公営住宅群の東側にあるさくら住座公園。その南端付近に赤い鉄製の鳥居が見えた。扁額には「正一位楠龍稲荷神社」と書かれている。


小さい社殿は南向きである。 昭和六十一年四月に町内会の寄付によって社殿の屋根がついたらしい。お狐さんの片方は頭がかけており神社の維持が困難になっているようにも見える。


既に公園は使用されていないようでブランコに全国黄色いハンカチと印刷されたラミネート板が付けられた上で縛られていた(背後に見える建物は市立東山中学校)

昭和20年代に建設された公営住宅群は近い内に姿を消す。私が再びこの地を訪れる時には環境が激変しているだろう。


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小さい社殿は南向きである。 昭和六十一年四月に町内会の寄付によって社殿の屋根がついたらしい。お狐さんの片方は頭がかけており神社の維持が困難になっているようにも見える。


既に公園は使用されていないようでブランコに全国黄色いハンカチと印刷されたラミネート板が付けられた上で縛られていた(背後に見える建物は市立東山中学校)

昭和20年代に建設された公営住宅群は近い内に姿を消す。私が再びこの地を訪れる時には環境が激変しているだろう。


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先月ふくやま美術館で「夜の画家たち 蝋燭の光とテネブリスム」という展示を観た。入館券に印刷されているのが高島野十郎の「蝋燭」。私は小林清親の作品を目当てに出掛けたのである。美術館ではがす資料館(東京都小平市)製のポストカードを売っていたので気に入ったものを数枚買った。その中に井上安治の作品が2つあった。


東京真画名所図解の「銀座通夜景(明治15年)」と「新吉原夜桜景(明治13年)」で白黒写真とは全く違った魅力がある。近代的な建物、ガス灯、馬車、人力車が暗闇の中で浮かび上がり人々の息づかいまで聞こえてきそうだ。井上は小林清親の一番弟子と言われるが26歳の若さでこの世を去った。複雑な気持ちを抱きながら江戸から東京へと急速に変貌を遂げていく様子を描いた天才肌の絵師だと思う。いつかがす資料館の方にも足を運びたいものだ。


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東京真画名所図解の「銀座通夜景(明治15年)」と「新吉原夜桜景(明治13年)」で白黒写真とは全く違った魅力がある。近代的な建物、ガス灯、馬車、人力車が暗闇の中で浮かび上がり人々の息づかいまで聞こえてきそうだ。井上は小林清親の一番弟子と言われるが26歳の若さでこの世を去った。複雑な気持ちを抱きながら江戸から東京へと急速に変貌を遂げていく様子を描いた天才肌の絵師だと思う。いつかがす資料館の方にも足を運びたいものだ。


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雨の上がった福山市街。今朝は少し肌寒い。水面に移る木々や建物を眺めつくづく便利な所に住んでいると感じた。私は何度か田舎暮らしを体験したが、嬉しいと思ったことは一度もない。水や空気は少々汚れている方が体にはいいのだ(笑)

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