品川区の歴史資料館での話で以前訪問した時、学芸員から東海寺開創の沢庵禅師が沢庵漬を創ったのではないと話していた。ではなぜタクワンというのかは説明がなかった。東海寺では貯え漬けと言っているそうだ。
文献から沢庵の名前が良く出てくるのは元禄のころからでまだこのような研究はなされていない。沢庵漬の成立には4種のものが揃わないとできない。1 塩 2干し大根 3 米ぬか 4 樽となる。
特に問題となるのは米糠でまだうるち米とモチ米との分離された時期が文献では不明である。モチ米はヌカ床に使用には不適切である程度の混入でタクワン漬ができると思うが誰も実験してはいないようだ。ネットで検索すると日本酒作りでモチ米を使用して酒作りをしているところがあるようだ。従って米の分離がない時代でも酒は造れていたかもしれない。ただ漬物となるとモチ米糠ではうまく作れた例が見当たらない。いまはモチ米糠は肥料とか飼料用になっているのだろう。漬物用では業者は口に残る糠を嫌っているので使われることが少なくなった。今は浅漬け用が目立つ。
このようなコメの変遷はあまり生活に役立たず、誰も調べないようだ。