
(リビアの首都トリポリで2月17日、大勢の人々が、同国の最高指導者だった故ムアマル・カダフィ大佐が失脚した革命5周年を祝った。一方北東部の港湾都市ベンガジでは革命5周年を祝う人の姿は見られなかった。【2月19日 AFP】 なお、ベンガジでは東部世俗派と西部イスラム勢力の争奪戦が続き、2月23日、世俗派が街の一部を手中に収めて一応戦闘が終息したような状況です。)
【二つの議会、三つの政府 旧カダフィ政権軍人やイスラム主義民兵も加わっての混乱】
昨日取り上げたイエメン同様に、「アラブの春」後の混乱が続いているのがリビアです。
リビアでは、独裁者として君臨したカダフィ大佐が2011年の政変で失脚・殺害されたのち、暫定議会と制憲議会をそれぞれ背景とする二つの政府が並立し混乱している他、ISやアルカイダ系など複数の武装勢力が豊かな石油利益を狙って戦闘を続けています。
世俗主義勢力の暫定議会は国際的には一応正当性が認められているものの、首都トリポリを追われ、北東部トブルクを拠点としているため、「トブルク政府」とも称されています。
トブルク政府は、カダフィ側近だった軍将校(ハフタル将軍)を軍司令官とし、カダフィ政権の旧軍部も取り込んでいます。
一方、首都トリポリを拠点とする制憲議会(「トリポリ政府」)はイスラム主義勢力(「リビアの夜明け」など)に支えられています。
「トリポリ政府」と「トブルク政府」の抗争という“権力の空白”に乗じて、IS等のイスラム過激派が勢力を拡大しており、シリア・イラクのでの劣勢も伝えられるISはリビアに拠点を移そうという動きもあると指摘されています。
一方、国連は「トリポリ政府」と「トブルク政府」を併合した「統一政府」づくりを進めており、両者の代表も入れた協議を行い、閣僚名簿も発表していますが、未だ両議会の承認を得るには至っていません。(手続き的には、国際的に正当とされる暫定議会の承認を必要としています。)
結果、リビアには二つの議会、三つの政府が併存するという訳の分からない状況にもなっています。
上記のように、「トブルク政府」側は、カダフィ政権の旧軍部も取り込んでいますが、情報が少ないリビア関連のなかで珍しく、カダフィ大佐のいとこのインタビュー記事がありました。
****<リビア>カダフィ派、復権足固め 対ISで政府軍と共闘****
2011年のリビア内戦で殺害された指導者カダフィ大佐のいとこで側近だったアフマド・カダフィダム氏(63)が、滞在先のカイロで毎日新聞のインタビューに応じた。
同氏は、内戦後に公職追放されていた旧カダフィ政権派の軍人らが、過激派組織「イスラム国」(IS)などと戦うため「政府軍と協力している」と証言。混乱が長引く中、旧政権派が復権をうかがう構図が浮き彫りになった。
リビアでは13年6月、旧カダフィ政権の要職経験者らを10年間公職から追放する法律が施行された。カダフィダム氏は「旧政権支持者だとして、軍人、警察官、裁判官、外交官ら5000人以上が排除された」と主張した。
だが、反カダフィ派は内紛続きで、新憲法制定など民主化プロセスは停滞。14年夏には東西に二つの政府が分立する事態に発展した。
カダフィダム氏によると、旧政権派は、国際社会から正統性を認知されている東部拠点のトブルク政府傘下の政府軍に合流し、イスラム過激派の掃討作戦で協力関係を築いているという。
また、国連が主導する国民和解と統一政府樹立の協議に関して「話し合いによる解決は重要だが、全てのリビア人を包括する枠組みではない。特定の部族や党派を排除すべきではない」として、政治プロセスに旧政権派の参加を認めるべきだとの考えを示した。水面下では周辺国や国内の政治勢力とも接触しているという。
一方、カダフィ政権崩壊は「北大西洋条約機構(NATO)の空爆が原因で、リビア国民による革命で打倒されたわけではない。NATOが介入しなければ対話で解決できた」と強弁した。
ISがカダフィ大佐の出身地で支持基盤が強かったシルトを拠点化したことについても「NATOがシルトを集中的に空爆し、我々の部族を排除した。そこにイスラム過激派が入ってきた」と主張。
シルトでは旧政権派とISが一定の協力関係にあるとの見方もあるが、「外部からの支援がないため、(地元部族は)戦いようがないだけだ」と説明した。
カダフィダム氏はカダフィ政権時代から特使としてカイロに拠点を置き、巨額の資産管理や海外工作を担ったとされ、カイロの事務所には今もカダフィ大佐の肖像が掲げられている。
匿名を条件に電話取材に応じたリビア人記者は「トブルク政府や軍は旧政権派の復権は望んでいないが、カダフィダム氏の資金を必要としているため、協力関係が成立している」と指摘した。【3月19日 毎日】
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NATOの侵攻の唯一の目的はカダフィ大佐殺害だった。侵攻さえなければリビアはこのような嘆かわしい状況にはならなかっただろう、というのがカダフィダム氏の主張のようでが・・・どうでしょうか。
カダフィ大佐の評価は別として、カダフィ亡き後の政治空白が現在のリビアの混乱を招いたことは一面の事実でもあります。
「トブルク政府」が統一政府を正式承認していないのは、旧カダフィ派、特に国軍司令官としてトブルク政府を支える立場にもなっている旧政権のハフタル将軍の処遇で難色を示しているのではないでしょうか。
「統一政府」づくりを進める執行評議会は、各勢力へ「統一政府」への権限移譲を強く求めています。
****リビア執行評議会 統一政府への権限移譲を各派に要請****
リビアでの組閣を目指す執行評議会は12日夜、声明を発表し、国連が承認する統一政府の樹立へ向けた基本合意に基づき、国内各派に対して権限の移譲を要請しました。
声明はまた、国内に現存する統一政府以外の勢力との連絡を絶つことを国際社会に求めました。【3月14日 CRI】
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更に「統一政府」首相は、現在にチュニスからリビア首都トリポリに「統一政府」を移すことを発表していますが、「トブルク政府」は“議会(トブルク)による正式の承認なしに、外部から統一政府を押し付けようとするのは、リビアの内政に対する干渉であるとして、全ての機関に対して新統一政府と協力しないように求めました”【3月19日 野口雅昭氏 「中東の窓」】と反撥しています。
もう一方の「トリポリ政府」を擁するイスラム主義民兵組織と「統一政府」の関係がどうなっているのか・・・わかりません。
【政治空白のなかでのISの動き】
国連等の国際社会がリビアでの統一政府づくりを急ぐのは、リビアの混乱がISなどイスラム過激派台頭の舞台となることを懸念しているからでもあり、先日ISが「アラブの春」唯一の成功国とされている隣国チュニジアを襲ったことなども、リビアの混乱が招いていると見られています。
****チュニジア、リビア国境で「首長国樹立の試み」阻止 50人超死亡****
チュニジアのリビア国境に近接するベンガルデンが7日、イスラム過激派による襲撃を受けた。治安部隊が撃退したが、過激派の戦闘員35人と治安部隊側の11人、民間人7人の計53人が死亡。当局は、イスラム首長国の樹立が狙いだったとの見解を示している。
政府によると、同日未明、ベンガルデンの軍兵舎や警察施設などが一斉に襲撃に遭った。ベジ・カイドセブシ
大統領は事件を「前例のない」イスラム過激派襲撃として非難。当局は国境を閉鎖し、夜間外出禁止令を出した。
ハビブ・シド首相はイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」のアラビア語名の略称「ダーイシュ(Daesh)」を用い、今回の襲撃にはベンガルデンに「ダーイシュの首長国を樹立するという狙い」があったが、軍と治安部隊が襲撃犯らを阻止したと述べた。
ISはリビアで勢力を拡大しており、チュニジア政府は、リビアでISに加わった多数の自国民が帰国して攻撃を実行することを防ぐべく奮闘している。
ベンガルデン周辺では、今月2日にも武装集団と治安部隊の間で銃撃戦が起き、武装集団側の5人と民間人1人が死亡している。【3月8日 AFP】
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この事件は、なぜ“民主化が成功した”と言われるチュニジアでISに加わる多数の若者が存在しているのか・・・という問題にもなりますが、その件は今回はパス。
リビアからチュニジアにISが越境したことについては、“リビアで勢力を拡大し、更に隣国へ触手を伸ばした”という訳ではなく、むしろリビアでの拠点づくりがうまくいかず、チュニジアに逃げ出した・・・との見方もあるようで、このあたりの情勢はよくわかりません。
****ISがリビアで苦戦 ローマを目指すと言うが****
先日のアメリカ軍による、デルナへの空爆で、現地にいたIS(ISIL)の指揮官アブ・ムゲイル・カハターニが死亡し、その後を継いだのが、アブドルカーデル・ナジュデイだ。
このアブドルカーデル・ナジュデイは、自身のことをIS(ISIL)のアミールだと宣言した。アミールとは本来の意味は、王子なのだが、指揮官という意味で、使用しているのであろう。つまり、彼がリビアのIS(ISIL)の最高指揮官に、なったということだ。
彼はアフリカらの移住者を歓迎し、取り込むつもりであり、その一部をローマにまで送り出す、と言っている。アブドルカーデル・ナジュデイはローマを自分たちの、支配下に置くということだ。
大ぼらとも思える発言だが、IS(ISIL)の現在の状況は、極めて不利になっているのではないか。リビアのスブラタにあった、IS(ISIL)の基地が攻撃され、リビアの隣国チュニジアに侵入(逃亡)しようとしたが、そこではチュニジア軍の反撃により、成功していない。
リビアのミスラタとシルテの中間にあった、アブ・カレインの基地からも、IS(ISIL)は逃げ出しているようだ。
こうした一連のIS(ISIL)の後退の動きは、リビア人が頑強であり、なかなかIS(ISIL)の支配下に落ちないからであろう。
最初の頃はリビアの一部グループが、IS(ISIL)にバイア(服従の誓い)をする、動きがあったが、それが拡大しているという情報は伝ってきていない。
シリアやイラクで不利になったIS(ISIL)は、ここでもアメリカの攻撃にさらされ始めている、ということであろうか。それは何やら、アルカーイダやタリバーン、ムジャーヒデーンなどの運命と重なるのだが。【3月11日 佐々木 良昭氏 「中東TODAY」】
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一方で、欧米は対IS対策として、再度のリビア軍事介入を検討しているとも言われています。
「統一政府」づくりも、統一政府の要請に従って介入・・・という枠組みづくりの面もあるのでしょうか。
****米欧、リビア再介入か-IS勢力拡大で、軍事行動を準備****
過激派組織「イスラム国」(IS)がリビア国内で勢いを増しているため、西側が再び同国に軍事介入する公算がますます大きくなっている。焦点は、争いを続けてきた勢力がリビア統一政府を形成し、その政府からの要請により介入するのか、それを待たずに介入を余儀なくされるのかだ。
米国と他の西側諸国は2011年、最高指導者カダフィ大佐(当時)の打倒を支援するため軍事介入したが、その後、西側の関心は他の地域に移った。
14年までに、リビアは首都トリポリのイスラム原理主義政権と、東部都市トブルクに本拠を置く政権(国際的にも承認されている)との間の内戦に陥った。
この分裂状態に乗じて、地元のIS系組織は、故カダフィ大佐の本拠地だった沿岸都市シルトを昨年奪取した。これらIS系組織はその後、他の一部地域を占領し、戦況に決定的な影響を与え得る油田地帯に一段と近づいて、主要インフラに被害を与えた。
無法状態のリビアはまた、移民(難民)たちが欧州に向かう出発地となっている。このため欧州諸国(特にイタリアとフランス、さらには英国も)は長くリビアの安定化に努力してきた。米国も、リビア混乱の長期化を脅威とみなすようになった。
ケリー米国務長官は今週、ローマで開催されたIS掃討のための有志連合の会合で、リビアに言及し、「世界でわれわれが最も望まないのは、偽りのカリフ制(ISを指す)が何十億ドルもの石油収入を手に入れることだ」と述べた。
西側高官は、介入するなら、広く承認されたリビア統一政府によって要請されることが望ましいと考えている。この政府はISの脅威に対抗して大半のリビア人を結束させている。しかし、状況が劇的に悪化したら、西側は要請が得られなくても介入しなければならないとみる向きもいる。
国連は、リビア内の2つの政権と、それらと同盟関係にある民兵集団を説得して統合政府を樹立させようと1年以上努めてきた。
しかし、トルコとカタール(トリポリのイスラム原理主義勢力を支持している)と、エジプトとアラブ首長国連邦(UAE)(宗教色の薄いトブルクの政権を支持している)との間で代理紛争が発生しており、この統合政府樹立に向けた説得工作は難行している。
ワシントンにある大西洋評議会(アトランティック・カウンシル)のリビア専門家、カリム・メズラン氏は「ISが躍進しているのは、リビアという国家が不安定だからだ」と述べ、「ISに対処する前にリビアの問題を解決する必要がある。その逆ではない」と語った。
国連仲介の国民合意政権(統一政府)は1月に発表されたが、一部の勢力から反対意見が出された。トブルク政権の実力者ハリファ・ハフタル将軍の扱いなどで意見が分かれている。
こうした対立を解消し、新政権を発足させるには数カ月かかるかもしれない。そして、発足したとしても、新政権が西側の軍事介入を本当に要請するかどうか不透明だ。
新たなリビア政府が最終的に外国部隊による介入要請を決定すれば、イタリア、フランス、英国、そして米国は合同部隊を創設し、IS掃討作戦のためのリビア部隊を支援する公算が大きい、と外交筋は言う。
これら米欧諸国は数カ月にわたって緊急計画の立案作業を進めており、米国は既に小規模な特殊作戦部隊をリビアに派遣している。
英王立国際問題研究所(通称チャタムハウス)のアソシエートフェロー、リチャード・ダルトン氏(元駐リビア英国大使)は、その上で、国際部隊が有効に機能するには少なくとも兵士1万人が必要だと推測している。
同氏は、ISがリビア国内の少なくとも4カ所で活動しており、これら点在するIS勢力に同時に対処しなければならないと述べた。【2月5日 WSJ】
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状況はよくわかりませんが、リビアに限らず戦闘・内戦が続く状況を見るとき、いつも思うのは「この武器は一体誰が供給しているのか?」という疑問です。
【武器禁輸措置をかいくぐる違反】
リビアも国連によって武器禁輸措置が課されています。
****対リビア武器禁輸、国・個人が多数違反=国連報告書****
政情不安で分裂状態にあるリビアに多数の企業や個人、国が武器を供給し、5年前に同国に科された国際的な武器輸出禁止措置に違反していたことが、近く公表される国連の報告書で分かった。
報告書は1月に安全保障理事会に提出された。それによると、違反があったのは2014〜15年で、アラブ首長国連邦(UAE)やエジプト、トルコなどから軍装備品が輸出された。中にはヨルダンなどの第3国を経由して輸送されたものやウクライナなどの国と密接な関係にある企業から供給されたものもあった。
国連当局によると、この他の調査対象には2011年に武器取引を仲介したとみられる米国拠点の企業2社と、リビア当局を代表して英国を拠点に活動するリビア人に協力しているイタリア人仲介者も含まれている。リビア当局は首都トリポリを掌握している。
国連安保理は報告書で提示された証拠を検討し、こうした案件に関与しているとされる国連加盟諸国と個人に何らかの措置を科すかどうかを決める。
国連は2011年の「アラブの春」の際、カダフィ独裁政権に対する国際的な軍事介入の一環として、リビアと全敵対勢力に対して武器禁輸措置を発動した。
リビアは政治と治安の安定化に苦戦している。武器禁輸のほか、一部の元カダフィ政権当局者や政府系ファンド(SWF)などの国家機関に対する資産凍結措置も依然として続いている。
報告書によると、問題の武器は、2014年夏から統治権を争っている2つの分立する政府とそれぞれを支持する武装勢力に供給された。【3月11日 WSJ】
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こうした武器供給を断つ措置が実効をあげれば、世の中の多くの紛争が鎮静化すると思われますが、そうなっていないところを見ると、実効性ある武器輸出禁止措置というのは難しいもののようです。
なお、リビア側はIS等に対抗するためには武器が必要であり、国際社会は武器輸出禁止措置を解除すべきだと主張しています。