鹿島春平太チャーチ

「唯一の真の神である創造主と御子イエスキリスト」この言葉を“知っていれば”「天国での永生」は保証です。

1.福音導入に生涯を捧げた人々

2013年07月28日 | 聖書と政治経済学




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<はじめに>

このブログは鹿嶋春平太「チャーチ」であり、ネットの教会です。
教会での中心話題は、福音であるべきです。

にもかかわらず、鹿嶋はこのところ現世的な社会問題を論じています。
社会問題は全て福音に関連していることがその理由でした。

だが、その関係を鹿嶋は十分言葉でもって示してこなかった。
その努力を、怠ってきたことに鹿嶋は気づきました。

いま、それを試みようと思います。
あまり形式張らないで、自由にエッセイ風に書き記してみようと思います。

鹿嶋は、いまユーチューブの動画で「ヨハネ伝解読」シリーズを、このブログに併行して行っています。
福音メッセージそのものを期待される方は、どうぞそちらもご参照下さい。

https://www.youtube.com/watch?v=npJnfCFBvTA

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1.福音導入に生涯を捧げた人々

人がこの世に生きていれば、この世で苦しむ人々が否応なく目に入ってくる。
そしてこれらの人々の苦しみをなくすことは出来ないか、こんな苦しみのない社会はできないものか、という思いを抱く。

通常人々は、その方策をそこはかとなく心の中で探求する。
食のための仕事をしながらぼんやりと探索を続けていく。

だが、早い時期に答えを直感的に見出してしまう人もいる。
その答えをキリスト教活動の普及にあると、はじめに確信してしまう人もいる。
明治維新後、米英に出かけたものの中にも、それはいた。
パイオニア社の創業者、松本望の父・松本勇治もその一人であった。
彼は明治26年に貿易商を夢見て米国の経営を学びに渡米している。

この時期に米国に学ぶには、当時としては多額の資金が必要だった。
だが、多くの場合それは帰国後の所得によってカバーされてあまりがあった。
英語の読み書きが出来ること、欧米の事情に通じていることは明治の日本には宝だった。
官庁も企業も彼を超高給で迎えた。以後の地位も約束された。
だから生涯所得は、留学費用の百倍・千倍となった。





にもかかわらず、松本勇治は帰国後福音伝道者となり、教会開拓を始めた。
結局キリスト教が米国を造りその豊かで自由な生活を造っていると洞察したからである。
日本もこれによってしか豊かで自由な社会は実現できないと直感したからである。

だが日本で人々を教会に招き、生活を立てていくのは困難きわまりなかった。
勇治は貧困の中で結婚し、米びつの底を覗きながらの人生を送った。

後年、次男の松本望はパイオニア社を創業し、巨万の創業者資産を手にする。
彼が住んだ1000坪の邸宅はパイオニア御殿と呼ばれた。
これを勇治が福音伝道のために天に預けた経済的富の、息子への注ぎだと思いたい人は思えばいい。
がともかくこの創業者が晩年~「いまでも寝ていてがばっと跳ね起きることがある。
“たべるものがない!”という夢をみるんだ」
~と鹿嶋に語ったことがある。明治以来牧師家庭は常時貧しかったのである。





勇治の他にも、同じ直感認識を得て、福音伝道に生涯を捧げた人は何人もいる。
女性もいる。福音伝道を志す女性は、独身で生涯を閉じた。
男女とも、その生涯は貧しかった。
彼らは、自分が直感したことを言葉でもってかみ砕いて伝えることが出来なかった。
あふれる思いが言葉で伝えられなかった。作家のように、言葉を転がすことが出来なかった。
必然的に教会にくる信徒は少数になり、献金もわずかしか集まらなかったのである。

鹿嶋はこの先駆者たちのもどかしさが痛いほど想像できる。
鹿嶋も「福音の政治経済的効果をかみ砕いて伝えきれないもどかしさを」体験してきているからである。
だが、鹿嶋は伝道を本業にしてこなかった。
それより楽な「世的なポジションに身を置いて」、二足わらじの片方で福音を伝えてきた。
途中幸運なことに、大手の出版社から聖書の解説書を出すことも出来た。
比較的多数の人に媒体を通してメッセージを散布することが出来た。

それでも直感したことの1割も伝えきれてないもどかしさを多大に体験している。
せめて冲方丁(うぶかたとう:『天地明察』の著者)ほどの文章力があれば、と夢想するのだが、
現実はどうにもならない。
ならないながらも、分を超えた幸運を顧みるにつけ、先駆者たちのもどかしさはどんなだったかと思う。



彼らは、直感したことをほとんど言葉に出来ずに生涯を終えた。「地に落ちた一粒の麦」となった。
そこから生え出ずる麦がカバーする地面は広くなかった。広くはなかったが、その種は鹿嶋には影響したのである。
鹿嶋は今その上に立って、福音活動が一国の政治経済、人間の生活に及ぼす影響を言葉にしてみようと思う。

(続く)






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