
(反移民活動を行うネオナチ政党「ドイツ国家民主党(NPD)」 “flickr”より By Monty May http://www.flickr.com/photos/monty1958/5542402061/)
【情報当局と極右の間に広範囲な連絡網が存在し、国家が組織的に金銭と情報を交換していた】
極右勢力と治安当局のつながりというのは、日本でも映画・小説の世界ではよくとりあげられるところです。治安当局との関係どころか、政界で隠然たる影響力を持っているといわれるような戦前からの右翼“大物”なども存在していました。その実態のほどは知る由もありませんが。
戦前のナチズムには極めて厳しい対応をとっているとされているドイツでも、そうした“闇の関係”が表面化して社会に衝撃を与えているそうです。
発端となったのはトルコ系移民などの連続殺害を行ったネオナチ集団の存在でした。
こうしたネオナチ集団がテロ活動を長年行えたことも問題ですが、この集団をドイツ社会で問題となっている極右政党が支援しており、さらにこの極右政党と治安当局の癒着も明らかになってきています。
****独ネオナチ裁判開廷、問われる極右と治安当局の闇の関係*****
ドイツで6日、10人を連続殺害したネオナチ集団をめぐる裁判が始まった。しかしこの裁判には、警察や情報当局と極右勢力との間に怪しげなつながりがあるのではないかとの疑念が影を落としている。
2011年11月、ドイツ社会に衝撃が走った。「国家社会主義地下組織(NSU)」を名乗るグループが2000~07年の間にトルコ系移民8人、ギリシャ人店員1人、女性警官1人の計10人を殺害していた事実が明るみになったからだ。メンバー3人のうち男2人は同月中に自殺し、1人残った女性メンバーのベアテ・チェーペ被告が自首した。
このグループはドイツ東部チューリンゲン州を拠点にひっそりと活動しながら、複数の銀行を襲い、犠牲者たちを撃ち殺していた。「ケバブ殺人事件」とメディアが名付けた一連の殺人事件について、ドイツ捜査当局はチェーペ被告が出頭するまでずっと、国内にある巨大なトルコ系移民社会のギャングたちの内部抗争とみて捜査を進めていた。
国政選挙の勢力図上では点ほどの力もない極右グループが突如、数年にわたるテロ計画を実行できる存在として表面化した事件だった。
■国家当局が捜査を妨害
警察は、NSUが129人もの人物から直接的・間接的支援を受けていたとして、メンバー3人は「一匹狼」ではなかった証拠だと主張している。加担が疑われる人物のほぼ全員が、ドイツ最高裁が16連邦全州で禁止しようとしているネオナチ政党「ドイツ国家民主党(NPD)」と関係を持っていた。
このNSUの事件の捜査過程で明るみに出たのは、警察と情報当局による見過ごしや過失、驚くべき怠慢によって捜査が妨げられていたことだった。とりわけ情報当局は、捜査の真っ最中に常習的に極右勢力の危険性を過小評価しており、ナチス・ドイツ(Nazi)の過去から学んだといわれてきたドイツの評価は失墜した。
■極右との間に広がる連絡網
昨年7月には内務省傘下の情報機関、連邦憲法擁護庁(BfV)のハインツ・フロム長官が、事件関連のファイルを職員が破棄した責任を取って辞任した。破棄されたのは、当局への情報提供者2人にNSUとのつながりがあったことを示す書類だったと報じられている。
このスキャンダルは、情報当局と極右の間に広範囲な連絡網が存在し、国家が組織的に金銭と情報を交換していた事実を露呈した。
NPDに至っては、党員の中に当局への情報提供者がいることをよく認識していた。極右研究が専門の独ポツダム大学のギデオン・ボルシュ氏によれば「多くの場合、支払われた金は党内で分かち合われ、引き換えで提供する情報は党が選別していた」という。
■完全な死角で起きた人種差別犯罪
また、2001年の9.11米同時多発テロ以降、情報当局の資金や人材がイスラム過激派の追跡に注がれたため、ネオナチの監視が緩まっていたという事情もある。
警察も、NSUによる連続殺人事件に政治的側面がある可能性を無視していた。ボルシュ氏は「一連の犯罪に関連性があるかもしれないという点を、公的な領域全体が完全に見落としていたことが非常に恐ろしい。この連続殺人事件では、人種差別的な性質が完全に死角となっていた」と語る。
NSUの事件は、治安当局と極右の癒着に疑いを抱かせる一例に過ぎない。ドイツ内務省は最近、暴力犯罪や殺人などの容疑で逮捕状が出ているネオナチ266人が現在も逃走中だと報告した。公式統計さえもが、ネオナチによる犯行の可能性がある犯罪数を少なく見積もっているようだ。
3月下旬に週刊紙ディー・ツァイトとベルリンの日刊紙ターゲスシュピーゲルは、1990~2012年に極右が犯した殺人事件は少なくとも152件あり、その他に人種差別的動機による可能性が極めて高い殺人事件が18件あると報じた。しかし、同時期の内務省の統計では、ネオナチによる殺人件数は「63件」となっている。【5月6日 AFP】
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【ネオナチ政党非合法化のジレンマ】
ネオナチ政党「ドイツ国家民主党(NPD)」については、この10人を連続殺害したネオナチ集団NSUとの支援関係が明るみに出たことで、非合法化の検討がなされています。
****極右「非合法化」論が再燃 ドイツ 失敗→「お墨付き」に****
ドイツで極右政党の非合法化をめぐる議論が再び熱を帯びてきた。同党の関係者がネオナチグループによる連続殺人事件に関与していたことが判明し、非合法化を求める声が高まっているためだ。ただ、政府には非合法化に失敗した過去があり、再度の失敗は“お墨付き”を与えることになりかねない。
慎重論も根強いなか、極右政党が先手を打ち、裁判所に自ら合法性の判断を問う事態になっている。
ドイツでは昨年、7年間にわたってネオナチ3人組がトルコ系住民ら計10人を殺害していた事件が発覚。犯行を見抜けなかった治安当局に批判が集まる一方、極右政党、ドイツ国家民主党(NPD)の地方組織元幹部が凶器入手を手助けしていたことが分かり、同党の非合法化の議論に火がついた。
NPDは国政では議席を持たないが、ザクセン州など旧東独の2州の議会などに進出している。過激な民族主義的主張を掲げており、治安機関の連邦憲法擁護庁が動向を監視している。構成員は昨年時点で6300人。
ドイツではナチス時代の反省から、民主的秩序を侵害する政党を連邦憲法裁判所の決定で禁ずることが可能。過去に共産党など2党に適用された。NPDも2001年に手続きが進められたが、政府側の証人や証拠が客観性や信用性を著しく欠いていると批判され、審理は中断された。
再度の申請の是非について、政府は各州と12月に協議する予定。州側からは「NPDが暴力的な基礎を備えているのは明らかだ」と申請を支持する意見が多いものの、政府側は「失敗すればNPDの立場を強めることになる」(フリードリヒ内相)として、慎重な姿勢だ。
だが、今月13日にはNPDが逆に「非合法」との批判が党の権利を侵害しているとして憲法裁判所に提訴したことが判明。自ら「合法」判断を仰いだ格好で、政府が有力な反証資料を提出するか、非合法化を申請しなければ、審理がNPDに有利に進む可能性があり、「非合法化の申請は待ったなしの状況だ」(南ドイツ新聞)との声も上がっている。【12年11月22日 産経】
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「ドイツ国家民主党(NPD)」は、“反ユダヤ主義や外国人排斥を唱え64年結成。西ドイツが移民を多く受け入れ始めた時期で、反外国感情を持つ人々から支持を得た。東西ドイツ統一後は失業問題が深刻な旧東独地域で浸透、ザクセン州とメクレンブルク・フォアポンメルン州の東部2州の議会に議席を持つ。ボランティア活動にも力を入れる。党員約6000人。”【12年12月31日 毎日】とのことです。
NPDが憲法裁判所に起こしたとされる逆提訴が現在どうなっているのかわかりませんが、NPD非合法化の動きについては、州政府代表で構成する連邦参議院(上院)が昨年12月、非合法化を連邦憲法裁判所に申請することを決め、ドイツ政府も3月20日の閣議で、非合法化を支持する方針を決めています。
ただ、再び非合法化の試みに失敗すれば同党を勢い付かせる恐れがあることのほか、“仮に国内で非合法化できても、「今度は同党が欧州人権裁判所(仏ストラスブール)に提訴する可能性がある」(ロイトホイサーシュナレンベルガー法相)とみられ、裁判長期化で同党の存在感が一層高まる懸念もある。”【12年12月31日 毎日】という問題もあるようです。
【厳しく問われるナチスとの関連、その背景には・・・】
戦前ナチスとの関係という点では、昨年11月に、与党系音楽祭にナチス関係者の資金が使われていたことが問題となったこともあります。
****与党系音楽祭にナチス資金か=調査結果判明まで中止―ドイツ*****
ドイツのメルケル政権を支える連立与党の一角、キリスト教社会同盟の関係財団が主催する毎年恒例の音楽祭に、ナチス関係者の資産が投入されていた疑いが浮上した。財団は調査を外部に依頼し、結果が出るまで音楽祭を中止することを決めた。
メルケル首相のキリスト教民主同盟の姉妹政党で、南部のバイエルン州を地盤とする社会同盟系のハンス・ザイデル財団は、1980年代前半に死去した実業家マックス・ブッツ氏とマリア夫人の遺産を受け継ぎ、夫妻の遺志に従い、84年から同州の伝統音楽の演奏を競う音楽祭を開催。伝統を継承する重要な行事として定着していた。
ところが、有力誌シュピーゲルによると、夫妻はナチスと深い関係にあり、マックス氏は19年、ナチスの前身のドイツ労働者党に入党後、ナチスで会計を担当。オペラ歌手だったマリア夫人は33年、ヒトラーの前でヒトラーが愛した作曲家ワーグナーの歌劇のヒロインを演じた。
夫妻の死後には、住居からヒトラーが23年に起こしたクーデター未遂事件の参加者に贈られた勲章など、ナチスとの関係をうかがわせる品々が見つかった。しかし、財団は問題視せずに音楽祭を創設。2010年に外部から夫妻とナチスの関係を指摘された後も開催を続けた。【2012年11月24日 時事】
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戦前社会を全面的に支配したナチスとのつながりが現在の政治・経済・社会のあちこちで見られることは不思議ではなく、日本の戦前社会の曖昧な清算を考えれば、問題点というより、むしろドイツの厳格な対応をあらわした事件と言えるのではないでしょうか。
ただ、ドイツが極右・ナチズムへの厳格な対応を必要とされているのは、人種差別・ネオナチ集団NSUのようなものを生み出す素地がドイツ社会に厳然と存在しているためとも言えそうです。