年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

ビルマのホラごと

2012年11月10日 | 築地市場にて
長い一日。ヤンゴン商工会議所の生花、野菜部会の人達と午前中は会議。中国の現状から次の漬物産地を早急に見つけねばならない。
連続的に上昇する人件費は日本企業でも対策を取らねばやっていけなくなる。解放政策とったミャンマーと新規産地を必要としている日本企業とでは会議は長くなる。話しているとミャンマーには漬物はないようだ。あっても地産地消程度で少ない。治安が良さそうでフィリピンでの失敗は想定しなくて良さそうだ。漬物業界の新聞社が二社同行しているので帰国後記事となるだろう。明日は午前三時起きてヘーホーという町へ飛行機で移動する日帰りの強行日程で海抜センメートルの高原で韓国人経営の野菜工場を見学する。乾燥白菜を作って韓国に輸出している様だ。ミャンマーから生姜がタイに運ばれて漬物になっていると話したらヤンゴンの人たちは目を丸くしていた。そろそろ寝なければ明日は辛い。
コメント
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