もう何年ぶりだろう、フェデリコ・フェリーニ『そして船は行く』(1983年)を観る。
亡くなったオペラ歌手の遺骨を海に撒くため、多くのオペラ歌手や劇場主や新聞記者やカメラマンがナポリから豪華客船に乗る。社会的地位も気位も高い金持ちたちの饗宴、それは奇妙奇天烈である。時は1914年、第一次世界大戦の発端となったサラエボでのオーストリア皇太子暗殺により、受難を恐れたセルビア人たちが難民と化し、突如、海から客船に乗り込んできた。高等遊民と難民という、互いに相容れない集団による交流とも言えない交流。そして難民を引き渡せと迫るオーストリア・ハンガリー帝国の軍艦。偶然により(これが歴史に対するフェリーニのシニカルな見方か)、攻撃を受け沈みはじめる客船。甲板では歌い続けるオペラ歌手たち。
以前に観たときには抱腹絶倒、丸谷才一の言うような何でもありの魅力にやられてしまった記憶があるが、今回はなぜかそうでもなく、円熟から腐敗に移ってきたフェリーニの小品にしか見えない。それでも傑作であることには疑問はない。ところで、昨年亡くなったピナ・バウシュが登場していることに初めて気がついた。
なお丸谷才一は、フェリーニが世界文学におけるカーニヴァル文学の伝統を探り当てたのだと絶賛している。
「この映画では、深刻と冗談、大まじめと馬鹿つ話は、いつも二重になります。実写の方法による、リアリズムからの脱出といふ妙なことが、平然とおこなはれているんです。つまりこれは、映画の機能の両極を重ね合わせた方法ですね。」(『犬だって散歩する』文春文庫)
ところで、沈みながらも甲板でなお演奏をやめない精神貴族たちの下りは、この少し前、1912年のタイタニック号沈没の史実にフェリーニが想を得ていることは間違いないのだろう。かつてはジャズ・ベーシストとしてデレク・ベイリーとも共演していた作曲家ギャビン・ブライヤーズは、沈みゆくタイタニックの演奏を繰り返し発表し続けている。私が持っているのは、1994年ヴァージョンの『The Sinking of the Titanic』(Point Music)のみであり、時を経るにしたがいどのような変貌を遂げているのか実感できない。それでも、この中でも同じ讃美歌を繰り返しており、系統発生ならぬ個体発生のスリリングさを感じることはできる。
何人ものヴィオラとチェロ、さらにブライヤーズ自身のベース、バスクラリネット、ホルン、キーボード、エレクトリックギター、讃美歌の子どもたちのヴォイス。当時のサウンドそのものではありえない。しかし、床が傾いて食器類やテーブルや椅子やピアノが海へと突撃し、目の前が崩壊し、それでも讃美歌を続ける恐ろしさ、その耽美性というのか、随分奇妙な迫真性を持っている。
実際に、タイタニック号の生き残りの証言が収められている。少年の無線技士曰く(1912年のNYタイムズ)、「楽団はまだ演奏していた。たぶん全員が沈んでしまったと思う。そのとき彼らは、「Autumn」を演奏していた。私は力の限り泳いだ。タイタニックが残り4分の1を天に向けて、それからゆっくり沈み始めたとき、たぶん150フィートくらいしか離れていなかった。楽団が演奏し続けたのは貴いことだった。」
ブライヤーズは、さらに、「タイタニック号が沈没した後も、海面下には讃美歌が水中故の伝達速度の遅さによって存在し続けるのではないか」などという奇想すら抱いているようで(『アヴァン・ミュージック・ガイド』作品社)、こうなればどうかしているかもしれないのだが、やはりそういった奇想が系統発生にも反映しているのであれば、他のヴァージョンの『The Sinking of the Titanic』も聴いてみたくはある。