澎湖島のニガウリ日誌

Nigauri Diary in Penghoo Islands 澎湖島のニガウリを育て、その成長過程を記録します。

いまどきの敦煌

2010年04月20日 23時43分20秒 | 中国

昨日、中国旅行から帰ってきた。北京経由で西安・蘭州・敦煌を訪れた。旅行の初日(14日)に青海大地震が起きたことを西安のホテルで知った。旅行中、TVのニュースは、この地震報道ばかりだった。青海省と言えば、チベット(西蔵)人が多く住む高原で、文革中には多くの紅衛兵が”下放”させられた貧寒の地でもある。TV報道では、中共政府がいかに救援に尽力しているか執拗に強調していた。
帰ってきて知ったのは、アイスランドの噴火で欧州への航空便がストップしていて、外国人観光客が足止めされているというニュース。天変地異はいつどこでおこるか分からないと実感した。
成田空港で足止めされた外国人には、毛布が配られシャワー室も開放されたと聞く。成田市では、希望者に無料市内見学を実施するという。中国では外国人に対して、このようなきめ細かい配慮がなされているとは到底思えないのだが、どうだろう。



午前中、近くの某国立大学に授業を聴きに行く。国際関係論の中の「国際関係史」という科目だが、S教授が冒頭で最近放送されたNHKスペシャル「日韓併合への道」を見たかどうか学生に尋ねた。私は見られなかったのだが、S教授から見れば、定見を持たない曖昧な番組であり、少しは英国BBCの制作態度を見習うべきだと言われた。
卒業生の多くが海外勤務をする大学なので、S教授は学生達に「日本人として説明できる歴史知識を持て」と勧めていた。もし、米国に駐在してパール・ハーバーの話が出たら、それでは広島の原爆はどうなのですか?と応えなければならない。ましてや中国・韓国に行ったら、自分たちの歴史を知った上で彼らの理屈に対抗できなければだめだ。彼らの主張は、麻雀をしていて、満貫で上がろうとしていたのに、日本が素早く「ロン!」したことを、おまえ(=日本)が悪いと責めているようなものだ。近代世界は、各国・民族が人類史上初めて参加するゲームのようなものだったので、それに加わりながら、相手の成功を逆恨みするのは間違っていると説明された。 同じようなことは私も感じていたので、我が意を得たりという思いだった。



30年前、亡き父が敦煌・ウルムチを訪れたときは、見渡す限り何もなく、莫高窟(ばっこうくつ)には文物研究所があるだけだったと聞く。訪れる外国人も少なかったので、研究所の所長が自ら説明をしてくれて、写真を撮るのも自由だったそうだが、今や莫高窟にカメラを持ち込むことさえ許されない。
半ば予想していたとは言うものの、莫高窟の周りには目新しい仏塔や門が建てられ、テーマパークのようになっていた。有名な鳴沙山では、ラクダの騎乗や砂山のソリ滑りが大流行。もちろん、どこへ行くにもかなり高額の入場料を支払わねばならない。

まあ「近代化」なるものは、そんなものだと思えなくもない。だが、実在しなかった仏塔を建ててしまったり、とっくの昔に破壊されてしまった宮殿や寺院をどんどん「復元」してしまうのはいかにも中国らしい。日本人と中国人との歴史感覚の違いをここでも実感した。