年寄りの漬物歴史散歩

 東京つけもの史 政治経済に翻弄される
漬物という食品につながるエピソ-ド

図書館のコロナ後の開放が進む。

2020年06月16日 | 宅老のグチ
日曜日までネット予約の本しか借りられなかったが15日より図書館内の本を探して借りられるようになった。しかし室内で読むことは出来ないようだ。徐々に元に戻りつつあるが今まで感染者を絞って検査していたのが技術と慣れでコロナ検査数を増やすことが出来たようで都内の感染者が急に50人近くなった。多分感染していた人は驚いただろう。無自覚感染者が感染を広める。
 県境マタギの移動の自粛がもうじき終わる。隣接県に行くことが気兼ねなくなる。
そろそろ次の時代が見えてきたようだ。全国に広がった飲食店チエ-ンで業績を伸ばしたところは少ない。コロナ後オンラインの仕事で夜遅くまでする必要が減った。人との接触のいる仕事で営業はどうなるのか。
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世論調査への疑問

2020年06月15日 | 宅老のグチ
毎週土曜日と月一回の世論調査の発表がある。新聞報道によると乱数を使い、ランダムに抽出した固定電話と携帯電話に全国で1000件ほどの世論調査の結果を受けているようだ。普段は特殊サギの防止のため、常時留守電で特定の人からの電話はアナウンスされて受話器を取る。
コロナで閑なので2月より、留守電セットを外して、リモ-トワ-クによる営業活動とはどのようなものかを調査していた。特にコロナは外部の人の保菌状態が解らないのでドアを簡単に開けることは出来ない。するとおかしなことに気が付いた。2月からの3か月間の土曜日午前中に新聞から委託されたと思われる調査会社から3回から4回電話が架かった。当たる確率が多すぎる。多分1000件の調査数から断れたり答えなかったした人もいるから当たる確率が異常である。そこでランダムに選ばれているのだろうか。個人情報が洩れているのではないのだろうか。今度調査会社から電話が架かってきたら調べてみよう。もし意図的に調査していたら政党支持率を100%信じることは出来ない。よくかかってくる電話では30代から40代の人が不足しているようだ。閑な70代はすぐにアンケ-トが集まっているようだ。2者か3者から選ぶ質問は抽象的でどのような数字も作成できる。
 選挙の事前調査で開票時にすぐ当選を予想する調査はどのように行っているのだろうか。
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規制の相手(中央卸売市場法)が消えた。

2020年06月14日 | 宅老のグチ
築地で働いていた時、時代遅れの規制でシバシバ監督官庁から始末書を書かされ、理不尽と思いながらなんとか上申書を作文し過ごした。監督官庁の公務員もこの法律は時代遅れと認識していても、法律がある以上従ってもらわないといけないと言っていた。市場の規制で一番時代遅れとなってしまったのが開設都市とその周辺しか販売できないことになっていた。つまり東京都の人は川崎とか船橋などには表向き販売できないことになっていた。東京の一極集中非難ということで監査は厳しかった。これは戦前の大八車の時代にできた法律で2020年6月になってやっと緩やかになった。今豊洲では水産仲卸が500程度になったが(バブル時1300)都内の専業個人向け魚商の数は銭湯より少ないと思う。多くは届け出でして第三者販売である。合法化された取引形態で豊洲市場では個人のまとめ買いで築地のように市場内を個人客が闊歩する風景も間もなく見えるだろう。
 衛生管理の厳しい豊洲は未来へ向かっているが時代遅れのアナログ法律がやっと変わった。あとは卸売会社の個人通信販売が規制で残る。仲卸では情報発信力と集荷力が弱い。しかし全国への影響が大きいので多分許可と認可は下りないだろう。
 商物一致と第三者販売の規制を緩やかにした。税金で市場経費を補填しているのでコロナで財政が厳しい中央卸売市場は消えるかさらに自由な地方市場へ転換するだろう。
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移動の自由の自粛解除までもう少し

2020年06月13日 | 宅老のグチ
隣接県などの移動の自粛がもうじき終わる。いま東京のコロナ感染新規患者は全国の半分を占めていて、都民の観光客を当てにしている施設もコロナの運び人という目で見られる。車には地名が書いてあるのでいたずらされても自粛解除となれば不要不急の外出という心理的な抑制で加害者を訴えることが出来る。中国では爆発的に国内観光が増えているようだが日本だって当分国内観光が主流となり、空いていたバスなら不特定多数の電車より安心感が出る気がする。ただ今はバスも感染不安で空いている。
 要は不安感の最小選択によって決まる。雨でなければ露店の店がコロナ感染リスクが少ない。あれほど容赦なく不法道路占拠として取り締まっていた中国は一転失業者の職を確保するということで露店が復活していた。日本でも夜の銀座で露店の居酒屋を出せばよい。ショ場代は掃除費用ということで銀座の夜の7時から10時までの限定となれば賑わいも出るだろう。
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コロナで人生の最後は閉じ込められた空間で時間を過ごす練習

2020年06月12日 | 宅老のグチ
コロナで若い人も閉じ込められた空間で生活する練習をした気がする。江戸時代に座敷牢という仕組みがあった。物理的に外部と遮断されていた。コロナで医薬品と食糧購入だけ西欧のロックダウンは報道されていた。日本は罰則が無かったが諸外国は許可書を携帯していなければ違反となるようだ。
 実母の介護を助けているがもう自力で歩けないので保護が必要で入浴のためにデイサ-ビスを利用している。年金があってももう町の狭い空間しか見ることは無い。高齢者は毎日ロックダウンしているようなものだ。何を考えているかわからないが時たま昔話が出る。実の息子の顔を見ても不思議な表情を見せる。もうまともな会話が出来ていない。
 元気な若い人や仕事で人とあって生活していることをコロナで否定された。会うことが不謹慎ということ避難される。もともと仕事は人との付き合いで得たと信じているので会わないことで仕事が継続できるか不安となる。世間の常識が変わってしまった。これからどのように仕事を創出してゆくか楽しみでもある。すでに住宅街を訪問して仕事を得ていた業者がポステイングサ-ビスと同じとなった。郵便受けに紙を入れるだけになった。ドアのベルを鳴らすのは不謹慎な宗教者のみとなった。彼らはコロナに罹らないと思っているのだろうか。韓国のクラスタ-は宗教施設から始まった。
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築地の火事の思い出

2020年06月11日 | 宅老のグチ
今度のコロナ戦対応で築地市場での火事騒動を思い出す。移転までの期間で築地に勤め始めたオイルショック(1973年秋)後の火事でも数回以上記憶に残る。さらに築地場外市場の火事を含めれば件数だけは多い。さらに驚くのは例えば最後の大火事となった築地場外市場ラ-メン店の火事はテレビの生中継があった。この火事は結局夕方5時ころから翌日まで鎮火に時間がかかった。火事現場には二軒の得意先があり、火災の翌々日には近隣の店舗の協力で営業していた。携帯電話の時代は情報の復旧が早い。
 築地の市場の火事の原因は初期には殆ど原因不明で処理されていて、件数が増えるに従い原因がはっきりしてきた事例が増えた。多くの火事は休市前の夜に発生していた。つまりこの時しか築地市場が無人近くならないのだ。逆に日曜日の夜は翌朝の準備で飲酒もあって築地市場内に泊まり込む人もあったようだ。多くの市場の混乱は休市明けと連休前の朝に混乱が起きる。それも最後は築地の力が衰え、混乱が減った。
 災害は絶対にある。しかし準備が出来ていれば冷静に対抗できる。最初の頃の火事では築地の人は騒いでいたが度々の火事で対処の仕方に慣れ(保険を掛ける等)、すぐ仲間の協力で復活した。この行動を見ていると関東大震災で日本橋魚河岸を国家権力で使用禁止にしたのは地震による社会不安が終わり、魚河岸が復活することを恐れたためである。魚河岸の当時の文献を読んでいると魚を扱うところは日本橋魚河岸以外ではやはり震災後すぐに営業再開していたようだ。明治以後の東京の都市計画で最もアジア的風景だった日本橋魚河岸は政府として再建禁止をひそかに狙っていたと思われる。朝鮮人等の暴動を作り上げ、不安を煽り、防疫ということで日本橋魚河岸封鎖を合法化させ、地震が落ち着くと道路占拠禁止という別の法律で魚河岸再建を阻んだ。この道路占拠というのは日本橋魚河岸の住宅の前の道路に畳位の雨戸のような木製の板に縁をつけ、板舟と言われるものに魚等を並べ販売していた。この板舟が不動産的な権利となり売買されていて、築地に移転するとき、板舟権の補償の問題で混乱した。当時の治安維持機構は天災を待っていたとみた方がその後の歴史の展開が理解しやすい。このような見方をする左右の歴史学者はいない。天災による暴発行為とみなしているようだ。
 今度のコロナでアナログ利権が批判されつつある。すでにスマホを扱えない人は公営ギャンブルの投票が出来ない。無観客でも売り上げが増えているようだ。パチンコがコロナで問題となったのはアナログだったからでる。コロナが蔓延し、医療崩壊を恐れ、PCA検査を少なくしたため、政府発表の感染者数を信じないで感染不安が蔓延し通常の病気でも医者に行くことを回避し、ガラガラとなった医院も多い。
 今でも誰も明解に日本のコロナの終息の原因は不明である。もう金は政府にはない。来年は大幅な税収不足となるだろう。
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中央卸売市場・年功序列でコロナ

2020年06月10日 | 宅老のグチ
築地市場の移転問題の会議で膨大な紙の資料があった。今政府の中で色々な資料が所在不明で問題となっているが多分膨大な紙やデ-タがあって、整理できないため時間を区切って処分していると思う。
 昔と言ってもWIN95が出るまで農林水産省関係のソフトはIBMが多かったと思う。築地の青果はIBM系統で今でもその流れはNTTと共に続いている。彼らの言い分は築地を制すれば全国の農林水産関係に影響を及ぼすことが出来るという。しかし地方の市場の人は半農・半魚で市場の仕事をしている人も多い。そのような人は一度馴染んだ(仕事だから仕方なく覚えた)システムを変更することは抵抗があるので取引先の要望ということでシステム変更となる。
 今朝の日本経済新聞でコロナで解禁されたオンライン医療のシステムが高齢の医者や役人によって元に戻る恐れがあるという。築地市場の衰退の原因は井の中の蛙状態であったことを今に知る。築地の情報はすぐに他国の水産青果関係者に情報が同時に伝わる。漬物でも台湾・タイ・中国の人の知る速さは同じとなった。大口の取引先はデジタル管理で情と付き合いだけでは維持できない。
そのうち情報鎖国していると他国の医者が日本の看護師に機械を装着させ、医療ッア-で手術もあるかもしれない。差額ベッド部屋代が高いのであるかもしれない。
 命に関して人は金に糸目は付けない。マスクも安さだけではいけなくなった。
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ほぼ100年前関東大震災があった。

2020年06月08日 | 宅老のグチ
関東大震災で日本橋の魚河岸が焼失し、戒厳令で魚河岸が封鎖された。そこで築地の移転は関東大震災となって通説化している。詳しく調べていると震災の少し前に中央卸売市場法が出来ていて、震災のなかった大阪から中央卸売市場が始まった。公設市場(今は少なくなったが建物内に小売店が集合している)も関西から始まった。これは物価上昇の不満が社会主義者の勢力拡大と判断した政府の政策だった。当時の卸売市場は社会安定を目指していて、そこに軍部と治安維持勢力が混乱の機会を探っていた。
 江戸の町は3年に一度くらい大火事があった。レンガ等の建物が増えても人の行動は昔の記憶に支配され、火事が起きれば家財道具を大八車に積んで逃げることが常識だった。多くの避難民が燃えやすい家財を積んで避難所に集合した。そこの荷物に火が移り・火焔となり多数の焼死者を出した。両国の被服廠あとで数万人が死んだようだ。
 治安維持の役人はあらかじめ不測の事態が起きたら行動する用意があったと思われる。
 こんなことを思ったのは今度のコロナ騒動で大規模な給付金・景気浮揚政策が準備不足が目立ち、早急に政策を動かすため、前例の不適切な例を使用したと思われる。強大な予算は中抜きの金も巨大となる。
 関東大震災で強権を合法化された憲兵隊は反対勢力を縮小し、地下運動となった。そして言論が戦争拡大へと向かうようになった。
 鶯亭金升がなぜ関東大震災の直前に福神漬の命名由来を缶詰協会の会合で軍人に話したのは大正デモクラシーの最後だったかもしれない。その後は食の辞典に記録が残り、今に伝わる。実際の福神漬の由来の文献は大正3年頃の文献で田中芳男博士の命名説が通説となっていたようだ。
 今度のコロナで不適切な税金の使い道で今後増税する際、役所の手続きの費用が巨大であることが判明し、天下り先が縮小することは確実である。目先の利益で支配されている日本がコロナが日本の立ち遅れを明解にした。
 病院の前の薬局もネットで処方され、マイナンバ-で調薬し、宅配で保冷配送すれば無駄も省けるし、オンラインで診察すれば混雑は減る。各市町村の巡回の看護師にオンラインの機械の設置をさせ、医者と会話し、異常があれば病院に送り込むのが普通になる。
 役人の仕事を確保するため紙の仕事を残したことが今度のコロナでオンライン・パソコン不慣れな高齢者が殺到し、役人を罵倒した。今後も前線の役人は情報弱者によって罵倒され、不人気な仕事となりそう。コンピュ-タ用語は慣れた人でも意味不明。ユーチュ-ブ動画を見てスマホで給付金を申請しようとしたが住民票の届け出の住所と記憶との差が気になり、書面申請となった。(郵送で来た選挙の時の住所とやはり違っていた。部屋番号が住民登録から漏れていた。)

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アメリカは訴訟が普通にあることを想定

2020年06月07日 | 宅老のグチ
築地の仕事で珍しい漬物を世界に輸出していた。ある時、漬物の裏面の表示を点検していたところ、製造者の表示の中に海外に出すことを禁止していた。国によって禁止している食品添加物がある。ふと思い出した。漬物は日本人しか食べないのであまり表示のことは気にしないがアメリカではまれに訴訟があるようだ。敗訴すれば安い漬物でもアメリカの弁護士費用も含まれるので高くつく。
 いまマスクの問題で性能表示の問題でFDAから訴訟になりそうな記事があった。これで思い出したがテロ対策でアメリカの輸出する食品のリストに中に自分の名前を出してあることを思い出した。すでにリタイアしているので更新はされているのだろうか。個人記録の削除は難しい。拡散され消えずに残る個人情報は使用していないメ-ルソフトにいかがわしいメ-ルが届く。使用履歴のないカ-ド会社から問い合わせが来る。LINEをやっていないのに不正アクセスがありました等の問い合わせが届く。
 日本の弁護士の数を増やしても訴訟は増えず、仕事は増えなかった。他人の集まりのアメリカは話せば解る世界ではない。
アメリカは日本語でアメリカ合衆国である。衆の集まりの国と翻訳語で表している。誰が翻訳したのだろうか。
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帯状疱疹に罹っていて自然治癒していた。

2020年06月06日 | 宅老のグチ
コロナで2月の終わり頃、胸の所に異常を感じていたが酷い症状でもないので、医者に行ってコロナ感染リスクを考えると、痒いだけで眠れるので放置していた。6月に入って外出制限が緩やかになり、感染リスクは減ったと判断し皮膚科の医院に向かう。女医師の見立てでは帯状疱疹でほぼ終息状態とのこと、念のため塗薬を処方してもらう。医師から渡され帯状疱疹の説明書では水ぼうそうが治癒し、隠れた菌が免疫力の衰えた人に出てくるという。睡眠不足、過労や60歳以上の高齢者という。
やはりコロナの死者を見ていると高齢者が多い様だ。あと2千名がコロナの患者数となっているが入院者数だろう。
 長いコロナ戦はまだまだ続く。町医者もやっと患者が増えてきたのだろうか。
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チラシの新聞広告も少し元に

2020年06月05日 | 宅老のグチ
今朝からチラシ広告が新聞に戻ってきた。営業自粛中はス-パ-のチラシも行政広告のようで販売促進の広告をすると客が殺到し、三密となって従業員の健康を損ねる懸念があったようだ。ようやく高齢者のみの午前中となってのんびり店内を散策する風景に戻りつつある。ただリ-モ-トの人がいるため年齢構成が戻っていないようだ。途中学校の通学路で教師が半端な時間に交通指導をしていた。だらだら通学しているようで当分これは消えないだろう。東京と北九州市だけがコロナ感染が止まらないので気分はまだ解除となりそうもない。どうやらオリンピックは縮小開催を探っているようで観客は日本人しかいない気がする。あれほど招致失敗を予想していたラグビ-のワ-ルドカップも日本ではほぼ満員だった。唯一失敗なのは台風を考慮しない日程だった。
 今度のコロナで8割の東京の交通量を削減することは簡単だった。
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三か月振りに電車とバスに乗る。

2020年06月04日 | 宅老のグチ
都内の復活の視察を兼ねて電車とバスに乗る。2月下旬以来になる。バスはシルバ-パス利用が多い10時で比較すると今でも激減している。感染リスクの多い高齢者は不要不急の行動を今までしていたことを示す。次は巣鴨訪問で比較してみたい。今東京は再感染の中心地でもう少し収まったら再活動してみたい。当分ネット検索で図書を借りるしかない。
 今度のコロナは各国為政者の思惑を超えている。すでに鎮圧した国も不都合な情報を隠している所から感染が復活しているようだ。自国では制御出来てみても税金等の問題で制御できない所から感染が復活する。
 金の密輸はその露見で根深い脱税問題(消費税)を知る。室町幕府が財政の厳しいとき、酒税を創設した。酒壺に税金をかけた。そのころ中国から渡来したカンナが水漏れを少なくしたため、樽作りが盛んとなり、酒作りに適さない季節は解体して税金を免れた。
 大きな樽は日本の食文化の象徴で酒税は日本の物品税の始まりとなる。
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需要の蒸発の目撃者

2020年06月03日 | 宅老のグチ
コロナで万全として眺めていた風景が突然消えるということを知る。いつも利用しているス-パ-には中国人CAが来ていた。昼間の店舗は高齢者しかいないので目立つ。飛行機会社の研修所があるためで就職試験の前はペンギンスーツの揃いで駅から歩いてくる。これも消えた。それがコロナで消えた。彼女らはどこへ行ったのだろうか。
 混雑していた町医者も空いているようだ。あれほど混んでいた町の医院も空いている。不要不急の病院通いだったのだろうか。ここも激減した患者による医療崩壊となるのだろうか。コロナの統計上の死者は千人をまだ超えていない。
 新宿の夜からコロナの感染報道。東京の風俗街は壊滅するのだろうか。企業の社員は会社を守るため分散による飲食へ向かうのだろうか。オンラインの飲み屋が出てきそう。出会い系オンライン風俗産業の合法化がありそう。テンピンマ-ジャンが合法化されて退職金が公務員の場合は全額出るということで一気に開放が進むかもしれない。日本の風俗雑誌がコンビニで販売されていたのが消えた。アメリカではずっと前から制限があって、日本は緩やかと思っていたが。規制の範囲の設定は難しいし、技術の進歩で安価に情報が拡散される。いまVPNというものを調べている。香港でVPN利用でネット接続を考えている人が増えているようだ。
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コロナ型の花火がすっと消えるように

2020年06月02日 | 宅老のグチ
コロナの終息と中止となった花火大会で過剰在庫となった花火を打ち上げ消化する抜き打ち花火が全国であった。画像を見ているとコロナウィルスの形に似ている。すっと消えたが本当に花火のように消えることを祈るしかない。
 東京と一部の地域の感染が多いが全体として落ち着いている。近所のス-パ-も高齢者だけの風景となりつつある。来週から本格的に動くのだが今週はまだ都内の移動となる。
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YOUTYBE動画で特攻遺書(作られたと思う)

2020年06月01日 | 陸軍特別操縦見習士官1期
叔父が台湾から特攻出撃したのは昭和20年5月20日夕方であった。この日は知覧から陸軍の特攻もあって、ほぼ同時間に沖縄嘉手納沖に向かった。戦死の時間は夕方の日没前後だろう。
 この特攻が日本の新聞に掲載されたのは5月末か6月初めで、このことから米軍の被害を受けた艦船の著書には知覧からの攻撃しか書かれていない。台湾と知覧からの出撃は両方とも一式戦闘機隼だったので米軍では台湾から来たのと知覧から来たのは区別できていなかったようだ。この5月20日頃は沖縄の梅雨末期で知覧は晴れて、台湾から沖縄は雲の多い天気かもしれない。当時の天気予報で沖縄は戦闘中で天気情報は最高機密なので米軍資料を調べないと判断できない。
 YOUTYBE動画で特攻遺書(大石清伍長から孤児となっていた妹への手紙は感動的だが、一部の聴取者が疑念をもって調べたようだ。・知覧と万世特攻基地からの名簿には大石伍長の名前がない。特に5月20日となっているの気になる。誰の創作なのだろうか。動画となって拡散され、そのまま後世に残るのは同日特攻した遺族を悩ます。
 今韓国で慰安婦の問題で渦中の人物が以前特攻した朝鮮人に感動し、死後に結婚したという報道があった。台湾からの特攻は少なく、またとんでもないところから調べる必要が生じた。知覧特攻平和会館 の特攻隊員1036名には何人かの朝鮮人隊員がいる。同期の仲間だから慰霊祭に招待され参加している。
 
大石清伍長「妹への手紙」は数々あった特攻隊からの聞き書きから創作したとまだ存命中の著者から発表してもらいたい。多くの特攻遺族は戦後の特攻に対する評価の格差が激しく、口をつぐんだままの人が多い。生き残った特攻隊員は戦後も語ることは出来たが遺族は無駄死にと言われた傷が今でも残る。特に飛行機乗りは数学もでき。英語もでき体力もあって生き残れば戦後の苦しい生活を少し緩和したという思いが残っている。

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