孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イエメン  「忘れられた紛争」も内戦休止の動き? 新たな南北分断か 楽観視できない今後

2016-03-19 21:50:18 | 中東情勢

(2月2日aljazeera.net掲載のイエメン勢力図 濃い紫のところがフーシ派・サレハ連合軍の勢力圏で、黄色のところがサウジアラビアの支援する政府軍の勢力圏、赤いところが衝突が生じているところ。【2月3日 野口雅昭氏 「中東の窓」】http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/5005700.html  政府軍側が広いように見えますが、その多くは砂漠・半砂漠で、またイスラム過激派の活動地域でもあります。)

病院も、老人ホームも、子供も・・・
アラビア半島先端に位置するイエメンでは激しい内戦が繰り広げられてきました。
その大まかな構図は、以前のブログから再録すると、以下のようなものです。

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2011年1月 、「アラブの春」の影響を受けて市民による反政府デモが発生してサレハ大統領は退陣し、ハディ副大統領が翌2012年2月の暫定大統領選挙で当選。

2015年2月、サウジアラビア国境に近い北部を地盤とするイスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」が事実上のクーデターで首都サヌアを掌握。

ハディ暫定大統領は南部アデンに逃れましたが、翌3月には「フーシ派」の勢力がそのアデンにも迫り、後ろ盾のサウジアラビアへ逃れました。

「フーシ派」をシーア派の地域大国イランが後押ししていると言われ、イラン及びシーア派の影響力拡大を嫌うスンニ派の地域大国サウジアラビアは他の湾岸諸国と共同でイエメンに軍事介入、空爆を継続しています。

なお、失脚したサレハ前大統領は「フーシ派」と共闘しており、イランが支持するシーア派の「フーシ派」とサレハ前大統領の連合勢力と、サウジアラビアが空爆支援するハディ暫定大統領・政府軍という内戦構図となっています。
【10月3日ブログ「イエメン内戦 イランはサウジの「誤爆」批判 サウジはイランの武器供与批判 戦況は「泥沼」化も」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151003)】
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戦況の方は、サウジアラビアなど有志連合の空爆が一定に功を奏し、アデンなど南部を奪還し、更にフーシ派・サレハ前大統領連合軍を押し上げてはいますが、首都サヌアなど北部は依然としてフーシ派が支配する状況が続いています。

もともと「アラブ最貧国」とも言われていた国で、石油などの特段の資源もなく、地域大国イランとサウジアラビアの代理戦争という点以外ではあまり国際的に注目されることもなく、情報も断片的にしか伝わってきません。

そうしたなかで、「国境なき医師団」が支援する病院施設に対する攻撃も報じられています。

****国境なき医師団の病院に爆撃、14人死傷 イエメン****
イエメン北部で現地時間の10日午前9時20分ごろ、国際医療支援団体「国境なき医師団」が支援する病院にロケット弾が着弾し、建物数棟が破壊されて、少なくとも4人が死亡、10人が負傷した。同団体が明らかにした。

負傷者のうち3人は国境なき医師団の職員で、2人が重体となっている。倒壊した建物の下敷きになった人がまだ取り残されている可能性もあるという。

被弾した病院は昨年11月から国境なき医師団が支援していた。ロケット弾がどこから発射されたのかは分かっていない。(後略)【1月11日 CNN】
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更には、老人ホーム襲撃のニュースも。
もともとイエメンは反政府勢力フーシ派以外にも、イスラム過激派アルカイダの勢力、南部分離独立派などの不安定要素を抱えていましたが、内戦の混乱のなかでイスラム過激派が勢力を拡大しているとも言われています。

今回の老人ホーム襲撃についても、ここ数か月でアデンに足場を築いたイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の犯行と指摘する向きもあるようですが、よくわかりません。

混乱のイメージしかないイエメンに老人ホームのような施設があること自体が意外な感もしましたが、そこを襲撃して何になるのか・・・。

****銃で武装の4人、イエメンの老人ホームを襲撃 16人死亡****
イエメン南部の主要都市アデンにある老人ホームが4日、銃で武装した4人の男に襲撃され、インド人看護師4人を含む少なくとも16人が死亡した。治安当局者が述べた。

当局者らによると、銃で武装した4人の男は警備員を殺害し、入居者に無差別に発砲した。目撃者によると、事件を受けて入居者の家族数十人がホームに集まっているという。

ある当局者は、襲撃犯が「過激派」で、ここ数か月でアデンに足場を築いたイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の犯行だと語った。

だがこれまでのところ、犯行声明を出した組織はない。

国際社会からの承認を受けるイエメン政府は、イランが支援する反政府勢力と戦う一方で、伸張するイスラム過激派の攻撃にもさらされている。【3月4日 AFP
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もっと深刻なのは、激しい空爆による民間人犠牲者の増加です。

****サウジ連合軍の空爆で子供含む119人死亡 内戦状態続くイエメン****
内戦状態が続くイエメンの北部ハッジャ州の町で15日、ハディ暫定政権を支援するサウジアラビア主導の連合軍による空爆があり、子供22人を含む119人が死亡した。国連高官が17日、AP通信に明らかにした。

この町はハディ暫定政権と敵対するイスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」の勢力圏にある。昨年3月下旬にサウジが軍事介入して以来、6千人以上が死亡しているが、1日の空爆で100人以上の死者が出るのは最悪規模とみられる。【3月18日 産経ニュース】
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フーシ派とサウジアラビアが「緊張緩和」で合意 サウジ「大きな軍事作戦はほぼ終了しようとしている」】
国際社会があまり(すくなくともシリア・イラクのようには)注目しないなかで、上記のような混乱が続いてきたイエメン内戦ですが、これまたあまり注目されないなかで、停戦というか内戦休止による現状維持というか、とにかく戦闘を取りあえず休止する方向で動きだしているようです。

****国境緊張緩和で合意=サウジとイエメン武装組織****
サウジアラビア主導の連合軍は、イエメンのイスラム教シーア派系武装組織「フーシ派」との間で、両国国境地帯での緊張緩和で合意に達した。国営サウジ通信が9日に伝えた連合軍の声明などで明らかになった。

イエメンの首都サヌアを掌握するフーシ派側の代表団がサウジの首都リヤドを訪れ、連合軍と協議していた。

イエメンのハディ大統領派を支持する連合軍が昨年3月に対フーシ派軍事作戦を開始して以降、両者の間でこうした合意が成立するのは初めて。【3月9日 時事】
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また、こうした動きを受けて、サウジアラビア側は「大きな軍事作戦はほぼ終了しようとしている」とも発言しています。

****イエメン情勢(アラブ連合軍報道官の発言****
イエメンでは下記のように相変わらずタエズをはじめとして戦闘が続いていますが、al qods al arabi net は、アラブ連合軍の報道官が16日、アラブ連合軍のイエメンにおける同連合の大きな軍事作戦はほぼ終了しようとしていると発言するとともに、サウディ等のアラブ連合は、大きな軍事作戦が終了した後もイエメンに対する治安維持、復興の支援を行い、2011年のNATOのリビア攻撃のように、カッダーフィ政権を倒しただけで、撤収し、後に大きな混乱と混沌を残したようなことはしないと表明した由。

報道官はさらに、イエメン全土で戦闘のレベルは下がってきており、特にサウディ・イエメン国境では停戦が守られていると語った由。(後略)【3月17日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
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長年戦闘を続けてきたフーシ派は多大な犠牲者をすでに出していますし、サウジアラビアとしてもこれ以上の戦局の大幅転換には地上軍派遣も必要にもなりますが、そこまでの余力はサウジアラビアにもない・・・といった双方の実情に基づいて「このあたりで・・・」といった手打ちがなされたということでしょうか。

なお、今回のフーシ派主導の停戦に向けた動きで、フーシ派と組んでいたサレハ前大統領は行き場を失った形にもなり、アメリカ等への脱出を打診しているといった情報もあるようですが、定かではありません。

また、サウジアラビアが最も懸念するのはイランの存在ですが、イランを介入させないことをフーシ派側に確約させた・・・といった話もあるようですが、これも定かではありません。

新たな南北分断?】
一連の情報が正しければ、イエメン内戦もようやく出口を見出したということにもなりますが、先述のように首都サヌアなど北部はフーシ派が依然として支配しています。

現在のフーシ派、サウジアラビアなどに支援されたハディ大統領の政府軍の支配領域を見ると、かつての南北イエメンの版図に近いものがあります。

かつて南北の分断していたイエメンは北側の主導で1990年に統合され、北イエメンの大統領であったサレハ氏が統一イエメンの大統領となった経緯があります。

今回の戦闘行為の休止で現状維持ということになれば、再度の南北分断ということにもなります。

なお、国連は、イエメン内戦の犠牲者の大半がサウジアラビア主導の連合軍の空爆によるものであると非難しています。

****イエメンの民間人犠牲者、原因の大半はサウジ主導の連合軍 国連****
国連(UN)は18日、サウジアラビア主導の連合軍がイエメンで最近行った複数の空爆による「大虐殺」を非難し、イエメンでの紛争において民間人が亡くなったのは、大半の場合、連合軍によってもたらされていると述べた。

ゼイド・ラアド・アル・フセイン国連人権高等弁務官は声明で「数字を見る限り、連合軍に起因する民間人の死亡者は、連合軍以外のすべての部隊に起因する民間人の死亡者の2倍に達しているとみられる」と述べた。【3月18日 AFP】
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サウジアラビアが「大きな軍事作戦はほぼ終了しようとしている」と発表した段階で、国連がサウジアラビアの空爆を「大虐殺」を非難・・・・

今更非難しても遅すぎるのでは・・・という感もありますが、両者示し合わせての動きでしょうか。よくわかりません。

古い部族社会構造が残るイエメン統治の困難
イエメンの今後については、あまり楽観視することはできません。
もともとイエメンは「国家」という枠組みなじまない部族が優先する社会で、いろいろ批判されるサレハ前大統領ですが、彼が強権や金権などでかろうじてバランスをとりながら国家にまとめ上げてきたとも言えます。

その構造が「アラブの春」で崩壊し、その後の構造は見えていません。
その点では、カダフィなきリビアの混乱とも共通します。

****蛇の頭の上でダンスを踊るイエメンの統治****
・・・・イエメンにおいては、常に崩れそうになるモザイクのような魑魅魍魎からなる政治社会構造を、いかに1つにまとめあげ続けられるか否かが、政治に課せられた課題なのである。

かつてサーレハ前大統領が、「イエメンの統治は蛇の頭の上でダンスを踊ることに等しい」と述べたのは、自らこそが、このダンスに唯一長けた政治家であるとの自負心の吐露だったのだ。(中略)

そうした古い部族社会構造と近代国家システムのバランスを、アラブの春が短期間の内に崩壊させたことが、現在の混乱の始まりにある。

ここまで崩れたバランスを、一朝一夕に回復させることは誰にとっても容易ではない。(中略)

簡単にあげるならば、北部と南部の地方間対立、北部における部族連合同志の対抗、ザイド派フーシ派とスンニ派の宗派対立、AQAPやダーイシュなどの過激派と中央政府との戦い、古い政治家たちと新たな若い世代とのギャップ、軍・治安機関の内部分裂といった幾つもの亀裂は、複雑にねじれ、修復不能なまでに深まりつつある。

そこでは、全ての勢力の上位に位置するはずの、唯一の主権者=国家は存在せず、それぞれの勢力が他の勢力を自らのサバイバルのために利用するという、仁義なき世界が広がっている。【2015年4月10日 松本 太氏 JB Press】
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上記の複雑な分裂要素に、イラン・サウジアラビアなど周辺国の介入・影響力拡大、政治空白をついてイスラム過激派が台頭という要素も加わって、今後のイエメン統治は困難を極めそうです。

内戦で更に困窮する「アラブ最貧国」 水不足という根本的問題も
長年の戦乱で「アラブ最貧国」の住民生活は破綻をきたしています。
下記はおよそ1年前の記事です。さらに1年続いた内戦、激しい空爆で事態は更に悪化しています。

****イエメン>内戦状態が「アラブ最貧国」に追い打ち****
事実上の内戦状態が続くイエメンで、市民の生活環境が急速に悪化している。

国連によると、戦闘が激化する前から国民(約2500万人)の約6割が支援を必要とする「アラブ最貧国」だったが、武力衝突やサウジアラビア主導の連合軍による空爆の影響で支援物資の搬送もままならず状況が悪化している。赤十字国際委員会(ICRC)などは人道支援目的での一時休戦を呼びかけているが、実現の見通しは立っていない。(中略)

戦闘激化は、長年の課題である貧困と相まって市民を追い詰めている。イエメンは周辺国とは対照的に石油資源が乏しく、農漁業が主要産業だ。

独裁体制だったサレハ前政権の腐敗や失政に加えて、1990年代の内戦、東アフリカの紛争地からの難民流入、2000年代以降の国際テロ組織アルカイダ系組織によるテロなどの影響で経済は停滞。

れんがを積み上げた街並みが有名な首都サヌア旧市街や、珍しい植物で知られるソコトラ群島など4件がユネスコの世界遺産に登録されているが、治安の悪化で観光地や貿易中継地としての魅力も失われた。

国連によると、今年(2015年)2月時点で、食料や水、医療物資など人道支援が必要な国民は、約33万人の国内避難民を含めて推計約1470万人に上る。地元の非政府組織(NGO)の推計では、14年の失業率は38・4%に達した。一連の紛争で人道状況がさらに危機的になるのは確実だ。(後略)【2015年4月12日 毎日】
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更に言えば、仮に内戦が終結したとしても、この地域は深刻な水不足という大問題を抱えています。
(2015年2月13日ブログ「イエメンの国家崩壊  中東・北アフリカの人口爆発が惹起する社会不安定化」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150213

****イエメンに迫る「水戦争」の脅威****
中東 シーア派とスンニ派武装勢力の台頭に加えて、深刻な水不足で国が干上かって枯死する可能性も(ジェームズ・ファーガソン

4年前の「アラブの春」で可憐な花を咲かせ、ずっしり重い民主主義の実を結実させた稀有な例……になるはずだった。
しかしアラビア半島の突端にある国イエメンで民主主義が実を結ぶことはなく、今や(この地域にある多くの国と同様)国家の存続すら危ぶまれている。 

なぜか。宗教と政治の複雑微妙な関係ゆえではない。宗教や政治に無縁な人たちにも不可欠な「水」がないからだ。

首都サヌア(人口260万)の状況はとりわけ深刻だ。
水道から水が出るのは月に1度、それもわずか数時間。だから住民はずっと前から、水道よりも屋上に設けた貯水槽を頼りにしてきた。ただし貯水槽にためる水はタンクで運ばねばならないから、けっこう高くつく。

世界銀行の調査によれば、このままだとサヌアは、あと4年ほどで「持続不能」になりかねない。しかるべき対策が取られなければ、住民たちは町を捨てて逃げ出すしかない。すべてが干上がって、枯死する前に。(後略)【2015年2月10日号 Newsweek 日本版】
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停戦すらまだ定かではありませんが、仮に戦闘が収まってもその後の統治は困難で内戦犠牲者の救済・復興も難しいものがあり、更には「水不足」という深刻な根本問題を抱える・・・ということで、息の長い国際支援が必要になると思われます。
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