孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

台湾  漁船銃撃問題でフィリピン側の謝罪を受け入れず制裁を強化

2013-05-16 23:28:41 | 東アジア

(事件は台湾とフィリピン双方が主張するEEZが重なっている海域で、もっともフィリピン側に近いところで起きています。台湾当局の捜査にでは「広大興28号」の船体には50を越える弾痕が確認されたとのことです。【5月14日 KINBRICS NOW】http://kinbricksnow.com/archives/51856001.html)

アキノ大統領謝罪も不十分として、追加制裁発動
多くの国が領有権を主張して問題となっている南シナ海では、これまで主に中国とベトナム・フィリピンの激しい対立が目立っていましたが、5月9日に台湾とフィリピン双方が排他的経済水域(EEZ)を主張する海域で起きた、フィリピン沿岸警備隊による台湾漁船銃撃事件(台湾人乗組員1名が死亡)がこじれています。

事件の概要は以下のように報じられています。

****フィリピン当局、台湾漁船銃撃を認める*****
台湾の漁船がフィリピンの沿岸警備隊に銃撃され、台湾人乗組員1人が死亡した9日の事件について、フィリピン当局は10日、自国の沿岸警備隊が台湾漁船を銃撃したことを認めた。事件について台湾外交部(外務省)は9日、台湾の南方300キロの海上で操業していた台湾漁船「広大興28号」がフィリピン当局の船から銃撃され、台湾人船員1人が死亡したと発表していた。

フィリピン沿岸警備隊の報道官を務めるアルマンド・バリロ中佐によると、全長30メートルのフィリピン沿岸警備隊の船が最初に漁船2隻を発見し、接近しようとした。すると2隻のうち、より小型の漁船が体当たりを試みたため、フィリピン側が発砲した。機械類を狙い、漁船を不能にすることに成功したが、人を撃ったという認識はなかったと述べた。また白くて巨大な船体の3隻目が現れたため、脅威を感じ現場海域を離れたという。

ただしバリロ中佐は、事件がフィリピン領海内であるバリンタン海峡のルソン島北方で起きたもので、警備隊は違法操業の阻止という任務を適切に遂行したとの見解も示している。

事件について台湾外交部は10日、「フィリピン政府の公船がわが国の漁船を攻撃したことに対し強い抗議と非難を表明し、フィリピン政府に公式な謝罪と殺人を犯した者の身柄確保、さらに賠償を要求する」との声明を発表した。馬英九総統も同日、フィリピン側に公式謝罪を要求した。

台湾メディアも事件をめぐる報道を続けており、フィリピン側を強く非難。またフィリピン領海には入っていないとする船長の発言、さらには死亡した65歳の乗組員が船長の父親だったことなどを報じた。
船長は、フィリピン側からは数回にわたって銃撃があり、燃料タンクにも当たったと述べている他、船長の救助要請によって付近の台湾漁船2隻が駆け付け、台湾南部の港に漁船を帰港させたと話している。【5月10日 AFP】
***********************

台湾側では“「広大興28号」の船長、洪育智(死亡した男性の息子)は、海域から去ろうと準備をしていたところに、警告無く銃撃を受けたと証言をしている。 最初の銃撃でガソリンタンクや計器などが全壊し、父親は背中を撃たれた。さらにフィリピン船が近づいてきたので残った動力で逃げたが、その間に3度の銃撃を受けたと言っている”と報じられており、両者の言い分が異なっています。

台湾外交部(外務省)は11日夜、フィリピンに対し、正式謝罪や損害賠償など4項目を要求。12日午前0時から72時間以内に回答がなければ、フィリピン人労働者の就労の凍結などの措置をとると発表しました。
台湾にはフィリピン人労働者が約8万7000人おり、多くは工場や高齢者介護の現場で働いています。

15日未明には、両国の間で協議がなされ、フィリピン側は哀悼と謝罪を表明するとともに、賠償や事件の真相究明などを約束、台湾側もこれを受け入れる姿勢を見せました。

****台湾漁船銃撃で謝罪=賠償・真相究明を約束―フィリピン代表****
台湾の漁船が9日にフィリピンの沿岸警備隊の銃撃を受け、船員1人が死亡した事件で、台湾の林永楽外交部長(外相)とフィリピンのアントニオ・バシリオ駐台湾代表(大使に相当)は15日未明、外交部(外務省)で記者会見した。バシリオ代表は哀悼と謝罪を表明するとともに、賠償や事件の真相究明などを約束した。

これに対し、林部長は「われわれが謝罪などを求めたのに対し、前向きな回答があったことは認める」としておおむね受け入れる意向を示したが、今後の対応は馬英九総統ら政権上層部と相談して決めると述べた。事件をめぐっては、フィリピンの沿岸警備隊が警告なしに銃撃したとされ、台湾で反フィリピン感情が高まっている。【5月15日 時事】 
******************

これで事態は収束に向かうかと思ったのですが、15日、台湾・馬英九政権は「誠意が足りない」として態度を硬化させ、制裁を発動。更に、15日午後6時までに改めて回答がない場合は制裁を追加すると、事態はエスカレートしました。

****台湾、フィリピンに制裁発動 漁船銃撃事件で****
フィリピン沿岸警備隊による銃撃で台湾漁船の船員1人が死亡した事件をめぐり、台湾の総統府は15日、フィリピン側の対応に「誠意がみとめられない」として、フィリピン人の台湾での新規の就労申請を認めないなどの制裁措置を発動したと発表した。

台湾側は正式謝罪と賠償、関係者の処罰、台比間の漁業協議着手を求め、14日中に回答のない場合は制裁措置をとるとしてきた。15日午後6時(日本時間7時)までに、改めて回答がない場合、経済交流の停止など追加の制裁措置も講じるとしている。

フィリピン側は14日、15日中に窓口機関トップを台湾に派遣することや、漁業協議に応じる姿勢などを示し、台湾は一時制裁措置を保留する姿勢を示したが、総統府は、謝罪や賠償が不明確であるとして不満を表明した。【5月15日 産経】
********************

台湾側の強硬姿勢を受けて、15日、フィリピン側はアキノ大統領が謝罪を発表しました。

****フィリピン大統領、台湾に謝罪=漁船銃撃事件****
台湾の漁船がフィリピン沿岸警備隊の銃撃を受け、船員1人が死亡した事件で、フィリピンのアキノ大統領は15日、「深い哀悼の意と謝罪」を表明した。大統領府報道官が声明を出した。

アキノ大統領はこれまで、「問題がエスカレートする」として明確なコメントを避け、対台湾の外交窓口機関「マニラ経済文化事務所」が対応してきた。
しかし、台湾の馬英九政権が15日、フィリピンの対応を「誠意が足りない」として、フィリピン人労働者の新規受け入れの即時凍結などの制裁措置を発表したことから、大統領が謝罪することになった。【5月15日 時事】
*****************

しかし、台湾側はこのアキノ大統領の謝罪も不十分として、追加制裁に踏み切っています。

****台湾、比に制裁 漁船銃撃 渡航自粛など11項目****
フィリピン沿岸警備隊の銃撃により台湾漁船の船員1人が死亡した事件で、台湾の総統府は15日夕、フィリピンへの渡航自粛勧告や経済・高官交流の停止など、8項目の制裁措置を発動したと発表した。

駐フィリピン代表(大使に相当)の召還やフィリピン人の台湾での新規の就労申請を認めないなどの制裁3項目を同日未明に公表しており、これに次ぐ追加措置。
台湾側は正式謝罪と賠償、関係者の処罰、台比間の漁業協議着手を求め、同日夕までに回答がなければ、追加制裁を講じると警告していた。

フィリピン側は対台湾外交窓口機関「マニラ経済文化事務所」のバシリオ代表が15日、外交部(外務省)を訪れ、謝罪など申し入れたが、これを拒否。アキノ大統領自ら「深い哀悼と謝罪」を表明したが受け入れなかった。

台湾の強硬姿勢の背景には、フィリピン側が「一つの中国」の原則のもと、外交関係のない台湾と、排他的経済水域(EEZ)が重なる海域の問題を扱うことを避けようとしたことへの不満があるようだ。

銃撃事件を受け、台湾の国防部(国防省)と海岸巡防署(海上保安庁)は16日、漁民保護を想定し、艦船や戦闘機が参加する合同軍事演習を行う予定で、牽制(けんせい)を強めている。

台湾の外国人労働者のうち、フィリピン人は約2割の9万人に上り、制裁が長期化すれば両国経済に与える影響が懸念されている。【5月16日 産経】
********************

台湾側の反応については、“台湾の江宜樺(チアンイーホワ)行政院長は15日夜、記者会見し、「(事件は)意図的なものではなかったとのフィリピン側の言い分は受け入れられない」と反発した。フィリピン側の対応を「誠意のかけらもない」とも批判。大統領が派遣した特使が「個人の代表」との立場だったことや、謝罪が遺族や台湾市民に向けられ、当局あてではなかったことへの不満もあると見られる。”【5月16日 朝日】とのことです。

台湾側は南シナ海EEZでの軍事演習を行う形で、フィリピンへの圧力を強めています。

****台湾:南シナ海EEZで初の軍事演習…比をけん制*****
台湾漁船がフィリピンの沿岸警備隊の銃撃を受け台湾人乗組員1人が死亡した事件で、台湾は16日、漁船の安全を守るためとして、台湾が主張する南シナ海の排他的経済水域(EEZ)で軍事演習を実施し、内外メディアに公開した。台湾が南シナ海で軍事演習をするのは初めてで、フィリピンを強くけん制した。

演習は台湾島南端から南約300キロで、台湾軍と海岸巡防署(海上保安庁に相当)が合同実施。軍の艦船から潜水艦を探査するヘリコプターが飛び立ち周辺海域を旋回したり、敵の戦闘機や艦船からの攻撃を想定し、メディアを乗せた軍の艦船ではミサイルなどの発射訓練も行われたりした。

15日にはフィリピンのアキノ大統領が正式に謝罪を表明したが、台湾側は賠償など4項目の要求すべてに応じていないことに不満を表明。フィリピンへの渡航自粛勧告や経済交流の禁止など追加制裁に踏み切り、態度をさらに硬化させている。【5月16日 毎日】
*********************

中国の影、力関係、国内政治事情
一連の流れを見ると、台湾側の強硬な姿勢が目立ちます。
この背景には、前出【5月16日 産経】にあるように、“フィリピン側が「一つの中国」の原則のもと、外交関係のない台湾と、排他的経済水域(EEZ)が重なる海域の問題を扱うことを避けようとしたことへの不満”が指摘されています。
台湾を相手にした交渉においては、今回のフィリピンに限らず、どうしても「一つの中国」ということから中国の影を意識せざるを得ないところがあって、交渉が難しくなります。

更に、台湾とフィリピンの力関係、支持率低迷にあえぐ馬英九政権の政治的事情もあるとされています。
世論調査では馬英九政権の支持率10%台に低迷しており、追い打ちをかけるように与党・国民党関係者の不祥事が相次いでいます。

******************
台湾が強気に出ている背景には、軍事力や経済力で台湾が圧倒しているとの自信がある。台湾は日本と漁業協定を結んだばかりだが、協定対象の海域は実力に勝る日本が長年にわたり実効支配していたのが現実だ。フィリピンとの間では、この力関係が逆転している。

台湾の馬英九(マーインチウ)総統は支持率低迷に苦しんでおり、主権をめぐって弱腰と見られるのは避けたい、との思惑が強い。中国政府が今回の事件で、フィリピンを批判していることも意識していると見られる。【5月16日 朝日】
******************

中国と対峙するなかで、台湾との衝突を避けたいフィリピン
一方、フィリピンでは13日、大統領任期(6年)折り返しの年に実施される中間選挙(上院の半数、下院、地方選)が行われており、選挙期間中ということで事件への対応が後手に回ったのではないかとも指摘されています。

中国と領有権を争っているフィリピンにとっては、台湾をも“敵にまわした”二面作戦状態は避けたい事態ですが、台湾は態度を硬化させており、事態収拾には時間を要しそうと見られています。

****漁船銃撃 比、対中戦略に打撃 謝罪通じ沈静化腐心****
台湾漁船への銃撃事件によってフィリピンが、台湾を敵に回すことは、南シナ海の領有権問題における対中国戦略上、打撃となる。その意味で、事件はフィリピンにとり“失策”だといえ、台湾への謝罪などを通じ事態の沈静化を図ることに腐心している。

事件の調査を継続している政府、とりわけ現場の沿岸警備隊は、事件における対処は「違法操業した漁船に対する正当な行為」だとの認識でいる。
だが、フィリピンはベトナムとの実質的な対中軍事協力を進めると同時に、台湾やマレーシアなど、南シナ海の領有権をめぐる他の係争当事者とは良好な関係を保ち、波風を立てたくない。そこへ台湾の猛烈な反発を誘発し、のみならず中国も事件に乗じフィリピンを批判しており、二正面の状況に立たされかねない。

アキノ大統領も謝罪前から「冷静に対処することが双方の利益にかなう」と慎重なもの言いに終始し、発言を自制してきた。
政府は、一定の金額を「賠償」という形ではなく遺族に支払う方針だが、事件の事実関係をめぐり、双方の主張に食い違いがあるもようで、「関係正常化」まで時間を要するとみられる。【5月16日 産経】
*********************

フィリピン側としては大統領の謝罪までした以上、さらに要求されても対応が難しいところです。
“フィリピンは、南シナ海をめぐって、中国を相手に国際司法の手続きに着手するなど、領有権問題で強硬な立場をとっている。国内には「領有権問題で弱腰な姿勢を示すべきではない」との主張が強い。
今回の銃撃については、漁船が監視船に向かって突進してきたことに対する「防衛措置」との立場をとっており、政府内には「これ以上の譲歩は不要」との意見が支配的だ。政府関係者は「国民としての弔意は示している。関係悪化は双方にとってマイナスだ」と話す。”【5月16日 朝日】

第三者として眺めると、「一つの中国」云々はありますが、台湾側の強硬姿勢にはやや大人げないものを感じます。
大統領謝罪をはねつけてしまっては、落としどころがなくなります。

台湾で働くフィリピン人介護労働者の立場に懸念も
今回の台湾側による制裁のなかで、フィリピン人の台湾での新規の就労申請を認めないとする措置は、海外労働者からの送金が重要な経済の柱であり、台湾は労働者の主要受け入れ先の一つであるフィリピンにとっては大きな痛手となります。

そうした経済的問題に加え、台湾で働くフィリピン労働者への不当な対応が増加することも懸念されます。
“台湾には、外国人の介護労働者が20万7千人働く。そのうち19万3千人が家庭に住み込み、高齢者のケアをする。インドネシア人が圧倒的に多く、15万8千人。フィリピン人(2万1千人)、ベトナム人(1万3千人)と続く。”【5月10日 朝日】という状況にありますが、個人の家庭内という閉ざされた場での労働のため、多くの問題も起きていることが指摘されています。

今回事件を受けて、さらに厳しい扱いを受ける可能性が危惧されます。

****休日ゼロ・給料未払いも****
・・・・台北護理(看護)健康大学の張宏哲・准教授は「介護で何をするか、という基準はなく、家族全員の雑用をさせられる場合も多い」と解説する。
家庭内で人目につかないだけに、人権侵害が起こることもある。

インドネシア人のシティさん(24)=仮名=は今年1月、労働者支援のNGO「台湾国際労工協会(TIWA)」のメンバーと、地元警察に助け出された。
昨年1月、新北市内のアパートで車いすの高齢女性を介護する仕事を始めたが、1年間で休日はゼロ。近くに住む息子や親類の家の掃除をさせられ、女性のマージャン仲間が経営する町工場で働かされた。

個人的な外出は許されず、携帯電話も持たせてもらえなかった。給料の口座は女性が管理し、出入金や送金に許可が必要だった。
昨年11月、同じアパートの別の家庭で働くインドネシア人女性に、ひそかに手紙を渡して窮状を訴え、やっと救出された。

TIWAによると、休日なしの長時間労働の被害が最も多く、給料未払いの事例もある。性的虐待のケースもあるが、裁判に訴えても証拠集めの壁がある。
当局は、24時間受け付けの相談電話を開設。「対応が必要なケースは年1千件ほどあり、居住地の自治体につないでいる」(陳瑞嘉・外国人聘傭〈雇用〉管理組長)と説明する。だが、TIWAの呉静如理事長は「対応はまちまち。外国人の介護労働者には、法的な保障がない」と指摘する。

最低賃金は月1万5840台湾ドル(約5万3千円)だが、製造・建設業で外国人にも法的に保障される最低賃金より2割近くも低い。当局に、介護労働者向けの立法を求めているが、めどは立っていない。【5月10日 朝日】
********************
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする