King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

長年のお約束

2005年08月18日 23時27分21秒 | 日々のこと
実は、福島県にある五色沼に行く約束をしてそれを
ずっと果たしていませんでした。
そして今年なぜかこんなくそ暑い中、その約束を果たして
置こうと思い立ちました。
そして旅行となれば色々情報を集めて綿密な計画をたて、
細かい旅行スケジュールを作るのが今までのラゾンド流
でした。スキーにしろリサーチして色々温泉や食事など
せっかく行くのだからと調べて出かけます。しかし、今回
宿を見つけたらそこに電話して予約して後は、どこを見るとか
何を食べるとか全然決めませんでした。

予備知識として猪苗代湖の上に五色沼がある程度でした。
まあ五時間もあればつくだろうと朝は8時頃出て、まっすぐ
宿に入る計画でした。しかし、予定はすぐに破綻します。
同行者が遅刻して一時間遅れで出発。熊谷まで来ると雨です。
なんとも不穏な旅立ちです。そして、館林ICから東北自動車
道へ。この時間でもう通勤割引も使えませんので、100キロ
で一旦降りてという技も今回は使いません。このまま磐梯高原
までずっと高速です。まず、佐野SAで朝飯兼昼食をとります。
11時丁度でメニューの切り替えが行われていました。ここは
なんと手でショーウィンドーのサンプルを入れ替えるという
手法で夏休みの大変混み合う中、のんびりとした接客風景でした。

前も感じましたが、この東北自動車道のSAはうらぶれたような
やる気のなさを感じます。全体的に各SAの名物とか目玉みたいな
紹介が雑誌やラジオで聞きますが、そんな活動とは裏腹に別に
そんなお客が来なくてもいいよという雰囲気が感じられます。
修学旅行なのか制服姿の高校生が大勢いてどこも人であふれていました。
普段平日にしか出かけない私は、こんな時間から混み合うSAは
久しぶりです。夏休み恐るべしです。夏休みやゴールデンウィークは
いつも出かけず近所の公園で走っているのに、なぜ今回に限って
お盆直後のこの時期に出かけようなどと思ったのか、それも長年の
約束をなぜ今果たさなければならないのか、それは人はいつ死ぬか
解らないという思いを強くしたことと、夏は自分にとって一番
死を意識する季節だからです。

全てが色々整理されつつあり、何でもできるという自信が芽生え
それと同時にやっておくことは早くやっておくに限るという意識が
生まれたのです。しかしそれはほんの軽い気持ちです。谷中をみて
感動して世の中の普遍とはああいう事を言うのだと強いメッセージ
を受けそれに答えて行動したいそんな意味もありました。
別に五色沼に何も期待はしていません。それは約束を果たす旅だから。
何も調べずにといってもホテルのホームページから近くにダリの
彫刻を多く集めた美術館がある事を知り、そこだけは今日寄ろうと
思っていました。佐野で食事をして車に乗ると、車が揺れているのに
気がつきました。すぐにラジオをつけ聞いていると東北に強い地震が
ありましたといいます。これから行くところじゃないですか。

すぐに震度の発表があり、震度4程度で宮城で5程度らしい事を言って
いました。それなのに埼玉の加須で建物が倒壊して女性がけがをしたと
言います。走りながらなおもラジオを聞いていると新幹線は全てストップ
し、津波が12時に来ると予測していました。しかし、そのニュースを
読んでいる時間が12時10分で読んでいる人も気がつきすでに過ぎています。
といいなおしました。全体的な印象は、前回の地震や事故があり過度に
警戒している感じを受けました。高速道路も通行止めの情報が電光掲示板
にでていました。須賀川から郡山間が通行止め。ナビの表示もそのように
でていました。一応須賀川の手前のパーキングまで行き、情報収集して
通行止めが解除されるのを待つかそのまま降りるか判断することにしました。
鏡石パーキングで情報をと思いましたが、コンビニがありその前にファックス
で送られてきたらしい通行止めの区間と解除の見込みは不明とあるだけで
わざわざ寄って調べるほどのこともありませんでした。その時点でもう
一時間が経過していたので、多分その通行止めも解除されると読み、とにかく
行ってみることにしました。渋滞もありませんでした。インターまで4キロ
程度です。しかし、すぐに渋滞してまったく動かなくなりました。テレビを
つけるといつもはよく映らないテレビが鮮明に映っています。各地の被害や
新幹線の映像が映りかなり深刻な状況のように感じます。まったく動かなくなり
しばらくして路肩をパトカーがきました。

後2キロほどという表示がナビに出ていますが、それがなかなか進まず、
携帯に安否を訊ねるメールなどが来てこちらはかなりまったりとしている
のに周りではかなり神経質になっている感じがしました。その後すぐに
道路が動き出し、ナビの表示も切り替わり、通行止めが解除されて郡山まで
行けました。テレビやラジオでは緊急放送やら高速の表示でも通行止めと
緊迫感が伝わってきましたが、そんなものをみていない人もこの高速上
いたはずで、その人にはまったくこの騒ぎを知らずにただ渋滞が30分
あっただけという人もいたはずです。それだけあたりは平和な風景でした。
山がありみどりの田んぼが広がるのどかな日本の風景です。テレビや
ラジオや携帯のメールやらを受けていた私たちでもいたってのんびりとして
いました。全然旅行を中止しようとも思いませんでしたし、この先また地震が
来てひどい目にあうという危機感もありませんでした。

須賀川の渋滞を抜けると後は郡山で磐越自動車道に入り、ずっとスムーズです。
景色は変わり映えのしない日本の野山です。高速を降り猪苗代湖を見て、磐梯山
の裏側に回ります。何もないところに道路だけはきれいなのがついてます。
山道を行くとあっけなく諸橋美術館についてしまいました。3時ごろでした。
とりあえずここで終わりまた続きます。
コメント
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