都月満夫の絵手紙ひろば💖一語一絵💖
都月満夫の短編小説集
「出雲の神様の縁結び」
「ケンちゃんが惚れた女」
「惚れた女が死んだ夜」
「羆撃ち(くまうち)・私の爺さんの話」
「郭公の家」
「クラスメイト」
「白い女」
「逢縁機縁」
「人殺し」
「春の大雪」
「人魚を食った女」
「叫夢 -SCREAM-」
「ヤメ検弁護士」
「十八年目の恋」
「特別失踪者殺人事件」(退屈刑事2)
「ママは外国人」
「タクシーで…」(ドーナツ屋3)
「寿司屋で…」(ドーナツ屋2)
「退屈刑事(たいくつでか)」
「愛が牙を剥く」
「恋愛詐欺師」
「ドーナツ屋で…」>
「桜の木」
「潤子のパンツ」
「出産請負会社」
「闇の中」
「桜・咲爛(さくら・さくらん)」
「しあわせと云う名の猫」
「蜃気楼の時計」
「鰯雲が流れる午後」
「イヴが微笑んだ日」
「桜の花が咲いた夜」
「紅葉のように燃えた夜」
「草原の対決」【児童】
「おとうさんのただいま」【児童】
「七夕・隣の客」(第一部)
「七夕・隣の客」(第二部)
「桜の花が散った夜」
寛文8年(1668年)の『一休咄』に「生まれては死ぬるなりけりおしなべて 釈迦も達磨も猫も杓子も」とあり、それ以前には使われていたことが解かります。
また、「釈迦も達磨もみんな生まれたものは死んでいく」ということが言いたい訳で、あとの猫と杓子は単なる語呂合わせでしかなく、一休和尚の洒落だとも言われ、この部分だけが後世まで残ったとも言われています。
このほかにも語源とされる説も以下のとおり多数あります。
1. 「猫」は「神主」を表す「禰子(ねこ)」、「杓子」は「僧侶」を表す「釈氏・釈子(しゃくし)」で、 「禰子も釈氏も(神主も僧侶も)」が変化したとする説。
「禰子(ねこ)」の意味は、神官の長を「神主(かんぬし)」といい、神主の下の位を「禰宜(ねぎ)」といい、禰宜の子孫を「禰子(ねこ)」というそうです。
「釈氏/釈子(しゃくし)」とは、お釈迦さまの弟子また、出家して仏弟子となった者という意味だそうです。
つまり 日本では昔、宗教といえば仏教と神道の二系統だったので、お釈迦さまの弟子も 神様の弟子も ということで「だれもかれも」という意味だというのです。そところが字が難しいかったためか、「禰子」が「猫」になり、「釈子」が「杓子」になったというのです。
2. 「猫」は「女子(めこ)」、「杓子」は「弱子(じゃくし)」で、「女子も弱子も(女も子供も)」が変化したとする説。
3. 「猫」は「寝子(ねこ)」、「杓子」は「赤子(せきし)」で、「寝子も赤子も(寝る子も赤ん坊も)」が変化したとする説。
4. . 「杓子」は「しゃもじ」のことで、主婦が使うことから「主婦」を指すもので、「猫も主婦も家内総出」の意味からとする説。
5. または猫や杓子は日常生活において目につきやすいから、「ありふれたもの」とする説もあります。
猫(ねこ)も杓子(しゃくし)も
だれもかれも。なにもかも。「当節は―海外旅行をする」
大辞泉
結局のところ、分からないというのが本当のようです。
猫も杓子もお出かけになったゴールデンウィーク。私は猫にも杓子にもなれずに家にいました。
したっけ。