年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

11月21日名鉄グランドホテルで講演会

2012年11月02日 | 築地市場にて

今では記憶から消えてしまった終戦直後の関西の食卓の賑わしていた信州早漬沢庵の講演会が11月21日名古屋の名鉄グランドホテルである。今は観光地と知られている八ヶ岳山麓の開拓地は終戦直後中国から引き上げてきた農家で開拓された。昭和21年から長野県全体で早漬沢庵製造が始まり、昭和24年には長野県経済連の取扱高が1億3000万円となり、夏場の大阪市場の沢庵占有率の70%を占めていたという。昭和の30年代になると大根の連作障害が発生し産地が移動した。今では別荘地となっている清里あたりもほんの少し前には大根の畑だった。今、終戦直後の苦労話を語ることの出来る人が70代以上となってしまった。
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