吉村昭『破獄』(新潮文庫、原著1983年)を読む。
戦前から戦後まで4回も脱獄した男。しかもおそるべき執念と頭脳とをもって。
この小説は、実在のモデルをもとにしたフィクションである。しかし、刑務所という特異な空間から時代を描いたすぐれた作品にもなっている。たとえば、戦争が、社会を持続させることさえ困難な飢餓を引き起こしていたこと。アッツ島の玉砕などにより北海道へのソ連軍・米軍侵攻が警戒されたこと。網走刑務所の過酷極まる環境(宮本憲治のことには言及されているが、徳田球一についての記述がないことは残念)。GHQにより、戦時中の捕虜虐待への疑念があったこと。
そして、男の脱獄への執念が、権力関係というものに対する本能的ともいえる憎悪により支えられていたことが、描き出されている。
●参照
『徳田球一とその時代』
牧港篤三『沖縄自身との対話/徳田球一伝』
ミシェル・フーコー『監獄の誕生』
ミシェル・フーコー『コレクション4 権力・監禁』