King Diary

秩父で今日も季節を感じながら珈琲豆を焼いている

新そばと台風と

2008年09月20日 23時36分32秒 | 日々のこと
やっと『新リア王』を読み終えました。
この小説の時代というのは、バブル崩壊前夜と
いう設定らしく、まだゼネコンと地方が公共事業
という富の再分配で強く結びついていて、その仲介
役の政治家ももっぱら地元への利益還元を目指すという
田中角栄の金権政治以来続いた高度成長とその分配を
担った政治家と地元のありようが語られています。

ただ、これを日本の企業のトップが全員毎日読むで
あろう新聞に連載する新聞も新聞なら書く作家も作家
です。それに読んでいて思ったのですが、この新聞小説の
ないようにふさわしくない日本の暗部を主題として
しかもそれがもはや終わりを告げようとする変革期に
あえて地方とその衰退をより明らかにする物語など
誰が読みたがるでしょうか。それに、文体もどこで毎日
毎日読むように切っていたのか、とても読みづらいし、
退屈な部分も限りなく続くのです。

これを面白いと読める人も少ないだろうし、宗教など
人を選ぶ部分にやたらと細かく熱心にその抹香くさい
坊主の群像の生態など細かく語られていたりします。
それが最後に来て結局それは夢物語だったのか、現実の
ことだったのか定かでないような終わりようで、これも
これで肩透かしです。
つまりは全体的にファンを裏切る構図になっています。

合田刑事が登場するというのも話題になっていましたが、
マークスの山以来この合田という刑事の生き様が正に
日本の仕事をする人に望まれる全てであり、生き方がなに
かありがたい啓示にさえ思える人もいるというのに、
これまた見事に肩透かしをもらいます。

ご存知のように、この小説は新聞に載ったものの途中で
終わったのです。これはまたこれで大ショッキングな
事件でしたけど、これを読み終えてこれを最後まで付き
合った新聞の読者はどれほどいたのかという気もします。
この本は後に、雑誌に掲載が続き、さらに単行本になり
いくつか賞の対象にまでなり、実際何かの賞もとりました。
ただ、これは多くの読者に受ける本ではありません。

私が、発売から何年かしてやっと買った本でもまだ初版
でした。ネットではそれでもかなりの数も感想を探すこと
ができます。昔から高村氏のファンという方は多いはず
ですから不思議でも何でもありません。でも、これが傑作
であるとか、面白いという感想はほとんどありません。

私はこれが日本の大新聞に毎朝載っていた小説だという
のは奇跡に近いと思います。それが、挿絵の盗作問題で
話題になり、途中打ち切りでまた話題になり、それが
裁判にまでなると言うごたごたぶりは何もかも異例の
づくめでした。

私もよく途中で投げ出さずに最後まで読んだと思います。
ある程度までは、これは自分もこれで時代の証言者になると
いうライブ感にあふれる感じなところもありましたが、文章
や文体それにこの構造自体がとても苦痛に感じることがあり
ました。最後の語尾のせいで結局どういうことがこの文は
いいたいのという疑問を再三持ちました。

まあでも最後まで読めたのは、今月の雨の多さかもしれ
ません。
今日も台風で大雨のはずで、覚悟して起きてみれば外は
暑くていい天気です。台風一過というやつですね。
この間寄った蕎麦屋でまた昼食をとると今日は新そばが
3割り入っていますといいます。一気に全部新そばにならない
んですねここの店。今日は何割ですと増えていくのも
またたのし。
コメント
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