前田哲男『フクシマと沖縄 「国策の被害者」生み出す構造を問う』(高文研、2012年)を読む。前田氏は、『自衛隊 変容のゆくえ』(岩波新書)という良書も書いたジャーナリストである。
既に、高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』(集英社新書)という本があるように、原発も米軍基地も共通の構造を持つことが露わになっている。この構造=システムに不可欠な要素を持つ場(福島、沖縄)のことを、高橋氏は「犠牲」と呼び、前田氏は「国策の生贄」と呼ぶ。もちろん、それぞれの場は人びとが生活する地域社会であり、そのようなテキストで括られることの良し悪しはあるだろう。しかし、確かに、そこに見られるのは、権力による意図的な「犠牲」「生贄」なのである。
著者は、長崎放送に入社し、長崎と佐世保での記者生活を送り、佐世保では、1964年からの米軍原子力潜水艦の寄港を取材している。佐藤政権の日本政府は、その安全性確保に関してまったく無力であった。そしてフリーになり、沖縄とミクロネシアを取材対象に選んでいる。
ミクロネシアは、西側のパラオ諸島(ペリリュー島など)、中央のマリアナ諸島(グアム島、サイパン島、テニアン島など)、東側のマーシャル諸島(ビキニ、ロンゲラップなど)からなる多数の島嶼地域である。戦後、ここで国連信託統治という支配方式を得た米国は、たびかさなる水爆実験を行う。1954年に被爆した第五福竜丸も、その被害者だ。しかし、その言説は、日本側の被害者のみを問題とする、非対称な視線によるものでもあった。
著者はビキニやロンゲラップなどマーシャル諸島に何度も通い、住民たちの被爆状況をつぶさに観察する。そこは、外からの視線が届かぬ、米国による人体実験場とでもいったところだった。あるところでは水爆実験だからといって島ごと移住させ、またあるところでは実験すら通知しない。しばらく経ち、除染したからもう安心だと言って島民を帰すが、怖ろしいほどの健康影響が出て前言撤回する。そしてその間、米国は欠かさずに人体のデータを取り続けている。おそろしいことだ。
重要なことだが、爆心地ビキニから500km離れた島でも、多少時期が遅れただけで、島民は同じ症状に苦しみ、亡くなっている。そのウトラック島民が浴びた放射線は、76時間に140ミリシーベルト。もちろん実験の回数にもより、蓄積量が問題となるのだが、著者はここで、低線量被爆の閾値は低いと考えるべきだとのメッセージを発している。ここで、かつての米国の残虐行為と、現在の日本の政策とが重なってくる。
著者がこのあたりで地図を買うと、日本は下半分しか載っていないようなものだったという。そして、むしろ、ミクロネシアと沖縄を一体として捉える見方があるのだという。沖縄も、サンフランシスコ講和条約により、「米国を唯一の施政権者とする信託統治制度」の下におかれた。ミクロネシアと同じ政治形態であった。
日本もまた、ミクロネシアに差別的な扱いを仕掛けている。1980年代初頭、低レベル放射性廃棄物をこの海域に投棄しようとして反対に遭い頓挫(これが六ヶ所村に向かった)。さらに同時期、高レベル放射性廃棄物を、水爆実験の跡地に陸地処分する案を公表している。これはそのまま鳴りをひそめているが、著者によれば、いつかまた再浮上しないという保証はない、という(最近のモンゴルのように)。
東日本大震災のとき、横須賀港に寄港していた原子力空母ジョージ・ワシントンは、大変な衝撃を受け、横転などにより最悪の事態もありえたのだという。このときジョージ・ワシントンは東京湾から逃げ出し事なきを得たが、これがまたないとは限らないのだと主張する。確かにそうだ、日本にある原発は54基だけではない、のである。これは意識外だった。
本書によると、ジョージ・ワシントンに装備された原子炉2基はそれぞれ40万kW相当、ほぼ福島一号炉と同じ。さらに原潜も横須賀に停泊している可能性が高い(2009年には延べ324日)から、東京湾に福島一号炉並みの原発が3基浮かんでいる状態が珍しくもないことになる、のだという。さて、これを誰が直視するか。
●参照(原子力)
○高橋哲哉『犠牲のシステム 福島・沖縄』、脱原発テント
○鎌田慧『六ヶ所村の記録』
○『核分裂過程』、六ヶ所村関連の講演(菊川慶子、鎌田慧、鎌仲ひとみ)
○『原発ゴミは「負の遺産」―最終処分場のゆくえ3』
○使用済み核燃料
○有馬哲夫『原発・正力・CIA』
○『大江健三郎 大石又七 核をめぐる対話』、新藤兼人『第五福竜丸』
○山本義隆『福島の原発事故をめぐって』
○『これでいいのか福島原発事故報道』
○開沼博『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』
○黒木和雄『原子力戦争』
○福島原発の宣伝映画『黎明』、『福島の原子力』
○東海第一原発の宣伝映画『原子力発電の夜明け』
○『伊方原発 問われる“安全神話”』
○原科幸彦『環境アセスメントとは何か』
○『科学』と『現代思想』の原発特集
○石橋克彦『原発震災―破滅を避けるために』
○今井一『「原発」国民投票』
○長島と祝島
○長島と祝島(2) 練塀の島、祝島
○長島と祝島(3) 祝島の高台から原発予定地を視る
○長島と祝島(4) 長島の山道を歩く
○既視感のある暴力 山口県、上関町
○眼を向けると待ち構えている写真集 『中電さん、さようなら―山口県祝島 原発とたたかう島人の記録』
○1996年の祝島の神舞 『いつか 心ひとつに』