
【3月25日 AFP】
【シリア問題で米ロ協調路線】
最初に他愛もない話から。
****プーチン大統領、ケリー米国務長官のかばんの中身に興味津々****
ウラジーミル・プーチン露大統領は24日、モスクワの大統領府でジョン・ケリー米国務長官とシリア問題について会談した際、ケリー長官の書類かばんに並々ならぬ関心を示した。
ケリー長官にとって今回の会談の狙いは、シリアのバッシャール・アサド大統領の処遇をめぐりプーチン大統領を説得することだった。
そんなケリー長官に対しプーチン大統領は、「飛行機から降りてきたあなたが荷物を自分で持っていらっしゃるのを見て、ちょっと驚きましたね」と切り出し、含み笑いとともに「国務長官には、かばん持ちはいらっしゃらないのかな」と続けた。
さらに「米経済は絶好調なのだから、スタッフを大勢解雇したというわけでもないだろう。ならば、あの書類かばんの中には何か、他人に任せられない大切なものが入っているんじゃないかと思い至りました」とプーチン大統領。「きっと、現金に違いない。われわれとの大事な交渉を有利に運ぶために持参したんでしょう」と冗談を飛ばし、テーブル越しにケリー長官にほほ笑んだ。
すると、ケリー長官は次のように応じた。「2人きりになったら、かばんの中身をお見せしましょう。たぶん、びっくりして、愉快な気分になりますよ」
会談後の記者会見でもケリー長官は、かばんの中身について露国営テレビの記者から質問された。だが、一般には公開しない方針だと釘を刺し、「プーチン大統領とわたしだけの秘密なんでね」とかわした。【3月25日 AFP】
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単なる「かばん」の話でしょうか?それとも、「かばん」の中のアメリカの最終案・本音を示唆した話でしょうか?
いずれにしても他愛もない話ではありますが、シリア問題における最近の米ロ両国の協調的な雰囲気を窺わせるような話にも思えます。ピリピリした雰囲気であれば、こんな話も出てこないでしょう。
更に米ロ両首脳は、お互いに褒めあっているとか。もちろん、相手をできるだけ自分の方に手繰り寄せようという思惑もあってのことでしょうが。
****シリア停戦互いに評価 プーチン大統領・米国務長官会談****
モスクワを訪問中のケリー米国務長官は24日、ロシアのプーチン大統領と会談した。シリアからのロシア軍の主力部隊の撤収について、ケリー氏は「重大な決定をした」と評価。米ロが協力してシリア内戦の和平協議を加速させる考えを示した。プーチン氏も「互いの立場が近づくことを期待している」と応えた。
ケリー氏は、米ロの呼びかけで実現したシリア内戦の停戦について、「多くの人が不可能と考えていた停戦が実現した」と両国の協力の成果を強調。
プーチン氏も「成功したのはオバマ米大統領のおかげだ」と米側を持ち上げ、「共通点を見つけ、国際問題を前進させたい」と述べた。
ケリー氏は会談後の記者会見で、「8月までにシリアの政権移行の土台と、新憲法の草案をつくることで合意した」と話した。
内戦が続くシリアでは、米ロの呼びかけで2月27日に停戦が発効。内戦終結を目指す和平協議が今月、ジュネーブで再開された。だがアサド大統領の退陣を求める反体制派と政権側の溝は深く、米ロは協力して協議の進展を目指す考えとみられる。【3月25日 朝日】
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ロシアの民間人犠牲を厭わない容赦ない空爆の結果でもありますが、政府軍有利に戦局が動き、その後の突然のロシア軍撤退発表もあって、まがりなりにも戦闘状況が制限的になっていること自体は大い評価すべきことでしょう。
ロシア・プーチン大統領は、いつまでもシリアに深入りすることは避けたい思いがあります。財政的にも、軍事的にもシリアでの作戦継続はロシアにとって大きな負担です。
アメリカ・オバマ大統領も、イラク・アフガニスタンからの撤退をレガシーとするうえで、その結果ISが台頭してシリアが内戦状態となっているというのは困りますので、なんとか鎮静化へ向けた道筋をつけたいところです。
米ロ両国は、この機をとらえて和平の枠組みを構築するところまで持っていきたいところで、そのためには両国の協調が不可欠であるという認識があって、上記のような協調的な雰囲気になっています。
****【シリア情勢】米政府がロシアと協調優先 少数派保護へアサド退陣は棚上げ****
ケリー米国務長官は24日、ロシアのラブロフ外相との会談で米露関係の改善に期待を示した。
「人権外交」を展開してきたオバマ米政権にとり、自国民に「たる爆弾」などの残虐な攻撃を繰り返すシリアのアサド大統領の退陣は不可欠だが、アサド政権の後ろ盾のロシアが主導しなければ外交解決は困難。同国との協力のため退陣要求を一時、棚上げにしている。
ケリー氏は会談後のラブロフ氏との共同記者会見で「アサド氏に正しい決断をさせるため、ロシアは何を選択するかを明確にしなければならない」と述べた。
また、ケリー氏は「(国民の)全体が参加し、宗派性がなくマイノリティー(少数派)が保護されるシリアにし、国民が平和と安定の下で暮らせる」ようにすることでラブロフ氏と合意したと説明した。
8月までの樹立で合意した移行政権からアサド氏を排除することが念頭にあるとみられる。しかし、ラブロフ氏は記者会見で政権の移行を目指すことは明確にしたものの、アサド政権に具体的に何を働きかけるかを明確にしなかった。
オバマ氏は来年1月の退任をにらみ、イラン核合意、キューバ国交回復などに取り組んでいるが、「最優先課題」であるイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)掃討の成否は自ら下した米軍のイラク撤退の判断にかかわる。シリア国民の人権保護にはウクライナで人権抑圧を行ったロシアとも協力せざるを得ないのが実情だ。【3月25日 産経】
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【アサド大統領処遇をめぐる綱引き】
和平協議の方は、もとよりそう簡単な話ではありませんので、8月までの移行政権樹立で合意はしたものの、肝心のアサド大統領の処遇をめぐる問題は4月中旬に再開される予定の協議へ先送りされています。
****<シリア>新統治機構合意も・・・・和平進展は厳しく****
米国のケリー国務長官は24日、内戦が続くシリアで今年8月までに新統治機構の発足と新憲法草案の策定を目指すことでロシア側と合意したことを明らかにした。
アサド政権と反体制派の和平協議がこう着する中、大国主導で和平を推進したい思惑があるとみられるが、最大の焦点であるアサド大統領の処遇を巡る対立が足かせとなっており、目標の実現は困難な状況だ。
ケリー氏は24日、訪問先のモスクワで、ロシアのプーチン大統領やラブロフ外相と会談した。会談後、ケリー氏はラブロフ氏との共同記者会見で、和平進展を急ぐ考えを強調。政治プロセスの第1段階となる新統治機構の発足時期について「8月」という目標を初めて明示した。
米国とロシアは、過激派組織「イスラム国」(IS)や国際テロ組織アルカイダを共通の脅威とみなしており、政権と反体制派を和解させ、連携してISやアルカイダに対抗させたい思惑では一致している。
ただ、新統治機構の具体案を巡って、当事者であるアサド政権と反体制派の立場は大きく異なる。反体制派は新統治機構発足時点でアサド氏が退任するよう要求しているが、政権側はアサド氏の処遇を議論することを拒絶している。
反体制派が新統治機構をアサド政権に代わる最高意思決定機関と位置付けているのに対して、政権側は現体制に一部の反体制派を取り込んだ形を志向している模様だ。
今月14〜24日に開かれた和平協議では、仲介役の国連特使が双方の交渉団と個別に交渉していたが、最後まで直接協議は実現せず、新統治機構の構成など具体論にも入れなかった。
反体制派や米国には、ロシアに対して、アサド政権の譲歩を促す役割を期待する声もある。ロシアが14日にシリアからの空軍主要部隊の撤収を発表したのも、アサド政権への圧力の一環だとの見方があった。
ただ、ロシアは一部部隊をシリアに残すなど、表向きはアサド政権と連携する姿勢を変えていない。アサド政権は3月中旬以降、ISが支配する中部パルミラの奪還作戦を続けているが、この作戦にもロシア軍が関与している。軍事的に優位に立つアサド政権が、政治的に妥協する動機は乏しい。
ラブロフ外相は24日の会見で「反体制派が(和平協議に)前提条件を設けているせいで、ロシアと米国による和平イニシアチブが完全には実行されていない」と主張。和平が進展しない責任は反体制派にあるとの考えをにじませた。
政権と反体制派の和平協議は4月中旬にも再開される見通しだ。米露は、双方による囚人の釈放、人道支援拡充などで信頼醸成を進め、直接協議の実現を働きかける構えだ。【3月25日 毎日】
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簡単にまとまる話ではありませんから、先送り自体は悲観する話でもないでしょう。
ロシア軍撤退はロシア・プーチン大統領のアサド政権への圧力であるとの見方があるように、アメリカとしてはロシアのアサド政権への影響力に期待しているようです。
ロシア・プーチン大統領は、ロシアの影響力さえ保持できれば、アサド大統領自身の処遇にはこだわらない・・・との見方もありますが、アサド退陣をどういう形で和平協議の道筋に組み込むかはよくわかりません。
いきなり移行政権でのアサド退陣というのは、アサド大統領はもちろん、ロシアとしてもなかなか難しいのではないでしょうか。
3月15日ブログ「シリアからのロシア軍撤退発表 和平協議に向けてプーチン大統領のアサド大統領への強い圧力か?」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160315でも触れた、昨年10月段階でのロシア案ともされる“新統治機構(移行政権)にはアサド氏は大統領として残るが、権限は大幅に制限する。大統領選挙にはアサド氏本人は出ない”といったあたりが、落としどころとして妥当なように個人的には思えるのですが。
【軍事的にはIS退潮の流れ】
戦局の方は、シリアではIS支配の象徴でもあり、また、戦略的にも重要な古代都市パルミラ奪還に向けて政府軍がロシア支援のもとで進んでいます。
また北部では、クルド人勢力のISへの攻勢も続いています。
イラクでは、シラク政府軍がモスル奪還に向けた作戦に入ったようです。
****シリア・イラク各政府軍、IS掌握都市の奪還へ前進****
イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が掌握しているシリア中部の古代都市パルミラに24日、シリアの親政府派部隊が進行した一方で、イラク軍は同国北部モスルへの攻撃を開始した。両都市はISが主要拠点としてきた都市で、ISに対する圧力が強まっている。
在英の非政府組織(NGO)「シリア人権監視団」によると、今月初めから砂漠地帯での作戦を開始していたシリアの親政府派部隊は、空からはロシア軍戦闘機、陸上では同盟関係にある民兵部隊の支援を受け、パルミラへ進行した。
露国防省は、露軍戦闘機が20~23日にかけてパルミラ周辺の「テロリスト関連の標的」に対し、計146回の空爆を実施し、320人の「テロリスト」を殺害、司令拠点6か所、弾薬庫2か所を破壊したと発表した。
一方、イラクでは同国内のISの主要拠点と化している第2の都市モスルに対し、攻撃を開始したことをイラク軍が発表。イラク軍はこれまでに、ISが掌握しているケイヤラと、米国の支援を受けるイラク部隊が集結しているマフムル間にある4つの村を奪還したとしている。【3月25日 AFP】
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“(シリア)政府軍は従来、対IS攻撃には消極的だったが、2月下旬に反体制派との一時停戦が発効したのを受けて、部隊をIS攻撃に振り向けている模様だ。”【3月25日 毎日】ということで、「停戦」の効果が一定に出ているとも言えます。
政権軍は「近日中にパルミラを解放できる」と述べたとのことですが、“近日中”がどの程度かはともかく、ここまでの流れを見ると、パルミラ奪還が視野に入ってきたと言えるでしょう。
イラク政府軍のモスル奪還は、これまでの流れからは逆に「どうだろうか・・・」という懸念もありますが、ISがシリアでの政府軍・クルド人勢力の攻勢で身動きがとれない状況となれば、一定に奏功することも期待はされます。
こうした軍事的な情勢からすると、IS退潮の流れが今後加速しそうにも思え、そのことは和平協議の進展を後押しすることも期待されます。
【欧州ではテロの危険も】
もっとも、仮にISがシリア・イラクでの支配領域を狭めたとしても、逆にベルギー同時テロのようなテロ活動が活発化する危険があります。
****【ベルギー同時テロ】「テロは素早い、欧州は遅い」と伊内相 EUの対策はISに追いつけず 次の標的へ着々と****
ベルギー同時テロを受けて24日に開催された欧州連合(EU)の緊急内相・法相会合は、従来の対テロ措置の加速化を確認するにとどまり、EU諸国のテロ対策の遅れぶりを改めて露呈した。対するイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)は、欧州諸国を標的とする次なる攻撃に向け、テロ遂行能力を着々と強化している。
「ときに政治的意思や協力が欠如するが、最も重大なのは信頼の欠如だ」
EUのアブラモプロス欧州委員(内務・移民担当)は緊急会合後の記者会見で強調した。委員の言葉には遅々として進まないテロ対応への不満がにじむ。
その最たる例が、テロ犯の動きを把握するため旅客機の搭乗者記録を収集する新制度。パリ同時多発テロ後も実現を急ぐことが確認されたが、市民のプライバシー侵害の懸念で欧州議会での採決が遅れている。
1月には加盟国の情報交換の強化のため欧州警察機関(ユーロポール)にテロ対策センターが創設されたが、加盟国は自国の情報が第三者に漏れるのを恐れ、情報共有は進んでいない。
EU諸国、特にベルギーの治安能力の低さに、域外国の治安当局は不満を募らせている。米政府は今回のテロの実行犯の兄弟を以前から監視対象とし、トルコも兄を昨年7月に自国からオランダに退去させてベルギーにも情報を提供した。しかし、ベルギー当局は一連の情報を全く活用できずテロ発生を許した。
一方、テロリストは力を増大。パリのテロに続き、今回も高性能爆薬「TATP」が使われたが、取り扱いの難しい爆薬をパリのような胴衣ではなく、カバンなどに大量に詰めて破壊力を増大させたことに専門家は注目する。テロ後、ベルギー国内の関係先への捜索ではTATP15キロ分に相当する原料が見つかった。
AP通信はイラクなどの治安当局者の話として、ISが欧州を標的に400〜600人の戦闘員を訓練中と伝えた。パリのテロの実行犯、サラ・アブデスラム容疑者が逃亡後にネットワークを築き、テロを準備したことを踏まえれば、同時テロで逃走中の容疑者が同様に動く恐れもある。
西洋文明を敵視するISが欧州を狙うのは米国に比べ警備が緩いためでもある。イタリアのアルファノ内相は「テロ(の動き)は素早い。だが欧州は遅い」と述べ、深い懸念を示した。【3月25日 産経】
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今後IS退潮がはっきりしてくれば、ISは矛先を欧州でのテロに向けることも考えられ、一時的にはその分、欧州はテロの脅威にさらされることも懸念されます。
ただ、テロ対策重視のあまり個人の権利が大きく制約されることになれば、結果的に欧州社会がテロに屈したことにもなり、難しいところです。パニックとならない対応が必要です。