
【3月17日 AFP】
【今なおインド社会を規制するカースト制】
先月6日間ほどインドを旅行しましたが、そうした観光旅行ではインド社会に根深く存在するカースト制などについては全く触れることも見ることもありません。
カースト制については、数千にも及ぶ非常に細分化された複雑な仕組みだとはよく聞きますが、その実態は外部の人間にはうかがい知れぬものがあります。
取りあえずの説明としては、以下のように。
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カーストとは、ヒンドゥー教における身分制度(ヴァルナとジャーティ)を指すポルトガル語、英語である。インドでは現在も「カースト」でなくヴァルナとジャーテと呼ぶ。
紀元前13世紀頃に、バラモン教の枠組みがつくられ、その後、バラモン・クシャトリア・ヴァイシャ・シュードラの4つの身分に大きく分けられるヴァルナとし定着した。現実の内婚集団であるジャーティもカースト制度に含まれる。【ウィキペディア】
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“ジェノサイド”に至ったルワンダのフツ・ツチとも類似しますが、もともと曖昧・流動的な部分があった伝統的社会枠組みが植民地支配体制に組み込まれる中で、より固定的なものに拡大・再構築されたという見方もあるようです。
“植民地の支配層のイギリス人は、インド土着の制度が悪しき野蛮な慣習であるとあげつらうことで、文明化による植民地支配を正当化しようとした”【同上】
“カーストに対応するインド在来の概念としては、ヴァルナとジャーティがある。(ポルトガル・イギリスからの)外来の概念であるカーストがインド社会の枠組みのなかに取り込まれたとき、家系、血統、親族組織、職能集団、商家の同族集団、同業者の集団、隣保組織、友愛的なサークル、宗教集団、宗派組織、派閥など、さまざまな意味内容の範疇が取り込まれ、概念の膨張がみられた。”【同上】
現在ではカースト差別はインド憲法でも禁止されていますが、今なお非常い強い力で生活を規制しています。
****根強いカースト意識****
50年に施行されたインド憲法は、カーストによる差別を禁じている。
ただ、姓がカーストや出身地を示していることが多く、カーストを意識せずに暮らすのは難しい。新聞などに掲載される結婚相手を募集する広告も、「同じカースト限定」といった記載があることが多い。
そのため、姓を非公開にしたり、カーストがわからないように改姓したりする人も少なくない。こんな現実が、騒動が起こる土壌としてあるとも言えそうだ。
NGO社会調査センターのランジャナ・クマリ理事長は「カーストが集団のアイデンティティーとなり、他の国の民族集団と似た役割を果たしている」とみる。
インドでは近年、女性への性暴力事件が問題になっているが、多くは異なるカースト間で起こるという。「仲間と見なさないから起こる。90年代のユーゴ内戦で異民族への強姦(ごうかん)が相次いだのに近い」と話す。【3月8日 朝日】
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【優遇措置と「逆差別」問題】
社会的に差別を受け、弱い立場にあるカーストの人々を引き上げるべく、そうした者には多くの優遇措置が取られています。
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インド政府はカースト差別を禁じる憲法に基づき、被差別カーストを「指定カースト(SC)」、少数民族を「指定部族(ST)」、SC・STに次いで社会的に疎外されたカーストを「その他後進階級(OBC)」として、公務員採用や大学進学で優先枠や奨学金などを設けている。SCはインド総人口の17%を占める。OBCは4割程度とみられる。【同上】
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ただ、こうした優遇措置は、優遇の対象外の人々にとっては「逆差別」とも見なさることになり、強い反対もあります。
私が旅行していたとき、デリー郊外で暴動を引き起こし、28名もの死者を出した事件も、こうした被差別カースト・部族への優遇措置をめぐる、上位カーストからの抗議行動でした。
****豊かなカースト、不満爆発 就職で「不公平」、デモ暴徒化 インド****
インドの首都ニューデリー近郊で2月、被差別カースト向けの優遇策の適用を求めたデモが暴徒化し、日系企業の操業停止や首都での断水につながる騒ぎが起きた。
デモをしたのは、比較的豊かなカーストの人たち。「持てる者」の反乱の背景には何があるのか。
■公務員に優先枠「自分たちも後進階級に」
「税務署の採用試験で僕は395点も取ったのに205点の者が採用された。こんな不公平は許せない」
首都近郊のハリヤナ州ロータク。2月23日、大学前で座り込みをしていたスニート・ナンダルさん(28)が語った。伝統的に農業に従事してきた「ジャート」というカーストに属する。
ジャートの学生や住民らが19日、公務員採用の優先枠を自分たちにも割り当てるよう求めて、デモを開始。ナンダルさんも加わった。
近くには黒こげの車が転がり、焼き打ちされ、略奪された商店が見える。デモ隊はやがて暴徒化し、19日夕には商店などを襲い、各地で道路を封鎖したのだ。暴動は軍や武装警官隊が派遣された22日まで続き、28人が死亡した。
インドでは、かつて「不可触民」と呼ばれ過酷な差別を受けたカーストや、カーストの枠外の少数民族に、政府が公務員採用や大学進学で優先枠を設けてきた。1990年代以降は「その他後進階級(OBC)」と呼ばれるカーストの人たちにも同様の優遇をし、公務員採用のおよそ半分が優先枠となった。
ジャートは今回、自らもOBCと認めるように求めた。自作農が多く、同州で人口の3割を占める。動員力があり、政治家も「集票マシン」とみなしてきた。
2004年の州議会選で、ジャートへの優先枠適用を公約に掲げた国民会議派が勝ち、ジャートのフダ氏が州首相になった。フダ氏は14年の州議会選の直前に優先枠の適用を発表したが、選挙に敗れて退陣。最高裁は昨年、「ジャートはOBCではない」と適用を取り消す判決を出した。
プラデープ・フダさん(27)は昨年、優先枠で決まりかけた公務員採用が最高裁判決で取り消された。大学でコンピューター科学の修士号を取ったが良い仕事に就けず、公務員を目指していた。「我々にも優先枠を適用するか、制度そのものをやめるべきだ」(中略)
暴徒がニューデリーの水源となる用水路などを一時占拠したため、首都の広い範囲で断水が続き、国鉄も運行が妨害されて約100万人の足に影響が出た。
インド商工会議所連合会は、商店の焼き打ちや工場の操業停止、断水などによる経済的な損害を計1800億~2千億ルピー(約3千億~3400億円)と見積もる。
■「農業に未来ない」・・・転職に壁
比較的豊かとされるカーストの優先枠の要求は昨年、西部グジャラート州でもあった。「パテル」と呼ばれる人々が最大都市アーメダバードなどでデモを繰り返し、警官隊との衝突で死者も出た。パテルも伝統的に農民で、かつ村の「徴税役」を意味する。
なぜ、「持てるカーストの反乱」が続くのか。ネール大学のスリンダル・ジョドカ教授(社会学)は、背景に社会の変化をみる。
ジョドカ教授によると、インドでは、品種改良などで穀物を増産した60年代以降の「緑の革命」で農村が豊かになり、自作農のジャートやパテルが経済的、政治的に力を得た。
だが、政府が91年に経済開放政策をとると、94年に就業人口の61%を占めた農業は、13年には50%に低下。
14年に発足したモディ政権は製造業を振興して経済成長と雇用創出を目指す政策を進め、農地の買収手続きを簡素化しようとしている。こうした変化に「農業に未来はない」という考えが、ジャートやパテルの間で広がっているという。
だが、民間企業に就職しようにも、上層部は伝統的に司祭や商人だったカーストの人たちが占め、公務員採用での競争率は高い。ジョドカ教授は「こうした人々が見つけた出口が優先枠だ」と話す。【3月8日 朝日】
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【多発するカースト制絡みの事件 名誉殺人も】
こうした「逆差別」問題よりは、もっと外部の人間にもわかりやすい「カ―スト差別」に根差す事件も後を絶たないようです。
そしてその多くは、身内の“恥・不名誉”を死を持って償わせるという「名誉殺人」という形をとることが多いようです。
****兄弟が女性焼殺、インドでまた「名誉殺人」 身分違いの結婚理由に****
インド西部ラジャスタン州の村で、家族の意向に反して異なるカーストの男性と結婚した女性が、兄弟に焼き殺される事件があった。地元警察が6日、明らかにした。インドでは、家族の名誉を汚したとの理由で身内を殺害する、こうした「名誉殺人」がしばしば起きている。
被害者のラーマ・クンワルさん(30)は8年前にカーストの異なる男性と駆け落ちして村を離れていたが、もう家族が結婚を許してくれることを期待して4日に帰省した。
しかし、まだ怒りが収まっていなかった兄弟らは夫の親族宅にいたクンワルさんを家の外へ引きずり出し、村人らの前で火をつけた。
地元ドゥンガルプール県の当局者はAFPの取材に「彼女は今なら両親が許してくれると思っていたが、兄弟たちは彼女が村に戻ったと知るなり、すぐに(クンワルさんのいた)家に駆け付け、彼女を引きずり出した」と語った。
クンワルさんは助けを求めて叫んでいたが、誰も助けようとしなかったという。さらに焼殺の証拠を隠滅するため、クンワルさんの葬儀はその日のうちに行われた。
だが、クンワルさんの義母の通報を受けた警察が現場に急行し、証拠を採取するために火葬現場に水をかけて火を消した。
事件では、これまでにクンワルさんの兄弟のうちの1人と男6人が逮捕されたが、警察はさらなる容疑者の行方を追っているという。
インドでは数百年前から、家族や地域社会が認めない関係にある男女を名誉を汚したとの理由で殺害する「名誉殺人」の風習があり、現在も地方部を中心に残っている。
インドの最高裁判所は2011年、「名誉殺人」に関与した者には死刑を科すとの判断を示している。【3月7日 AFP】
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****異なるカースト出身の夫婦が襲われ夫死亡、インド****
インド南部タミルナド州の路上で13日、最下層カーストのダリット出身の男子学生(22)と上の階層のカースト出身の女性(19)の夫婦が鎌などを持った男3人に襲われ、夫は死亡、妻は重傷を負った。2人の結婚に怒った女性の親族による「名誉殺人」とみられる。
3人の男は鎌や鋭利な刃物を手に、日曜日の人手の多い通りで夫婦を襲った。現地警察によると、襲われた夫婦は8か月前に結婚したが、男性がダリット出身だったことから女性側の親族が結婚に怒っていた。
女性も負傷したが、地元の病院で治療を受けて回復しつつあるという。襲撃と関連し、警察は女性のおじの行方を追っている。
インドのテレビでは、オートバイで乗りつけた男3人が、通りを歩く2人に襲い掛かる様子を捉えた防犯カメラ映像が放映された。【3月14日 AFP】
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****インド女性、カースト差別受け自殺 最下層男性と「不倫」で懲罰****
インド中部マディヤプラデシュ州で、自分より低いカーストの男性と不倫したとして長老会議により罰せられた4児の母親の女性(25)が、首つり自殺した。地元警察官が16日、明らかにした。
女性が自殺したのは14日。女性の自宅周辺には当時、長老会議が不倫の罰として家族に開催を命じた宴会に参加するため、数十人の村人が集まっていた。
女性と同じカーストのメンバーで構成される長老会議は先月、インドに根強く残る社会階級制度でかつて「不可触民」とされた最下層のダリット(Dalit)出身の男性と関係を持ったとして、女性に対し「有罪」を宣告していた。
地元の警察官によると、女性は宴会を開くことに加え、5000ルピー(約8400円)の罰金と、地元寺院で自身の「罪」を償うことが命じられていた。女性は、夫の同僚であるダリットの男性との不倫疑惑で落ち込んでいたとみられている。警察は現在、長老会議が女性の死に果たした役割について捜査しているという。
「パンチャヤット(panchayat)」と呼ばれるこうした長老会議は、正当な法的権威はなく違法とされているが、とりわけインド北部で強い影響力を持っており、法的機関が利用できない状況にある数百万人の貧しい村人たちのための調停役を果たしている。【3月17日 AFP】
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カースト、特に不可触民(ダリット)の置かれている差別は想像を超えるものがあるようです。
3月に入ってからだけでも、国際ニュースで伝えられるカースト絡みの事件が3件・・・実際はどれほどの差別・事件が横行しているのか・・・・
また、インドで近年問題となっている女性への性的暴行事件についても、前出【朝日】も指摘するように、背景にカースト制の問題が存在していることが多いようです。
事件として話題になるのは上位カーストが被害にあったときのみで、ダリット女性の被害など警察も取り合わない・・・とも。
現代社会は多くの面で流動化が進む社会ですが、その一方でその流動化を認めない固定的なカースト制との間でのせめぎあいとして事件が起きているように思えます。
また、世界各地で経済格差拡大が問題とされているように、現代社会は社会内部に大きなストレスを抱え込むことにもなりがちですが、そうした不満が弱い立場の人間に向かって差別・暴力としてはきだされることも懸念されます。
インドのカースト制だけでなく、世界には宗教的・伝統的規範によって個人の選択の自由を縛るものが多々あります。
それぞれ、もたらされた社会的理由・背景もあってのものでしょうし、異なる価値観を一方的に否定するのもいかがなものかとは思いますが、比較的そうした制約が少ない日本に暮らしていると、なじめないもの、理不尽なものを感じざるを得ません。
“比較的少ない”とは言いましたが、もちろん、日本にも「差別」問題は厳然として存在します。
そして、心の内側に根差すだけに、また、社会不満のはけ口として人間は常に自分より弱い立場の存在を求めるものであることからも、その克服が容易でないことも承知しています。