

1時半に大学に着く。夏の陽射しが溢れるキャンパス。

五月晴れ仰け反り仰ぐビルディング  恵美子

教員ロビーのメールボックスにコクヨの野帳(フィールド・ノートブック)の特別仕様版が二冊入っていた。私がこれの普通版を愛用していることをご存知の阿比留先生がくださったのだ。私が甘いもの好きであることは広く知られれていて、スイーツを頂戴する機会は多いのだが、私は文具好きでもあって、こういうプレゼントは嬉しい。ありがとうございます。

研究室で演習「個人化の社会学」のグループ発表の事前相談。たんなるテキストの内容の紹介を越えて(それを踏まえて)、自分たちで設定した問いをめぐる考察を発表にしてほしい。

3時半からOさんのゼミ論指導を1時間。トマト、桃、蜜柑(忘備録)。

5限・6限はゼミ。事前に今日検討するテキストを読んで感想をBBSに投稿しておくという課題をやっていない学生が多かったので注意をする。それとBBSの使い方についてアドバイス(他の学生の書き込みに「返信」するかたちでコメントを付けられるので、その機能を活用して、ディスカッションに展開するということを4年生はやっているが、3年生はただ自分の意見を書いているだけ。4年生のマネをしよう)。

休憩時間のスイーツは4年生のTさんが用意してくれた「焼きカステラ」。

6限の3年生は1時間ほど延長して9時前に終了。今日も全員(16名)が発言をした。

神楽坂で途中下車して「トンボロ」に寄って行く。

カウンターの上にほたるぶくろ。

ミートソーススパゲッティを注文。 

隣の席の中年のカップルが話しているのが耳に入ってくる。女が言った、「店で出てきた料理を写真に撮る人いるでしょ。いやよね。早く食べろよって思うの」。ごもっともです。運ばれてきたスパゲッティミートソースをおもむろに写真に撮る。女が「あら」という顔をこちらを見た。軽く会釈をする。

しばらくして男が「私もミートスーススパゲッティを」と注文した。

デザートはチーズケーキ。

しばらくして男が「あんぱんをください」と注文した。なかなかよく出来た男である。

コーヒーはBブレンド。

11時、帰宅。どこからかなつが出てきて、ニャーとなくので、少しエサをやる。

一週間が終わった。ふぅ。


5月21日(木) 晴れ

2015-05-22 10:08:06 | Weblog

7時、起床。

トースト、サラダ(ハム、トマト、ベビーリーフ、レタス)、紅茶、バナナ、麩饅頭の朝食。バナナは母の見舞いに行って持って帰ってきたもの。

麩饅頭は昨日病院からの帰りに「藤肥軒」で買ったもの。朝から和菓子もよいものである。

9時半に家を出て、大学へ。

からりとした初夏の気候。高原のキャンパスのようである。

3限は院生の研究指導。3限は10時45分から12時15分まで、3限は1時から、だから昼休みは45分である。以前はきっちり1時間あった(職員さんの昼休みはいまでも1時間である)。それが45分になり、あわただしくなった。本部キャンパス周辺の食堂の人から聞いた話だが、昼休みの時間が短縮されてから学生や教員の客が減ったそうである。それはそうだろう。行き帰りの時間を考えたら昼食をキャンパスの外に出て食べるのは躊躇するよね。2限を12時15分までとするなら、3限は1時15分からにすればいいのである。

昼食はコンビニおにぎりを研究室で食べる。

3限は大学院の演習。

4限は空き時間。授業の準備。

5限は講義「日常生活の社会学」。

6時過ぎに大学を出る。

今日は病院へは寄らなかった。一週間の疲れが溜まっている感じで、早く帰宅し、早く夕食をとり、早く風呂に入り、授業の準備を早めにすませて、早く就寝したかった。

母は日々、死と向き合っている。その母を毎日見舞うということは、私も日々、間接的に死と向き合うということである。疲れてくるとそれが少々しんどくなる。

帰宅して、夕方に病院に行った妻に今日の母の様子を聞いたところ、ベットサイドの貴重品入れから何かを取り出そうとして転んだそうだ。幸いたいしたことはなかったようだが、とうとう足に来たかと母は少しショックだったようである。もっとも母は普段からよく転んで、骨を折って、何度も入院してきた前歴があるから、私には「またですか」という感じなのだが。

明日は金曜日で夜はゼミがあるから、大学に出る前に病院に顔を出すことにしよう。「転んだことはたかじには言わないでね」と母は妻に言ったそうである。

夕食は麻婆茄子と、

アスパラガスと豚肉の炒め。

味噌汁は私の好物の卵と玉ねぎだ。