2005・5・19の画像
<「土佐の石川さんで診てもろたら、直に治るで」子供の頃、できものが皮膚に出来たらこの言葉をよく耳にした。
四国の病院まで行くのだろうかと思ったことがあった。
今高取の城下町を歩いて、この医院のことだったのだと、思わずNさんと顔を見合わせた。
門構えからこの医院の歴史を思う。>
このような記事をブログに書いたのは、2005・5・19・城下町 土佐だった。
友人から電話があって、「アレルギー性皮膚炎で、近くで診てもらっているけど、なかなか治らんので、高取のお医者さんがいいと教えてくれたので、行ってほしいんやけど」とのこと。
高取によくいくということを知っての電話だった。
そんなわけで行った高取町では、「端午の節句まつり」の開催期間だった。
医院の受付や、待合室などの患者さんの多さに、待っている間に行ってみようと、
「終わったら電話してよ」と言って町歩きをした。
デジブック 『端午の節句まつり』

坂下~土山
< 遺構展示館> |
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井戸再現についての説明陶板
1300年もの昔の建築物や庭園を現在に復原するためには、長い年月の、地道や発掘作業の賜物であることは、認識しているが、それらの遺構がどのような形であったのかということが、ここ遺構展示館で目にすることができる。
これを機会に、一体このような発掘への道筋はどんな歴史を辿ってきたのか、調べてみて行き当たったのが、この記事であった。
「平城宮跡保存発掘調査の歩み」を平城遷都1300年祭をきっかけに、知ることができたのも大きな副産物であったと思う。
< 東院庭園へ> |
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朱雀門から東へ二条大路に沿った、平城旧蹟内の散策道を、緑の風を受けて歩く。
イベント広場の賑やかさと打って変わって静かで、東西約1.2km、南北約1.0kmに及び、甲子園球場の30倍以上の面積があるとのことで、その広さを感じ取れる場所である。
近鉄奈良線の踏切を渡って、両側の広い原っぱを小さな花たちなどを見ながらずいぶん歩くと、東院庭園に辿り着く。
かがり火をイメージした花籠に飾られた広場は、これから行く東院庭園への誘いにふさわしい。
原っぱの小さい花たちを眺めながら、気楽な散歩気分
昨夜夕食を終えて母屋から離れに戻る時、西の空で、金星が細い月に、まるで受けられたような接近の様子を目にした。
すぐにカメラを持って、コンデジ一杯のズームで撮った。
三脚を使える場所でなかったので、塀のかわらの上にカメラを置いたが、丸みがあるため安定しない。
シャッター-をきる時に押さえる指の動きで、ぶれてしまう。
そこで、自動シャッターに切り替えたが、2秒だと、やはりぶれがある。
今度は10秒間の自動にしたのがこの画像である。
これでも、抑えている私の手の血流の動きで、画像が揺れているが、カメラを置く場所と、低望遠のコンデジでは精一杯の写真である。
しかし、今日ネット検索をしてみると、昨日のこの時間は、細い月と地球の大接近の夜だと書かれていたので、私の精一杯の記録としてここに残しておきたい。

関~坂下