フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

12月20日(金) 晴れ(ゼミ篇)

2019-12-21 22:55:53 | Weblog

(承前)

今日は今年最後のゼミの日。4年生にとってはゼミ論の提出日である。毎週、4年生だけの自主ゼミをやっていた教室にプリントアウトしたゼミ論を持って集合(コースナビの提出口からファイルでも提出)。

全員の提出とその場での簡単なチェック(パッと見てわかるレベル)をしてから、3年生が懇親会の準備をしているいつもゼミの教室(231)へ移動。今日の懇親会には来春から正式にゼミ生となる2年生(15名。ただし1名は留学中)も参加する。4年生と2年生が対面するのは今日だけである。

まずは乾杯! ピザやスナック菓子、スイーツが用意されている。

4年生の(左から)Yさん、Hさん、Iさん、Hさん、Kさん、Hさん、Fさん。ゼミ論を提出し終えてやれやれという表情だ。

4年生のT君、U君、3年生のA君。

4年生のA君と2年生のA君。

4年生のKさんと3年生のKさん。

3年生のMさん、Aさん、Mさん、Tさん、Oさん。

4年生のYさんと3年生のS君(本日の司会進行役)。

この辺で2年生の自己紹介が始まる(5限の授業の後に来る予定の者が6名いる)。

最初は緊張気味であったが、質問に答えたりして、だんだんリラックスしてくる。

途中から残りの6名もやってきた。

とりあえずニコニコしていればいいかな(笑)。

2年生の自己紹介を聞く3・4年生。

2年前、1年前の君たちもあんなふうだったのだ。

論系ゼミ12期生となる2年生は15名(留学中1名)。男子4名、女子11名。さて、どんな代になるだろう。

ここで5名前後のグループに分かれて、グループ対抗クイズ大会。「大久保先生のフルネームを漢字で書け」というのが第一問。正解は「大久保孝治」。これはさすがに全グループが正解だった(笑)。大教室での講義の試験では教員氏名の欄が空白であったり、「大久保考治」と間違っている者もいるのである。ちなみにそれで「不可」にすることはありません。

「大久保先生の一番好きなおやつは?」という問題もあった。これは私も知らない(笑)。「大久保先生、正解はなんでしょう?」と聞かれたので、無理矢理ではあるが、「カフェ・ゴトーのタルトタタン」と答えたが、「正解」が2チームいたのには驚いた。

10問やって一番ポイントが高かったこの4年生・2年生混成チームが優勝し、賞品を獲得した。

最後に4年生がゼミ論について後輩たちへアドバイスを一言ずつ。

論文を書くという作業は基本的に個人プレーであり、孤独な作業であるが、彼らは自主ゼミなどを通して互いにサポートしあって最後までやっていた。大変につながりの強い、仲の良い代であったと思う。

卒業後もこのつながりを大切にして下さい。

4年生、3年生、2年生で集合写真。いい笑顔だ。

時刻は8時。撤収だ。

研究室で雑用を片付け、9時半に大学を出る。

「あゆみブックス」で『MONKEY』秋冬号を購入。

10時半、帰宅。

2時、就寝。


12月20日(金) 晴れ (社交篇)

2019-12-21 11:16:47 | Weblog

8時半、起床。

トースト、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

昼から大学へ。

卒業生のモエさん(論系ゼミ6期生)が研究室にやってくる。8月に「まやんち」でピーチメルバをご一緒して以来だから4か月ぶりである。私大の職員をされていて、部署はキャリアセンター。いま、複数のイベントの担当でお忙しい時期のようだが、体調の方はまずまずのようで、数年前に心臓の手術をされたのだが、最近の定期検診ではいままでで一番よい状態と言われたとのこと。それはよかった。

彼女はゼミの女性の卒業生の中ではたぶん一番背が高い(ヒールを履いているわけではありません)。スラリとしてバレリーナのようである。

ランチを食べに出たが、途中、「戸山の丘」に登ってみる。卒業アルバムの写真を撮っているようである。新しい撮影スポットになっているようだ。

学生会館の方へも行ってみる。

仕事柄、早稲田大学のキャリアセンターの様子が気になるようである。

さて、ようやく「たかはし」へ。

私は肉豆腐定食(ご飯は軽めで注文)。

やっぱり、冬はこれを注文する頻度が高くなる。

彼女は、最初、焼き魚定食(きんめのひらき)を注文したが、彼女が注文する直前に最後の一つが出てしまったので(道草を食い過ぎたかな)、カキフライ定食を注文。ここのカキフライは5個で、しかも大ぶりである。「食べきれなかったら、私が1ついただくよ」と行ってみたのだが、「大丈夫です!」との返事が返ってきた。

実際、彼女はカキフライ5個を(ご飯も)完食した。見かけによらず・・・だね(笑)。「私、大食いというわけではなく、子どもの頃から出されたものは残さない習慣があるんです」。

さすがにデザートは無理なんじゃないかと思ったが、「スイーツは別腹です」と彼女は言った。慣用句ではなるが、ホントかな? 今日はいつものエリアから出て、早稲田通りをちょっと歩いたところにある「アンド・ツバメ」というレストランカフェに入る。存在はしっていたが、入るのは初めて。以前は「ツバメ・カフェ」という名前だったような気がする。「アンド・ツバメ」という店名は、「(いろいろあって)そしてツバメ」というような意味かしら。誤訳あるいは深読みかな(笑)。

二人ともスイーツと紅茶を注文。

私はマロンロールケーキ。なかなかいける。

彼女はバナナケーキ。

互いにカメラを向けあう。彼女の姿は映画館の無断撮影・録音禁止のCMのキャラクターに似ている(笑)。

店内では小物も売られていて、彼女はぽち袋を買っていた。年末年始に帰省(彼女は新潟のご出身)したさいに使うのだろう。

店を出て、早稲田通りから一本なかに入った道(茶屋町通りという昔々の名前が付いている)を歩く。

「いもや」が閉店してずいぶん時間が経つ。

たぶん何度もセロテープを貼り直したのだろう。

昔のポスターを張ったままのかつて煙草屋さん。

このクリーニング屋はこの通りで営業中の数少ない店の1つだ。

早稲田通りに合流する地点にあるお好み焼き屋「坂」。広島風とのことなので一度は行ってみたいと思っていて、まだ入っていない。

営業中の店に貼られているポスターは現在進行形のものだ。

私はこの後、年内最後のゼミがある。彼女は「今日は都電に乗って帰ろうと思います」と言った。どうぞよいお年を。

(「ゼミ篇」に続く)


12月19日(木) 小雨のち曇り

2019-12-20 20:46:58 | Weblog

8時、起床。

トースト、牛乳、紅茶の朝食。

9時半に家を出て、大学へ。まずは本部キャンパスに行く。

昨日、勘違いで入れなかった高田早苗記念図書館へ。実際は、ここは会津八一記念博物館の入口で高田早苗記念図書館へは裏口のようなところから入るのであった。

裏手の小さな入口から入って階段を上がって3階に図書館の入口がある。本当に慎ましい佇まいだ。しかし、ここには社会科学系の本を中心とする50万冊の蔵書があるのだ。

書庫の中の階段を下りて1階の書架にお目当ての堀米庸三『わが心の歴史』はあった。借り出しの手続きをする。貸出期間は2カ月だが、もちろんそんなに長く手元に置いておくつもりはない。なにしろ学内にこの一冊しかないのだ。昨日の私のブログを読んで、興味を持った人がいるかもしれないから、読んだらさっさと返却します(もちろん必要な個所はコピーを取って)。

11時に研究室に着くと、ドアの前で卒業生のユカさん(論系ゼミ4期生)が待っていた。6月に神戸で彼女の結婚式に出たとき以来である。旦那さんが東京に単身赴任しているのだが、先週末から東京にやって来ていて、今日の夕方、旦那さんと一緒に神戸に戻るそうである。彼女自身はいま会社を休んでいる。というのも・・・

彼女に言われるまで気づかなかったのだが、彼女はおめでた(いま6カ月)で、かなり悪阻がひどかったため、数か月前から休職し、ようやく体調がよくなったので、正月明けから職場復帰するそうだ。

おめでとう、ユカさん。(この写真で見ると確かにお腹が大きいね)

「タビビトの木」にランチを食べに行く。最近、ここに来る頻度が高くなった。

二人とも同じもの注文。タシのベジタブル・ミールス。容器に入っているのは三種のカレーとヨーグルト。

ドリンクは私はカフェラテ。彼女はノンカフェインの菊花茶。

私は3限から授業があるので、この後、彼女は戸山図書館で本を読んでいくつもりとのこと。久しぶりに学生気分を味わってください。2月にまた東京に来る予定があるとのことなので、そのときまたお会いしましょう。よいお年を。そしてお体大切に。

3限は大学院の演習。教育研究科のS君が修論の内容の報告。

演習を終えて、ユカさんからいただいたお菓子をおやつに食べる。

高田早苗記念図書館から借りた堀米庸三『わが心の歴史』の冒頭の文章「人と時の流れ」に目と通す。なるほど、こういう内容だったのか(内容をここで紹介しようとすると一仕事なのでやめておきます)。

5限は講義「ライフストーリーの社会学」。

7時半、帰宅。

夕食は、鶏のささみのソテー(チーズと大葉をはさんで)、焼売、サーモンのサラダ、白菜と油揚げの味噌汁、ごはん。

澤田瞳子さんから新作『稚児桜』(淡交社)をお送りいただく。ありがとうございます。

それにしても、今年は3月に『落花』(中央公論新社)、6月に『月人壮士』(中央公論新社)、9月に『名残の花』(新潮社)に続いて4冊目の出版である。3か月に1冊のハイペースである。働き盛りとはこういうことを言うのだろう。

2時、就寝。


12月18日(水) 曇り

2019-12-19 18:35:25 | Weblog

8時、起床。

トースト、ハム&エッグ、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。

今日は会議日。9時半に家を出て、大学へ。

10時半から大学院の社会学コース会議。

会議は1時間ほどで終わり、昼食のパンを買いに「ミルクホール」へ。

ベーコンポテトコッペ、餅あんデニッシュ、前回もこの2種だった。(名前は適当)

尾崎一雄『単線の駅』(講談社文芸文庫)をぱらぱらと読む。尾崎一雄は関口良雄『昔日の客』にしばしば登場する作家である。味わい深い文章(雑文)を書く人で、『単線の駅』もそうした文章を集めたものだが、目次を見ていて歴史学者の堀米庸三について書いている文章が目に留まった。一体、どんなことが書かれているのだろうと思って、読み始めて驚いた。

堀米庸三の遺著『わが心の歴史』の冒頭に置かれた「人と時の流れ」という文章についての感想が書かれているのだが、私は知らなかったが、「人と時の流れ」という文章は清水幾太郎の『無思想時代の思想』という本の出版記念祝賀会の「仮想スピーチ」という形をとった原稿なのである。このとき堀米は病床にあり、考えていることを文章に書くこともままらなかったが、話すことを録音することならできるだろうと始めてみたが、思ったより難しい。「それで便法として、清水さんを中心としたパーティーを考え、そこでスピーチをやる、というやりかたをとってみたのです」とのことであった。

私は清水が書いた文章なら本やコピーとしてほぼ所有している。しかし、誰かが清水のことを書いた文章ということになると、タイトルに「清水幾太郎」と入っていれば別だが、収集するのは簡単ではない。堀米のこの文章のことは今日初めて知った(『わが心の歴史』が出版されたのは1976年、私が大学4年生のときだ。当時、論壇では話題になったのかもしれないが、私のアンテナには引っかからなかった)。

私が驚いたのは、たんに堀米のその文章のことを知らなかったからというのではない。清水幾太郎が『「社交学」ノート』(1986)の中で堀米についての大変に興味深いエピソードを語っていたからである。『「社交学」ノート』は清水最晩年の著作で、清水が学習院大学を退職(1969)した後にできた「清水研究室談話会」の活動を振り返りながら「社交」について論じた本だが、堀米は談話会のゲストスピーカーの一人であった。他のゲストのほどんどがスピーチの日時、タイトルだけの紹介であるのに対して、堀米については数頁を割いて彼にまつわる思い出(そのとき堀米はすでに亡くなっていた)を2つ紹介していた。

1つは、清水と堀米と西洋史の専門家であるX教授とが新宿の高層ビルの最上階のレストランで会食をしたとき、X教授が堀米にずっと専門の文献についての質問をしていて、清水は会話に加わることなく、黙って食事をしていたというエピソードである。清水はこういう仲間外れの状況に敏感な人で(まぁ、誰でもそうであろうが)、社交の原則に反した不快な思い出として語っているのである。

もう1つは、重い病床にある堀米が、何度も清水の家に電話をかけてきたこと。しかし、電話の声は切れ切れで聞き取りにくく、彼が清水をほめているのか、けなしているのか、何を言いたいのかよくわからかった。それで清水は堀米に寝たままでも書けるボールペン(NASAが宇宙飛行士用に開発したもの)を贈り、これで手紙を書いてくれないかと頼んだ。だが、手紙は届くことなく、ほどなくして堀米は亡くなった。

一体、堀米は電話で清水に何を伝えたかったのか、私もとても気になっていたので、堀米の「仮想スピーチ」はそれと関係があるのではないかと直感したのである。

2時から教授会(4時半まで)。それに引き続いて論系の教室会議があり、その後、本部キャンパスの高田記念図書館へ。学内検索したところ、堀米庸三『わが心の歴史』は高田記念図書館にある(そこにしかない)ことがわかったからである。たいていの本(私が興味のあるもの)は大学の中央図書館か戸山図書館にあり、高田記念図書館にしかないというのはめったにない。なので、高田記念図書館に行くのはずいぶんと久しぶりである。

現在の中央図書館ができる前はここが大学図書館(メインの)だった。中央図書館ができてから高田記念図書館と名前が変わった。

ところが入口に行ってみると閉まっていた。

17時まで(入館は16時半まで)なのだ。あらま、夜間はやってないのか。明日、午前中に来よう。

*しかし、これは私の勘違いで、高田記念図書館は22時までやっているのだった。入口が違うのだ。ここは会津八一記念博物館の入口だった。

蒲田駅に6時ちょっと前についたので、久しぶりに「ティースプーン」に寄っていく。イートインのラストオーダーは6時で、ちょっと過ぎているのだが、「いいですか?」と聞いたら、「いいですよ」とのことだった。この辺はアバウトのようである。

ミルクティーを注文したら、金柑の煮たものが添えられていた。店長(シマダ姉さん)が今日、個人的に作ってみたもののおすそ分けである。

うん、美味しい。

紅茶のスコーンを注文したら、リンゴジャムが添えられていた。これもおまけかしら。スコーンは家ではあまり食べないが、こうしてお店で加熱して出されると美味しいものである。

さらにプチケーキ(断片)もいただいてしまった。

久しぶりに島田さん姉妹とおしゃべりできて楽しかった。

年末年始の営業はこうなっている(テイクアウトは28日まで、イートインは27日まで)。

7時、帰宅。

夕食は湯豆腐。

温泉豆腐+タラ+キノコである。

深夜、近所をウォーキング&ジョギング。

2時、就寝。


12月17日(火) 雨のち曇り

2019-12-18 13:14:03 | Weblog

9時半、起床。

トースト、ハム&エッグ、サラダ、牛乳、紅茶の朝食。卵&肉料理を付けるか付けないかは、いろいろな要因によって決まるが、とくに朝の体重(毎朝測っている)は重要である。今朝は昨夜のウォーキング&ジョギングのせいで昨日の朝より減っている。なので余裕をもって卵&肉料理を付けることができる。

2時を回った頃、昼食を食べに出る。最初、「HITONAMI」へ行くつもりで家を出たが、鞄に傘を入れるのを忘れて、途中で引き返す。そして再び外に出たところで、近所に住む卒業生のユウコさんとミワちゃんと出くわした。保育園から慣らし保育中のミワちゃんを引き取って、自宅へ戻る途中だった。「大久保先生にばったり出会わないかなと思っていました」とのこと。私はどこかのカフェでランチをとるつもりでいたので、散歩がてらお茶でもご一緒にということになった。

 「HITONAMI」は少々遠いので、「プリミエール・カフェ」に行く。私自身がまだ三度目の訪問で、もちろん卒業生同伴は初めてである。

ミワちゃんは最初こそ緊張していたが、すぐに周囲への関心を示し始めた。テーブルの上の雪だるま人形に手を伸ばそうとするミワちゃん。

ユウコさんはアイスコーヒーを注文。 

私は「カフェドコバ」のときからよく注文していた海老ドリアのセット。 

食後にマイルドブレンド。 

マスターに「この方は私の教え子です」と紹介すると、「ということは早稲田の卒業生ですね。すごいね~」と感心される。マスターの中で「早稲田大学」というのはかなりの高評価ーちょっと過剰な(笑)ーを得ている気がする。 

二つ隣の「しなそば天味」の話から始まり、蒲田のラーメン屋についてマスターとユウコさんがおしゃべりをするのを聞いていた。蒲田はラーメン激戦区として知られているが、私は行列ができるようなラーメン店には行ったことがない。ラーメンは嫌いではないが、行列が嫌いなのだ。 

彼女は来週から職場復帰するが、すぐに年末年始の休みに入るから、肩慣らしのようなもので、本格的には年明けからである。彼女は営業職だが、まだ仕事に戻るという実感がない。育休明けの女性というのはたいていそういうものだろう。なんとかなる・・・と思ってやることですね。  

夕食は妻と「しなそば天味」(「天味」改め)へ行く。天ぷらからしなそばに衣更え(天ぷら屋だっただけに)してからは初めての訪問である。ご主人が、我々の顔を見て、「知らないで来られちゃったのかなと思いました」と言った。 

箸袋に「しなそば」の字が添えられている。 

麺のメニューは「しなそば」(800円)のみ。私は肉増量で+150円。チャーシューと鶏の胸肉が一枚ずつ増量。 

しゃも系の鶏がらから取ったスープがとても美味しい。私はギトギト、濃厚なスープがあまり好きではなく(たまにならいいけれど)、こういうあっさりとしていて味わい深いスープが好きである。 

能書きが書いてある。「最初に胡椒をかけずにお召し上がりください」と書かれていたので、そうしたが、結局、最後までかけなかった。かけるのを忘れるほど美味しいスープだったのだ。 

麺をゆでる鍋は天ぷらを揚げるときの鍋が加工されて使われている。「けっこう加工に値が張りました」とご主人。妻が「いつかラーメン屋さんをやりたいと思っていたのですか?」と聞くと、ご主人は「いえ、とくに前からやりたかったというわけではありません」と曖昧な返事をされた。いろいろ考えての決断だったのだろう。

サイドメニューに「トロ肉丼」とか「卵かけご飯」があったが、それはまた別の機会に賞味しよう。

深夜、ウォーキング&ジョギングを4キロほど。これで今日のランチの海老ドリアのカロリーはチャラにできたのではないかと思う。美味しいものは食べたいが、太りたくはないのだ(体型だけの問題ではなく尿酸値の件もあるので)。

もし昼間、バッグに傘を入れるのを忘れて家に戻らなかったら(そのまま「HITONAMI」に行っていれば)、ユウコさん&ミワちゃんと出くわすことはなく、「プレミエール・カフェ」に行くこともなく、夜、「しなそば天味」に妻と出かけることもなかったろう。つまり、今日という日はまったく別の一日になっていたはずである。そう考えると、偶然(傘を忘れる)が人生に及ぼす影響はとても大きいと思える。ただ、この違いが明日という一日にどういう影響を及ぼすのかはわからない。明日は午前10時半から社会学のコース会議があり、午後2時からは教授会がある。それは変わらない。しかし、今日という日の違いは、明日の私の一日に何の影響も与えないとは考えにく。実際、すくなくとも明日書くであろう今日のブログの内容には影響を及ぼす(いま私はそのブログを書いているし、ユウコさんから届いた昨日のお礼のラインにも返事をした)。人生における偶然と必然(あるいは蓋然性)の問題はライフストーリーの基本問題である。

2時、就寝。