日本食品衛生史 明治編
明治42年日本醤油㈱が設立され、従来製造過程として18ヶ月かかっていくものを2~3ヶ月に短縮した製品を販売した。ところがその製品にサッカリンが添加されたことが発見された。大阪府知事は内務省に向けて日本醤油㈱について指令伺いを出していたところ,明治42年11月20日、製造業者より危害のない程度に醸造を行うという、自発的に申し出を行うように指導し、その上で然るべき処分をせよ。と内務省指令が出たので、大阪府では同社工場主任を警察本部衛生班に呼び出し、右の旨を伝えた上で、一応倉庫および出張店在庫のサッカリン添加醤油を醸造場へ持ち帰り、サッカリンを検出しない程度まで良品を混和した上で販売するように命令した。
日本医事週報767号3(明治42年)
1910年(明治43年5月27日)醤油搾り用の油の染みた麻袋をたくさん積み上げため、気温の上昇によって自然発火により工場は焼失し、会社そのものも同年倒産しました。
最近出版されている『食品添加物は危険』等の論調の本はサッカリンについては殆ど戦後のことで、今から100年まえの不正醤油事件で兵庫県尼崎の海が赤くなったことは記述しているのでしょうか。明治政府は日清・日露の戦争の経費を賄うため砂糖に税金をかけ、砂糖業界は学者や新聞を利用してサッカリン有害説を流布した。明治時代のサッカリンが有害であったのは主に栄養分が無いということで富国強兵に役に立たないものだったからである。今ではダイエットのための甘味料としてしてサッカリンの使用が欧米で見直されている。ただしサッカリンは高校生の実験室程度の設備で出来るので不純物が出来やすく、その不純物に発ガン性があるので注意したほうが良い。
明治42年日本醤油㈱が設立され、従来製造過程として18ヶ月かかっていくものを2~3ヶ月に短縮した製品を販売した。ところがその製品にサッカリンが添加されたことが発見された。大阪府知事は内務省に向けて日本醤油㈱について指令伺いを出していたところ,明治42年11月20日、製造業者より危害のない程度に醸造を行うという、自発的に申し出を行うように指導し、その上で然るべき処分をせよ。と内務省指令が出たので、大阪府では同社工場主任を警察本部衛生班に呼び出し、右の旨を伝えた上で、一応倉庫および出張店在庫のサッカリン添加醤油を醸造場へ持ち帰り、サッカリンを検出しない程度まで良品を混和した上で販売するように命令した。
日本医事週報767号3(明治42年)
1910年(明治43年5月27日)醤油搾り用の油の染みた麻袋をたくさん積み上げため、気温の上昇によって自然発火により工場は焼失し、会社そのものも同年倒産しました。
最近出版されている『食品添加物は危険』等の論調の本はサッカリンについては殆ど戦後のことで、今から100年まえの不正醤油事件で兵庫県尼崎の海が赤くなったことは記述しているのでしょうか。明治政府は日清・日露の戦争の経費を賄うため砂糖に税金をかけ、砂糖業界は学者や新聞を利用してサッカリン有害説を流布した。明治時代のサッカリンが有害であったのは主に栄養分が無いということで富国強兵に役に立たないものだったからである。今ではダイエットのための甘味料としてしてサッカリンの使用が欧米で見直されている。ただしサッカリンは高校生の実験室程度の設備で出来るので不純物が出来やすく、その不純物に発ガン性があるので注意したほうが良い。