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ON  MY  WAY

60代を迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされ生きる日々を綴ります(コメント表示承認制です)

4年ぶりの関川マラソン、なんとかゴールしたが…(後編)

2023-06-20 22:08:46 | RUN

ここまで12km。

1kmごとのラップを確認してみる。

①kmラップ計測なし(6分くらいか) ②5分58秒 ③6分13秒 ④6分20秒 ⑤6分28秒 ⑥6分34秒 ⑦6分24秒 ⑧6分03秒 ⑨6分01秒 ⑩6分10秒 ⑪6分09秒 ⑫6分29秒 

大石折り返し点までは、上りだったのだが、7km以降折り返すと全体的に緩やかな下り坂。

追い風だったので、ジョギングのつもりで走っていても、ラップタイムは6分台前半と順調だった。

体もきついけれども、まだ胸が苦しくなってはいない。

脚もまだ動いている。

あと半分。このままがんばろうと思う。

 

12kmのここからは、丸山大橋付近まで一気の上りとなる。

ご丁寧に、こんな看板が設置されてあった。

「ここから きつい上り 800M」

たしかにそう。

初参加から3回目の参加くらいまでは、この坂を必ず歩いていた気がする。

 

最もキツイ杉並木の上り坂。

写真がブレてしまったが、前方にはかつての私同様、歩いている人の姿も散見された。

私の走る速さも、歩いている人と大して変わりはないのだが、それでも腕を振って走っていると、一部の人を抜いて行くことができた。

 

国道113号線の歩道に出るが、まだ上り坂は続く。

もう少し上っていき、113号線と分かれて丸山大橋につながる道で最高点に至る。

そこ下り始めると、丸山大橋。

ここからは、荒川の流れが広がるいい景色を見ることができる。

 

橋を過ぎると、急激な下りが2km余りにわたって続く。

「人生、下り坂最高!」

こころ旅、火野正平さんの気分ですな。

だけど、下り坂のわりにスピードは出ない。

体が、脚が先ほどまでの上りで一気に疲れが出てきているのだ。

だから、下りでスピードを出そうとすると、体が、脚が悲鳴を上げ、勝手にブレーキをかける。

そのために、下りなのに歩いている人の姿も見られる。

 

ようやく下り切って、道は高瀬温泉の旅館の建物わきを通る。

この辺で15km。あと残りは6kmと減ってきたが、疲れからか歩いているランナーも何人かいる。

 

おや?目の前で歩いている人の後ろ姿には見覚えがあるぞ。

1km過ぎで「先に行きま~す。また後で抜いてください。」と言って私を抜いて行ったNGさんではないか!?

NGさんも相当疲れたのだなあ。

では、さっきのセリフを実現して抜いてあげよう。

横に並びながら、

「じゃあ、お先に。ゆっくり行きます。」

と話しかけ、抜き返して先行した。

 

ただ、自分に余裕があるわけではなかった。

⑬7分46秒 ⑭6分21秒 ⑮6分23秒 ⑯6分44秒

上りで力を使った後も、下りで速く走れず、7分/㎞近くかかるようになっていたのだった。

 

そこにとどめを刺すように、難所が来る。

湯沢の急坂。

200mもいかない間に15mくらいの高さを一気に上る。

ここで気持ちが折れるランナーが多く、歩いている。

私は、自分の心と相談しつつ、ユルいけど走り続けることを選択し、上り切った。

 

ここからは、脚が完全に疲れ切った。

道が平らになっても、早くは走れない。

民家の前でホースをもったおばちゃんが、「かけましょうか?」と聞くので、「お願いします」と言って、ミストシャワーをいただいた。

 

道を下って、長い「小見橋」を渡る。

 

渡り終わると、残りは2kmまっすぐに伸びた土手道。

いつもならなんてことのない距離なのだが、脚が限界を迎えていた。

 

限界になったのは私だけではない。

立ち止まってアキレス腱を伸ばす仕草をしているランナーもいた。

ゴールの数百メートル手前で、寝転んでつっている両足を治療してもらっているランナーもいた。

みんな厳しいレースをがんばってきたのだ。

 

ラストスパートなんかできる体力は残っていなかった。

なかなか近づかなかったゴールが、やっと近づいてきた。

土手からふれあいドームへ駆け降りると、もうあと10mくらいでゴールというところまできた。

そこで、私を知っている方が、横から声をかけてくれた。

そちらを向いて腕を上げて応えようとした、その瞬間、両脚の付け根がつった。

いたたたた…。

ここまで来て、こんな…。

少し時間をおいて、ゴールへ。

やっと着いた。

ゴール後、靴を脱ごうとしたら、ふくらはぎと脚の付け根がつってしまい、なかなか脱げなかった。

脚がつるので、ストレッチもできないしなかなか着替えもできなかった。

 

怖かったのは、帰りの車の運転。

目の前がやたらとチカチカした。

ときどき、風景が白くなった。

気持ちも悪くなり、早く家に着きたいとそればかりを考えていた。

家に着くと、「寝る」と言って、ふとんの上に倒れて寝込んだ。

 

やはり熱中症の一種だったのか、起きた後も終日ふらふらしていた。

こんなに具合が悪くなったのは、10年前の南魚沼グルメマラソン以来だったが、そのときよりももっとひどい状態だった。

この日の夜、体重を量ると、夕食後にもかかわらず、前日に比べて3.5㎏も体重が減っていた。

給水はきちんととっていたはずなのに、それだけエネルギーを消費したということだ。

ぐったりしたのも無理はない。

 

終盤のラップタイムを見ると、7分台ばかり。

⑰7分22秒 ⑱7分05秒 ⑲6分41秒 ⑳7分32秒 ㉑7分40秒

終盤がいかにきつかったのかが、わかる。

 

走り切れたのはよかったが、走った後こんなに苦しくなるのなら、ちょっと考えなきゃいけないな。

走ることをやめるとか、走るなら距離とか練習内容や頻度、自分の体調とか、日頃のあり方とか…。

 

…でも、本当に苦しい目にあったけど、やっぱり走ることをやめたくないな。

あれから2日。なかなかリカバリーできていないけど、そう思っている。

 

それにしても、…ああ、きつかった…。

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4年ぶりの関川マラソン、なんとかゴールしたが…(前編)

2023-06-19 20:31:05 | RUN

4年ぶり開催の関川マラソン。

感染症禍や昨年の豪雨災害にも負けずに、今年は復活開催してくれたのはうれしかった。

 

なんとかゴールにたどり着けたが、あんなに苦しい目にあうとは思わなかった。

 

もともと、ただでさえUP&DOWNの厳しいコースと感じていた。

その上、全国的に暑い日とのこと。

ハーフマラソンの距離と自分自身の体調を考えると、ちょっとキツイ気もしていた。

だから、がんばらずに、ユルいジョギングで行こうと考えた。

 

受付の関川ふれあいドームに着くと、その場内にはブルーシートが広く敷かれていて、今までにない配慮がされていた。

走る前にも後にもゆっくり休めて、ありがたかった。

 

いざ、出陣!

ふれあいドームから、渡邉邸前まで歩いていく途中、周囲が工事中でずいぶん景色が変わりそうだと思った。

公園化しようとしているのかもしれない。

これからさらにどう整うのか、楽しみに思った。

 

12㎞の部が出発した後の渡邉邸前では、MCの方が、いろいろと楽しいおしゃべりをしていた。

今回の大会開催に関しての変更も、いろいろと苦しい言い訳をしていたが、それも笑いにかえられる楽しいものだった。

 

9時20分にスタート。

関川中学校へ上っていくと、校舎脇を走る。

女子中学生たちががんばれ~と、手を振ってランナーたちを激励してくれた。

若いコたちの励ましは、おっさんたちには、うれしいな。

 

その先は、恒例の墓場の中のコース。

ところが、あちこち杉などの木が切られ、暗い墓場がずいぶんと明るくなっていた。

これは、豪雨災害もあるかも知れないが、12月の大雪でたくさんの枝が折れたせいもあるかもしれないと思いながら、通り過ぎた。

 

1km付近でタイムを確かめようとしたら、なんと時計が動いていなかった。

押し方が悪かったのか?

そこでもう一度、1km遅れでスイッチ稼働。

 

顔見知りのNGさんが、声をかけてきた。

「お先に行きま~す。また後で抜いてください。」

だって。

私の走る速さも遅くなったが、NGさんはそれより速くなったということか?

少しずつ、前へ前へと小柄なNGさんの姿がさらに小さくなっていった。

まあいいや、行っておくれ。

たぶん、今日の体調万全でない自分があなたを抜き返すことはないと思うよ。

 

上関の桜並木の道を2km地点に向かって走って行くと、カメラ搭載のドローンが4mくらいの高さの上空にホバリングしていてびっくりした。

 

大石川に架かる川口橋を渡り、これから川沿いに走って行くことになる。

3㎞地点付近でさっそく給水所があり、今日の天候を考えて確実に水分を補給することが大事と、紙コップに入ったアクエリアスや水をいただいた。

ここから、多少のアップダウンがある道を、7㎞過ぎの折り返し点まで進む。

 

6㎞地点過ぎで、折り返してきた笹川流れマラソンで再会したINさんを見かけ、声をかけた。

続いて、早く出発した息子とも笑い合ってすれ違った。

さらに、先ほどのNGさんも折り返してきた。

もう400m近く離されたということか。

気にせず、とりあえず折り返し地点に向かった。

 

私より少し早く折り返した方、アルビのアウェイユニを着ていた。

試合は鹿島に負けてしまったけど、このときはまだそうなるとは考えもしなかった。

折り返すと、風が追い風になった。

これは走りやすい。

しばらくいい感じで来たときよりも速く走ることができた。

 

しだいに陽射しが気になるようになってきた。

だから、左側通行とわかっていても、右側を走ろうというランナーも多くなってきた。

かくいう私も、実は日陰を選んで右側をよく走ったのだった。

 

暑い中、待ち遠しいのは給水所。

 

8㎞あたりで給水すると、まもなく旧安角小の前で散水してくれていた。

「かぶり水」もちろんしっかり浴びました。

 

折り返し点からずっと走ってきた道も、こんなに遅い走りをしている我々をも、激励してくれる地域の人たちがいる。

上川口付近でも、陽気にランナーを励ましてくれるおじ(い)さんやおば(あ)さんがいて、思わず「ありがとう、がんばります!」と叫んだ私であった。

間もなく、川口橋からの道に戻って、折り返し終了。

全体の距離の半分を走ったことにもなる。

 

これからいよいよ難所が始まる。

1kmの間に20mを駆け上がる、丸山大橋につながる急坂だ。

(つづく)

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課題を克服できず、またしても ~2023ルヴァン杯第6節アウェイ鹿島戦~

2023-06-18 21:48:58 | アルビレックス新潟

ルヴァンカップ最終節のアウェイ鹿島戦。

予選リーグ突破の目は少ないと思いながら、涼太郎移籍後の今日の先発メンバーを見たら、それなりにガチで行くアルビだった。

この試合、見てみたいなと思い、ライブ中継するSPOOXの7日間無料体験とやらをしてみることにした。

少しその作業に手間取ってしまい、パソコンで映るようにできたときには、もう試合が始まっている時間になっていた。

「映った!」と思った時、画面には鹿島の先制ゴールが決まったスロービデオが繰り返し流されていた。

おいおい、まだ開始2分ちょっとしかたっていないぞ。

またか…と思ったのであった。

 

最近のアルビの悪い癖

  • 開始早々の早い時間帯に失点する。

それで、自分たちで試合を難しくする。

  • ペナルティエリア内もしくはその付近で、CBやSBなどのDF面でミスが出る。

ゴールに近いところでのミスだから、失点に直結しやすい。

  • 攻撃に意外性がなく、得点のにおいがしない。

思い切ってシュートを打つ場面がもっとほしい。

 

こんなところは、ぜひ改善してほしいなと思っていたのに、さっそく上記①に該当。

MF高がうまくかわされたとはいえ、相手のシュートも絶妙だった。

でも、うまくつけなかったかなあ…と思った。

まあ、仕方ないのかなあ。

早いうちに同点に追いつこう、チャンスはあるはずだから…。

 

ところが、何が起こったんだ?

画面が切り替わると、鹿島の選手が喜び、GK阿部が怖い顔になっていた。

2-0だという。

画面に映し出されたリプレイを見ると、ボールを蹴ろうとした阿部に、鹿島の選手が死角からスライディングして阿部ごとボールを蹴り、ゴールしたのだった。

 

あちゃあ!やってはいけない上記②をやらかしてしまったのだ。

それも、よりによってゴールのすぐ前で。

 

いやいや。まだ時間はある。

上記③をクリアできれば、大丈夫!

そう信じた。

 

確かに、今日はダニーロを中心として攻め込み、シュートは多く放った。

 

しかし、結局、決定力不足!!!

これは解消しなかった。

初めて、FWの鈴木と谷口を併用したが、実を結ばなかった。

選手交代も効果なく、結局前半早々の2失点が重く、試合終了。

ああ…。

でも、シュート数は多かった。

チャンスも多かった。

後は、決めきるだけ。

だが、そこが難しい。

でも、前を向いていくしかない。

 

Visca Albirex !

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自転車に乗って、「自転車にのって」(高田渡)

2023-06-17 20:32:00 | うた

自分の足で走ることが多くなってから、3kmや4kmくらいなら歩いてしまおう、という気持ちになることが多くなった。

だから、車に乗らずに歩いていくことを選択することが多い私である。

 

今日は、出かける用があったのだが、往復すると4km以上ある。

明日が関川マラソンで、ハーフ21kmを走るから疲れたくないな、と、4kmほど歩くのをちょっとためらった。

車に乗ろうかと思ったが、もう一つの選択肢があるのを思いついた。

それは、自転車に乗っていくことだ。

自転車に乗るなら、今はヘルメットをかぶる努力義務があるのだが、私の頭に合うヘルメットは家にまだない。

すみません、ヘルメットなしで行きます。

その代わり、通る道は、極力、車が通らない道や歩道(自転車通行可の)を通ることにした。

 

 

ということで、久しぶりに自転車に乗った。

舗装されていない道で乗った。

なんだかとても新鮮な感覚だった。

いつも歩く道でも、目の位置が高いから、見え方が違う。

自分の足で走ることもよくある道なのだが、スピード感が違う。

 

自転車に乗って、走るのも楽しい。

自転車に乗って、見るのも楽しい。

自転車に乗って、自転車に乗って、…。

 

そう繰り返していたら、急に高田渡の「自転車にのって」という歌を思い出した。

高校1年生の頃、同級生にこの歌を好きな女の子がいたことも。

その子は、シンガーではジョン・レノンを、歌では「自転車にのって」がお気に入りだったっけ…。

 

「自転車にのって」

アップテンポでいい感じのリズム。

明るい調子の歌だった。

まだ歌えるかなあ。

思い出してみよう

 

自転車にのって ベルをならし

あそこの原っぱまで 野球のつづきを

そして帰りにゃ 川で足をあらって

自転車にのって おうちへ帰る

自転車にのって 自転車にのって

ちょいとそこまで 歩きたいから

 

子どもが自転車にのって自由にでかけて行く。

原っぱで野球する。

川で足を洗う。

50年ほど前は、そんなのがまだ当たり前の風景だったっけ。

「自転車にのって」には、そんな当たり前の風景が歌われていたのだった。

 

じゃあ、2番は?

 

自転車にのって ベルをならし

となりの町まで いやなおつかいに

そして帰りにゃ 本屋で立ち読みを

日が暮れてから おうちへ帰る

自転車にのって 自転車にのって

ちょいとそこまで 歩きたいから

 

となり町まで おつかいに行かせられる。

町だと、立ち読みをするような本屋があった。

日が暮れるまで目一杯遊び、家に帰るのは、結局暗くなってから。

だから、家の人におこられる。

あった、あった。そんなことが。

 

思い出してみると、この歌は、なんだかとても懐かしい風景が広がる歌としてよみがえってきた。

歌は「自転車にのって」なのに、「ちょいとそこまで『歩きたい』」という。

走るのではなく、自転車に乗るのは軽い気持ちで「歩く」感覚でもあったっけ。

 

雨が続いていた当地、久しぶりの青空の下、自転車に乗って風を切るのは快かった。

「自転車にのって」を思い出し、さらにごきげんな気持ちになったのであった。

 

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「メンタルモンスターになる。」(長友佑都著;幻冬舎)を読む

2023-06-16 22:37:01 | 読む

図書館に行ったら、先日書店でも見かけ読んでみたい本を見つけた。

その本の名前は、「『メンタルモンスター』になる。」

日本代表だった、現FC東京の長友佑都の著書である。

大会で、好プレーを随所に見せただけでなく、大会を通して彼が連発した「ブラボー!」は、当時の流行語となった。

インタビューなどで見せた彼の言動は、日本チームやサポーターたち多くの人を勇気づけてくれたのだった。

その彼のメンタリティには、興味があった。

 

本書の発行日を見ると、2022年11月15日 第1刷発行となっている。

去年のワールドカップサッカーカタール大会が開催されたのは、11月20日だったので、本書は大会直前に出されたものと言ってもよさそうだ。

だから、大会中のエピソードはないとしても、彼が見せる強靭なメンタリティの秘密を知りたくて、借りてきて読んだ。

 

本書のページをめくると、最初に書名が書いてあるが、次のページには、大きく

光 長友佑都」と手書きのサインが現れる。

その下には、

僕は、

たくさんの人を照らせる

「光」になりたい。

とも書いてある。

 

ここに、著者の思いが最もよく表れているような気がする。

光が強ければ強いほど、たくさんの人を照らすことができる。

自分が強く光れば光るほど、家族、サポーターなど多くの人を照らすことができる。

だから、自分自身を磨き続け、成長を続けたいと、できる限りの努力をして走ってきた、と長友は言う。

 

3度目のワールドカップ、ロシア大会で、ベルギーに「ロストフの14秒」と呼ばれる負けを喫した日本。

この本の話は、そこから始まる。

4年前のブラジル大会終了後は、そこからの回復に時間がかかったが、この大会の負けの後は、4回目のワールドカップを目指そう、とすぐ積極的な気持ちになっていた。

そんな強いメンタルの持ち主、と長友は見られている。

 

それ以降、どのように時を過ごしてきたのか、移籍しながらどんなことを考え経験してきたのかなどが、書かれているが、彼は本当に何があっても強いわけではない。

 

彼は、批判やミスの中に成長のチャンスがあるということを信念としている。

そうやってかかる重圧をエネルギーに変えれば、人生が変わると主張している。

カタール大会の最終予選は、オマーンに敗れるというところから始まった。

そこでも、彼は、最も多く批判を浴びた。

だが、批判の中から、どうしていけばいいか、自分なりの答えを見つけつつ行動し、最終的には、日本代表チームは、グループを1位で通過することができた。

見事に重圧をエネルギーに変えていけたわけだが、それは簡単ではなかった。

SNS上では、批判ではなく単なる悪口になっているものも少なくない。

そういうものばかりを見せられていると、さすがにメンタルも厳しくなる。

最終オーストラリア戦で勝利した後、長友は、インタビューでこう答えていた。

「批判をたくさんもらうとこのままでは燃えてしまうので、今日だけは賞賛という栄養や水がほしいなと思います。」

…メンタルモンスターと言えど、本音も隠さずに表していた。

 

いいなと思ったのは、成長のためには感謝の思いを持つことが大切だということも力説していることだ。

所属したチームの監督一人一人によさをみつけ、自らの学びにつなげている。

普通は、起用してもらえなかったら、感謝の思いなど持てないものだが。

 

つい先日、FC東京を解任となったアルベル監督についても、本書で長友は「戦術家だけど心温かい人」「大好きな人」と評価している。

監督は、「日本にはうまい選手が多くいる。ただ、メンタル的に戦える強い気持ちを持った選手は、まだまだ少ない。」と言っている。

その少ない選手の一人が長友なのだな。

 

読みながら、さて、アルビレックス新潟の選手たちのメンタルはどうだろう、と思った。

今は厳しい状況だけど、長友的なメンタリティーで、乗り越えていってほしいなということも思っていたのであった。

 

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かつて蒲原鉄道を走っていた車両たち

2023-06-15 22:04:10 | お出かけ

バラ園のあった冬鳥越スキーガーデンには、電車の車両が3体置いてある。

かつて、この地を走っていた蒲原鉄道で走っていたものだ。

 

蒲原鉄道は、大正12年に五泉~村松間4.2kmで運行を開始した。

昭和5年7月には、村松~東加茂間15.2kmを開通。

さらに同年10月には、東加茂~加茂間2.5kmを開通し、全線で21.9kmの鉄道路線となった。

だが、昭和60年3月、加茂~村松間を廃止。

平成11年10月には、五泉~村松間を廃止し、77年間続いた鉄道の使命を終えた。

 

これは、県内最古の木造電車「モハ1号」。

大正12年に製造された車両。

展示された車両を保護するために、いつだったか、屋根がかけられた。

 

モハ1号と連結するように展示されているのは、半鋼製電動客車のモハ61号。

昭和15年に製造されたもので、昭和33年に蒲原鉄道に譲渡される前に、電動車に改造されたもの。

それ以降、平成11年の廃止まで運行されていた車両なのだ。

 

一つ離れたところに展示されているのは、蒲原鉄道唯一の電気機関車ED1。

この電気機関車は、昭和5年の蒲原鉄道村松~加茂間の開通に合わせて購入されたもの。

貨物の輸送、保線工事、冬季の除雪などに活躍した。

これまた、平成11年の廃線まで、約70年間働き続けたという電気機関車。

 

かつて、たくさんの人や物を運んだ機関車や車両。

鉄道には、遠くとつながるという夢を実現させるものがあった。

生活に欠かせない重要な役割を果たしていたのに、今はこうして役目を終え、静かに時を過ごしている。

 

そんな姿を見ていると、若き日に活躍して今は引退している人の姿と重なって見えてしまう。

ひょっとすると、今の自分もこれに近いのか…?

………。

 

お疲れさまでした…。

 

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ピークは過ぎていたけれども、バラの花の美しさをたん能してきた ~冬鳥越スキーガーデンバラ園~

2023-06-14 17:46:21 | お出かけ

いつだったか、新潟日報紙に、加茂市冬鳥越スキー場のバラ園が見ごろだと記事が出ていた。

ここは無料だし、見に行きたいなあと思いつつ、それからまた数日たってしまった。

 

まだ、バラ咲いているかなあ、と思いつつ、見に行ってみた。

すると、入口には、立て札が。なになに…

ありゃまあ、咲き終わり!?…残念!

でも入口で、管理の仕事をしている人が、「三分の一くらいは残っているかな」と言う。

実際にバラ園の方へ行ってみた。

 

バラの花がたくさん咲く時期も、一つ一つの花が美しく見える時期も、いずれも過ぎていた。

 

それでも、咲き残っているものだけでも、楽しむことができた。

 

そして、楽しみはもう一つ、名前を見て楽しむこともできること。

クイーンエリザベス。

女王様はお亡くなりになりましたが、この花はまだ美しく咲いております。

 

ブルームーン。

シルクのドレスに包まれた、美しい夜を想像します。

 

 

ダブルノックアウト。

耐病性に優れ、乾燥にも強いそうだから、病気も暑さも吹っ飛ばすということでしょうかね。

 

ノスタルジイ。

外側の赤い花びらに包まれ、内側は白い花びら。

美しい思い出に優しく包まれ、懐郷的ということでしょうか。

 

あとは、名前がよく分からなかったけれども、各種の色の違うバラが心を和ませてくれた。

赤系統の花。

 

白系統のもの。

 

黄系統。

 

紫系統。

 

白とピンク。

 

などなど、多くのバラを楽しむことができた。

置いてあった品種名一覧表によると、合計153種、2,622本のバラがあるということだった。

 

ピークを過ぎてしまっていたのは残念だったけれども、多くの種類の美しいバラの花に、いやされたひとときを過ごしてきたのでありました。

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イチヤクソウ、2年ぶりの「再会」

2023-06-13 17:53:59 | 草木花

そろそろ各種のアヤメやアジサイの美しい季節。

そういえば、あの山野草って、こんな時期だったよなあ、前に見たのは。

また会いたいな。

そう思って、探しに行った。

 

探していたら、あった!

1本だけすっくと立って咲いていたのを見つけた。

それが、これ。

イチヤクソウ。

 

2年前に見つけたことがあったけど、去年は見なかった。

もう一度見てみたいな、また同じ場所で見られないかな?

見つけられることを期待して以前見た場所近くへ行ってみたら、なんと…あった!!

とてもうれしかった。

だけど、この場所は少し薄暗くて、スマホのカメラのピントが全然合わなかった。

それがとても残念。

 

ほかの場所にないのかな?

近くを100mほど歩いて探してみたけど、まったくなし。

これまた残念、と思って最初に見つけた場所に戻ると、そのすぐ近くの物陰にまだきれいじゃないけど、2株あったのを見つけることができた。

おお、あるじゃないか。

これまたうれしい発見。

 

イチヤクソウが生える場所は、どうやら日当たりがあまりよくない方がいいのかもしれない。

そんなことを考えた。

 

ピントが合わなくてよい写真を撮れなかったのは残念だったけど、ほとんど同じ場所で「再会」できたのは、やはり喜びだったよ。

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関川マラソンの大会参加通知案内が届いた

2023-06-12 22:12:45 | RUN

関川マラソンの参加通知案内が届いた。

 

昨年8月、いわゆる「令和4年8月豪雨」で大きな被害を受けた関川村。

今も、米坂線は再開のめどが立っていないし、あちこちに被害の影響が残っている。

今年4月に、カタクリの花等を見に関川村の鷹ノ巣キャンプ場を訪れたときに、豪雨災害の爪あとがあまりにもすごいので、きっと今年の関川マラソンも中止なのではないかなと思っていたのだった。

それが、開催すると聞いて、ビックリしたけど、少しでも盛り上げに協力できれば、と考えて大会にエントリーしたのであった。

種目は、12kmもあるのだが、欲張って(?)ハーフにした。

 

送付状によると、大会には1,100名を超える参加申し込みがあったとのこと。

よかったなあ。

 

4年ぶりの開催とあって、かつての大会とは多少の違いがあるようだ。

そこにたぶん災害の影響もあってかと思うが。

届いた封筒があまりにも薄く、軽いので少々驚いた。

封筒に入っていたのは、こんなものたち。

○案内の文書

○ゼッケンと安全ピン

○コース案内図

○記録証発行案内

大会プログラムや参加賞のタオルは、当日配るらしい。

久々に大会を行うということや経費削減を考えてのことだろう。

前例にこだわり過ぎず、大会開催のためには、そういうことも大事だなあ。

 

さて、ここのコース図は平面的すぎてよくわからないが、UP&DOWNが激しい。

特に、丸山大橋に至るための急坂は、心臓破りだ。

初めて参加したときには、この坂を走っては上り切れなかったっけ。

今回はどうだろうなあ…?

 

今日は、6月になって初めて走った。

5月31日に走ったら、少しペースを上げ過ぎたらしく、2,3日間立ちくらみなどくらくらしたので、しばらく走るのは控えていたのだった。

さすがに、3週間近くも走らずにぶっつけ本番で当日を迎えるのは怖いので、今日はきつくならないゆっくりジョギングで、時には休みながら12kmを1時間20分あまりかけて走ってきた。

12㎞のゆっくりジョギングでも、今の自分にちょうど合っている距離・走りだった。

 

6月18日の大会当日も、ゆっくり行こう。

暑くならないといいなあ。

 

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涙雨…伊藤涼太郎のラストゲーム飾れず… ~2023第17節ホーム京都サンガ戦~

2023-06-11 20:08:00 | アルビレックス新潟

30,136人。

スタジアムに3万人を超える入場があったのは、昨季J2でJ1昇格を決めた10月の仙台戦以来だ。

その数字には、背番号と同じ「13」という数字も隠れている。

ベルギー・シントトロイデン移籍を決めた伊藤涼太郎のラストゲーム。

みんな伊藤涼太郎のプレーと、アルビレックス新潟の勝利する試合を見に来たというのに。

1-3の敗戦。

 

前半に先制されながら、後半72分ついに1-1に追い付き、さあこれから最高の瞬間を、という状況だったのに…。

そこからわずか3分後、ペナルティエリアの近くで不用意なパスから相手に勝ち越しゴールを決められてしまうし、さらにはダメ押しのPKまで与えてしまう不始末。

ガタガタっと、潟ってしまった。

 

伊藤涼太郎を快く送り出すはずだったのに、終盤、なんとも締まらない試合となってしまった。

スタッツを見ると、この試合も、数字的には新潟がまさっている試合。

なのに、今日も負け。

リーグ戦下位チームとの試合で負けるときはいつもこんな。

そのうえ、失点が軽い。

パスミスなどで簡単にボールを失うわ、簡単にPKを与えるわ…。

前々節のガンバ大阪戦の守備の教訓が何も生かされていない。

最近は、けが人や体調不良などで、DFのメンバーが固定されていない。

そこに連携の問題があるようにも思える。

簡単に失点するから、取り返すのが容易でない。

こんな状態で、得点源でもあった伊藤涼太郎がチームを去る。

失点が多い中、得点もさらに減るとしか思えない。

 

だが、スタッツを見ると、負けても数値は勝っているものが多い。

あとは、ゴール数を増やすというだけなのだ。

そのためには、簡単な失点で、勝てる試合を難しくしないこと。

 

涼太郎のセレモニー中は、雨が降っていた。

「涙雨」であった。

時折言葉に詰まりながらの挨拶は、私たちの心を揺さぶった。

「1年半という短い間でしたが、こんなに好きになったクラブはありません。」

「アイシテルニイガタ!」

涼太郎の海外挑戦が成功することを願ってやまない。

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