(日本が支援したガザの戦争孤児1000人のための「サマーキャンプ」。閉会式に参加した子供たちは、歌ったり踊ったりして大はしゃぎだった・・・【8月30日 毎日】)
【復興が進まない「天井のない監獄」ガザ地区】
イスラエルを認めないイスラム原理主義ハマスがガザ地区を実効支配した2007年から、イスラエルによって「テロ対策」として人や物資の出入りが厳しく制限されているパレスチナ・ガザ地区は、周知のように「天井のない監獄」とも呼ばれています。
ハマスとイスラエルは08年からも計3回の大規模戦闘を繰り返しており、2014年7月から約50日間続いた戦闘では、ガザ側の死者が2251人(市民1462人)、イスラエル側の死者は73人(市民6人)となっています。現在はこの衝突後の停戦期間となっています。
紛争はどちらか一方ではなく、双方に責任・問題があるのが常であり、パレスチナも例外ではないでしょう。
ただ、市民犠牲者1462人対6人という圧倒的な格差がパレスチナ紛争の特徴でもあり、イスラエル側の“過剰な武力行使”が指摘される所以でもあります。
前回衝突後のガザ地区の復興が一向に進まないことは、これまでも取り上げてきたところです。
国際社会も、シリア・イラクなど多くの問題を抱えるなかで、パレスチナへの関心は薄れがちです。
****<ガザ停戦2年>進まぬ復興 国際支援実施は4割****
2014年夏に大規模な戦闘を交えたイスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスによる停戦が丸2年を迎えた。
イスラエルの攻撃で大きな被害が出たガザでは住宅再建が進められているが、自宅がない人は現在も7万5000人に上る。国際社会が約束した復興支援金は計35億ドル(約3500億円)。だが今年3月時点で実際に支払われたのは約4割で、早急な支援履行が求められている。
イスラエル軍は50日におよぶ戦闘で計6万5000発以上の爆弾やミサイルを投下。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)によると、計14万2000戸以上の家屋が壊された。UNRWAは緊急住宅支援として1億9000万ドル(約194億円)を拠出しているが、さらに4億6000万ドル余りが必要で、確保のめどが立っていない。
またUNRWAによると、戦時に負傷した人は1万人以上で、3436人が子どもだった。約3分の1は障害が残る可能性が高いという。精神的ケアを必要とする子どもは30万人以上。世界保健機関(WHO)は、人口の2割、約36万人に戦争ストレスなどによる精神疾患が生じている可能性があると推計している。
14年10月、ガザ支援のための国際会議がエジプトの首都カイロで開かれ、日本など50以上の国・国際機関が参加した。計35億ドル規模のガザ支援を決めたが、世界銀行によると、今年3月までに支払われたのは約14億ドルで、約束の4割程度にとどまる。
カタールは最大支援額10億ドルを表明したが、支払ったのは4割弱。支援規模2位のサウジアラビアも表明した5億ドルのうち、拠出したのは1割強だ。3位の欧州連合(EU)は約3億5000万ドルの75%、4位米国は約2億8000万ドル全額をそれぞれ支払った。日本は6100万ドル(約62億円)全額を支払い済みだ。
イスラエルによる封鎖政策も復興の大きな障害だ。国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、イスラエルは「ハマスが攻撃用のトンネル建設に使う」として建築資材の搬入を規制。住宅再建の支障となっているほか、汚水処理施設の修繕などに必要なポンプや掘削機など20種以上の器具の運び込みを「軍事転用される」と規制。
衛生施設の機能不全が深刻化し、一日9000万リットルの汚水が海に垂れ流されている。市民が日常的に食べる海産物への影響も懸念されている。【8月30日 毎日】
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なお、“日本は14年10月にエジプトの首都カイロの国際会議で約束した特別支援とは別に、ガザへの継続的な援助を続けている。14年の戦闘後だけでも国際機関経由の緊急無償支援や日本の非政府組織を通じた援助などで計約8600万ドル(約88億円)を供与した。”【8月30日 毎日】とのことで、不発弾除去事業や戦争孤児を対象とした「サマーキャンプ」などを支援しています。
【軍事ハイテクを駆使するイスラエル対抗する“貧者の兵器”トンネル】
イスラエルが懸念する“トンネル”はハマス側にとっては、ドローンや人工知能(AI)による自動運転軍用車など世界屈指の軍事ハイテクを駆使するイスラエル対抗する“貧者の兵器”ともなっています。
****<エンドレスウォー>「貧者の兵器」に苦戦****
・・・・ハイテクを誇るイスラエル軍を長年悩ませてきたのが、「トンネル攻撃」だという。(中略)
戦闘中、ハマスの武装組織「カッサム旅団」司令官は取材に「ハイテクでは勝てないが、だからといってそれは敗北を意味しない。トンネルは敵を恐怖に陥れる。我々が持てる最強の兵器だ」と語った。
約500人規模の掘削部隊の月給は300ドル前後。人が立って移動できる高さがあり、地元の土は軟らかいため内側をコンクリートで固めている。1本の長さは2〜3キロで、障害物やわなが仕掛けられ、迷路のように連結。発電燃料を備え、シャワーや寝室、食事部屋もある「地下要塞(ようさい)」だ。(中略)
イスラエルは14年以降だけで、トンネル対策費として250万ドル(2億5000万円)を投じた。ハマスによるトンネル1本の掘削費用は10万ドル(1000万円)程度。
トンネルは、軍備などで劣勢の「持たざる者」が、「持てる者」と戦う非対称戦争特有の「貧者の兵器」だ。世界最先端の技術と膨大な予算を投じても、「持てる者」が勝利するとは限らない。
イスラエルのシンクタンク「国家安全保障研究所(INSS)」のアモス・ヤドリン代表は「(トンネル対策)技術が成熟していない現状では、(掘削の動きなどを感知したら全体像把握を待たずに)先制攻撃するしか手がない」と指摘した。【8月26日 毎日】
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なお、ハマスもローテク「トンネル」だけでなく、“地上の目”となる無人偵察車やドローンなども所有しています。
ドローンなどの入手経路は「イランの闇市場で(ハマス関係者が)購入し、それを解体してレバノン、リビア、エジプト・シナイ半島を経てトンネルで送り込むことが多い」(「カッサム旅団」司令官)【8月28日 毎日】とも。
【イスラエルによって寸断・侵食される「ヨルダン川西岸地区」】
こうしたイスラエルとの対立・衝突の場となるガザ地区がニュースなどでは取り上げられますが、パレスチナ自治政府のもうひとつの支配エリア「ヨルダン川西岸地区」も厳しい状況に置かれています。
(【「パレスチナ情報センタイー」http://palestine-heiwa.org/wall/wall.html】)
“支配エリア”と言いましたが、イスラエル軍が行政権、軍事権共に実権を握る「C地区」が2000年現在で面積のヨルダン川西岸地区の59%と約6割を占め、その「C地区」の過半はイスラエル軍による封鎖地区及びユダヤ人入植地で、パレスチナ人の使用は禁止されています。事実上のイスラエル支配地域です。
“C地区でのパレスチナ人の日常生活は大幅に制限されており、家屋・学校などの建築、井戸掘り、道路敷設など全てイスラエル軍の許可が必要となる。特に住居建設の許可が下りる事はほとんどなく、イスラエル軍は「違法」を理由にパレスチナ人住居を破壊し、罰金を取り立てている。国連によると、2010年だけで少なくとも198の建造物が破壊され、300人近くのパレスチナ人が強制的に排除された。”【ウィキペディア】
おそらく、上記はイスラエル軍による封鎖地区及びユダヤ人入植地以外の「C地区」の状況ではないでしょうか。
ちなみに「A地区」は行政権、警察権ともパレスチナ自治政府にあって、ヨルダン川西岸地区の約17%、「B地区」は行政権がパレスチナ、警察権がイスラエルで約24%となっています。
イスラエルが警察権を握るB地区・C地区には、恒常的にイスラエル軍が駐留していますが、イスラエル軍はA地区にも自由に侵攻することができます。
「西岸地区」の東半分のヨルダン渓谷地域一帯はすべて「C地区」となっていますが、西側についても、A,B地区を寸断する網の目状に「C地区」が設定されています。
更に、西側のイスラエルと西岸地区の境界には「分離壁」(上記図の赤いライン)が建設されていますが、問題なのはその多くが、境界ではなく、西岸地区内部を侵食するように建設されていることです。
****アパルトヘイト・ウォールとは****
・・・・肥沃な土地を奪う、水資源を奪う、パレスチナの町と町を分断する、町を分断することで文化・教育・経済などパレスチナ人のあらゆる生活を破壊する、町と町を分断するどころか町や村の中に壁を作り一方をイスラエル側にしてしまうことでそこに暮らす住民を追放する、住居と農地の間を壁で遮断することで農業を破壊する、パレスチナ人の土地を囲い込むことでパレスチナ人の人口が増えることを抑制する、単に領土を拡大するなどなど、様々な場所で様々な目的を持つ壁が建設されている。
イスラエルは、この壁を「セキュリティ・フェンス」と名付けている。
壁建設の中止と徹去を求める国連決議(2003年10月21日)や国際司法裁判所の勧告(2004年7月9日)が出された後も、イスラエルはアメリカの保護のもと、それらをあっさりと無視し壁建設を続けている。【「パレスチナ情報センタイー」http://palestine-heiwa.org/wall/wall.html】
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また、“西岸地区は、アパルトヘイト・ウォールや入植地の存在以外にもイスラエル人専用道路や検問所や道路封鎖によって、ずたずたに分断されている。”【同上】とも。
【日本政府主導でパレスチナ経済自立支援のための閣僚級会合 イスラエル・パレスチナ双方が対話の席へ】
長くなりましたがここまでは前置きで、本題に入ると、上記西岸地区の東半分を占める「C地区」の真ん中に、島のようにパレスチナ人に使用が許された「エリコ地区」があります。
「C地区」に囲まれた状態で、どのように人・物資移動がなされているのかは知りません。
このエリコには、日本政府支援の農産加工団地が建設されています。“団地の最大の強みは、ヨルダン国境のアレンビー橋まで車で15分という地の利だ。イスラエル軍による通行止めが少なく、安定的な物流を確保しやすい。”【1月6日 毎日】とも。
****日本支援の加工団地、パレスチナで操業 ヨルダン川西岸****
日本が支援し、パレスチナ経済の発展を目指すヨルダン川西岸エリコの「農産加工団地」で、地元企業の操業が始まった。団地内の工場などが8日、報道陣などに公開された。「輸出入の玄関」であるヨルダン国境に近く、湾岸諸国などに販路を広げる狙いがある。
団地の開発は、日本とパレスチナ自治政府、イスラエル、ヨルダンが協力し、パレスチナ経済の発展を目指す日本主導の「平和と繁栄の回廊」構想の中核事業。総面積約112ヘクタール(東京ドーム24個分)の敷地で、工場の建設が進む。
第1号は、地元産のオリーブの葉を使ったサプリメントなどを生産するパロレア社。昨年11月に操業を開始し、今月中にも販売を始める。ハイサム・カヤリ社長(35)は「日本市場も視野に入れている」と語る。
梱包(こんぽう)材を製造するFMH社は1月から工場を稼働させ、販売も開始。マネジャーのムスタファ・ムレタットさん(32)は「インフラが整っており、経済的な優遇措置もある」と話す。
さらに、オリーブせっけんを伝統的な製法でつくる会社や、地元産の水を使ったミネラルウォーター工場が4月に稼働予定だ。
経済基盤が弱く、高失業率にあえぐパレスチナは、経済的な自立が長年の課題だ。オウデ国民経済相によると、39社が入居契約を結び、年内に10社以上が操業を始める見込み。団地全体が稼働すれば、7千人の雇用を生むとの推計もある。
日本政府は、ヨルダン川西岸とガザでパレスチナ人の暫定自治が始まった1993年以降、17億ドル(約1900億円)の支援をしてきた。06年に構想が始まった団地建設には約2千万ドル(約23億円)を拠出した。【2月12日 朝日】
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このように、日本政府は中東パレスチナ支援事業を行ってきています。
その延長線上で、日本政府がイスラエル、パレスチナ自治政府、さらにヨルダンの閣僚をエリコに招き閣僚級会合を開催したとのことです。
****<中東和平>2年ぶり閣僚級会合 農業支援日本の仲介で****
中東を歴訪中の薗浦健太郎副外相は7日、ヨルダン川西岸パレスチナ自治区エリコにイスラエル、パレスチナ自治政府、ヨルダンの閣僚を招き、パレスチナ経済自立支援のための閣僚級会合を開催した。
4者は、日本などの支援で昨年11月に操業開始した「エリコ農産加工団地」(JAIP)拡充に向けた協力を加速させる方針で一致した。
米国仲介の中東和平交渉が2014年春に頓挫して以降、イスラエルとパレスチナの閣僚級が他国の仲介で直接協議に応じた例は確認されておらず、今回が初めて。
JAIPは06年に日本が提案した「平和と繁栄の回廊」構想中核プロジェクトで、既に37社が入居契約を完了し、稼働中の2社の収益が増加傾向にあるなど、好調な滑り出しをみせている。
会合にはハネグビ・イスラエル首相府担当相、シェイク・パレスチナ自治政府民政相、ハラブシェ・ヨルダン計画・国際協力省次官が出席。
冒頭、シェイク氏は「あらゆるプロジェクトには電気や水の適切な供給が必要だ」と語り、JAIP繁栄には占領者イスラエルの積極的協力が不可欠だと訴えた。ハネグビ氏は、4者によるJAIP支援は「イスラエル自身の利益にかなう」と指摘。パレスチナの経済安定化が自国の利益にも資するとの考えを示した。
議長の薗浦氏は会合後の共同会見で、「(4者間の)こうした積み重ねは、互いの信頼醸成と政治プロセスの進展に必ずや貢献すると信じる」と述べた。
議長総括(骨子)によると、4者は「JAIP事業のさらなる発展のため、適切な時期に高い政治レベルでの会合を開催する重要性」を確認した。
「高い政治レベル」とは首脳会談との趣旨で、実現すれば、パレスチナ経済支援に協力して取り組むことで相互の信頼を醸成し、政治レベルでの和平交渉を側面支援する日本独特の外交手法の成功例になる。
インフラ整備がほぼ完了した第1期工事に続き、4者は第2期工事(約50ヘクタール)に向けた協議の開始で合意。占領者イスラエルの許可などが必要となる水や電気、専用道路の安定的確保の重要性でも一致した。【9月7日 毎日】
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こうした4者会合が成立した背景には、パレスチナ経済の悪化が治安の不安定化につながることへのイスラエル側の懸念もあるようです。
****日本、双方との良好な関係を生かす****
「平和と繁栄の回廊」構想協議のため、前回の4者会合が開催されたのは13年7月。当時は米国の仲介で双方が交渉再開に基本合意するなど和平プロセスが進展を見せていた。
だが14年春、交渉は決裂。14年夏にはイスラエルと、パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスによる戦闘が約50日間続いた。
昨年春のイスラエル総選挙では、「史上最右派政権」ともいわれる第4次ネタニヤフ政権が発足。昨年秋にはパレスチナ人の若者らによるイスラエル人襲撃事件が頻発し、政治的対話は事実上、断絶状態にあった。
事態打開のためフランスが今年初めごろから国際和平会議の開催を提案するなど、国際社会の努力もあったが具体的な進展はない。
そうした中で実現した4者会合。背景には、日本が最近、イスラエルとはビジネス分野、パレスチナとは経済支援やアッバス自治政府議長訪日を通じ、それぞれ良好な関係を築いている状況がある。
加えてイスラエル側には、パレスチナ経済の悪化が治安の不安定化につながることへの懸念も強い。会合に出席したハネグビ氏はネタニヤフ首相の側近で、現在の閣僚中4人しかいないとされる「和平推進派」の一人。こうした人選からも、イスラエル側の「前向きさ」がうかがえる。
一方、パレスチナは10月初めに地方選挙を控え、イスラエルとの直接協議には当初、慎重姿勢も見られたようだ。だが占領で低迷する経済の閉塞(へいそく)状況打開は、内政安定化にも通じる。
アッバス議長は「日本ブランド」として地元企業の信頼を集めるJAIPの将来性や雇用創出に期待を込め、側近のシェイク氏参加を決めた模様だ。【同上】
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アメリカが“手を引いた”後のパレスチナ和平については、上記のようにフランスが仲介の姿勢を見せていますが、ロシア・プーチン大統領も乗り出す意向を示しています。
****中東和平協議のモスクワ開催案、イスラエル首相が検討****
イスラエルの首相府は5日、中東和平に向けたネタニヤフ首相とパレスチナ自治政府のアッバス議長との直接協議をモスクワで開催するとのロシアのプーチン大統領の提案を、ネタニヤフ氏が検討していると明らかにした。
ネタニヤフ氏とロシアのボグダノフ外務次官(中東担当)との会談後、首相府は「首相はいつでも前提条件なしで会う準備がある」とした。一方、パレスチナ自治政府側の高官はロシアの提案を受け入れる考えを示しているが、入植地建設の凍結などを引き続き求めている模様だ。
米主導の中東和平交渉は2014年に頓挫し、フランスが年内にも両当事者を入れた国際会議の開催を目指している。【9月6日 朝日】
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もちろん、国際社会への影響力はアメリカやフランス・ロシアと日本では比較になりませんが、イスラエルとパレスチナの和平交渉再開のめどが立たない中、双方が対話の席に着くのは異例とされる前出のような4者会合が行われるというのは、「こうした積み重ねは、互いの信頼醸成と政治プロセスの進展にも必ずや貢献する」(薗浦健太郎外務副大臣)ものでしょう。