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 年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

東洋文庫の和漢三才図会のあとがきで

2019年09月24日 | タクワン

東洋文庫の和漢三才図会と言う本のあとがきでモチ米とウルチ米のことが書いてあった。さらに赤い米のこともある。この米の日本への渡来の歴史は歴史の教科書では単に米の渡来で済ましているようだが今のモチ米とウルチ米が分離したのは何時ごろかはまだわからないようだ。遺伝子分析でも今のところ不明のようだ。しかし漬物ことから調べると糠の問題からどこかで分離の意識が無いと今のぬかみそ漬けが出来ないことになる。モチ米の精製の過程で生じるモチ糠は様々な理由でぬかみそ漬けの糠として適さない。モチコメの糠は肥料しか用途が無いようだ。

 江戸時代の終わり頃、肥料米ぬか仲間というのが文献に見える。今の知多半島が米ぬかの集散地だったらしい。

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