孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

パレスチナ問題 型破りなトランプ米大統領の登場で、自治政府・イスラエル双方に交錯する期待と不安

2017-05-05 23:16:44 | パレスチナ

(5月3日に会談したトランプ米大統領とアッバス議長 【5月5日 時事】)

【「2国家共存」を否定したわけではなく、判断を留保したトランプ米大統領
オバマ米前政権時代の2014年4月にイスラエルによる入植活動が壁となりパレスチナ和平交渉が頓挫して以来、イスラエルによる入植活動拡大によって「1国家化」がなし崩し的に進行するという現実の一方で、パレスチナ自治政府及びアメリカを含む国際社会がパレスチナ問題解決の基本的枠組みとしてきた「2国家共存」は殆ど顧みられることはありませんでした。

そうした状況にあって、周知のように、トランプ米大統領は2月15日、「二国家でも一国家でも、当事者同士が満足であれば私はどちらでもいい」と発言、「2国家共存」という基本的枠組みを親イスラエルの立場から放棄するのか・・・とも懸念され、大きな話題ともなりました。

国際的“大反響”もあってか、2月23日には、パレスチナ国家を樹立しイスラエルとの共生を目指す「2国家共存」が好ましいと、その発言を修正しています。ただ、2国家共存を目指すかどうかはイスラエルとパレスチナに委ねるとの考えも示しています。

****中東和平交渉は後退するのか──トランプ発言が意味するもの****
<親イスラエルとみられているトランプ大統領のもと、イスラエル・パレスチナ紛争はイスラエルに有利な方向に向けて、本当に動き出すのか。これまでの流れを踏まえ、考える>

「二国家でも一国家でも、当事者同士が満足であれば私はどちらでもいい」――2月15日の共同記者会見で発表されたネタニヤフ首相の初訪米でのトランプ発言は、予想外の展開として大きな注目を集めた。これまでの歴代アメリカ政権が支持してきた、パレスチナとイスラエルの二国家共存、すなわち二国家解決が、今後は交渉の前提とはされないとの立場が示されたからだ。

他の政策におけるトランプ大統領自身の強硬姿勢とあいまって、この発言はオバマ政権時代からの転換姿勢を示し、中東和平の後退につながるのでは、との懸念が示されている。

親イスラエルとみられているトランプ大統領のもと、イスラエル・パレスチナ紛争はイスラエルに有利な方向に向けて、本当に動き出すのか。これまでの流れを踏まえ、考えてみたい。

規定路線としての「二国家解決」
アメリカのみならず、国際社会もまた二国家解決を中東和平交渉の原則とみなしてきた。

会見の後、国連のグテーレス事務総長は、訪問先のカイロで会見し「パレスチナ人とイスラエル人の状況には二国家解決しかなく、他に代替案はない」と述べた。

エジプトのスィースィー大統領とヨルダンのアブドゥッラー国王もまた、二国家解決が望ましいとの立場を改めて表明している。これらは外交の規定路線が、今後は踏襲されない可能性に対する懸念とみることができるだろう。

だがその心配は、まだ杞憂ともいえるかもしれない。トランプ大統領の発言をよく確認すると、二国家解決を支持するとも支持しないとも、どちらの立場も明確には示されていないからだ。

積極的に二国家解決を否定したとはいえず、入植地問題と同様、判断は留保されたとみるのが妥当だろう。アメリカの中東政策が大きく変化した、とはまだ判断できない。(中略)

重要なのは、この二国家解決を前提とした枠組み自体が、パレスチナ政治の中でファタハ政権の正統性の裏づけとなっているという点だ。

二国家という前提は、イスラエルに対する和平交渉の相手方をパレスチナ側に必要とした。
任期がとうに切れ、ファタハ内部でも支持を失っているアッバース大統領がまだその地位を維持できるのは、オスロ合意でその役割を引き受けたファタハの代表として、国際社会とイスラエルが彼をまだ必要としているからに他ならない。

イスラエルとの対話を拒否するハマースでは、交渉の相手方とならないからだ。

「二国家解決」を否定する動き
しかし現実は、理想とされた二国家解決とは別の方向にすでに進行してしまっている。

パレスチナ自治区の一部を構成するヨルダン川西岸地区内には131箇所の入植地、97箇所の非合法アウトポストが存在し、入植者人口は38万人を超える。これに係争地である東エルサレムの入植者人口を合わせると60万人近いユダヤ人が、イスラエル国家の領土と称してパレスチナ自治区内に住んでいることになる。

イスラエル側が行政権、警察権をともに握る自治区内のC地区は、ヨルダン川西岸地区の59%を占める。出稼ぎや物流を含め、パレスチナ自治区の経済はイスラエル経済に完全に依存した状態にある。

こうした状態を指してPLO事務局長のサーエブ・エリーカートは、1月末のCNNのインタビューで、占領によりパレスチナでは既に「一国家の現実」が存在していると指摘していた。これはパレスチナ側にすでに広く流布した共通認識といえるだろう。

昨年12月にパレスチナ政策研究所(PSR)らが実施した合同世論調査で、二国家解決を支持するパレスチナ人の割合は44%と、既に半数を切っている。

イスラエル側でも、二国家解決を否定する声が強まっている。こちらはむしろ、政策的に積極的な意味で、パレスチナ国家の樹立を拒否する立場からだ。渡米前、ネタニヤフ首相は直前まで、トランプ大統領との会談での協議内容について閣内での議論を続けた。

なかでも右派政党「ユダヤの家」党首ナフタリ・ベネットは強固に「二国家」に反対し、会談で「パレスチナ国家」に言及しないことを求めた。彼は同じ党のアイェレト・シャケッド法相とともに、トランプ当選後は二国家解決路線を終わらせる好機だと捉え、ネタニヤフ首相に対パレスチナ政策の再考を求めてきた。

それまで強硬派とみられてきたアヴィグドール・リーバーマン国防相ですら条件付で二国家解決の受入を表明し始めていたのとは対照的な動きだ。

今回のトランプ・ネタニヤフ会談は、こうしたベネットをはじめとするイスラエル国内右派にとっては意味の大きな展開だったといえよう。

だが今後の具体的な方向性は、まだ示されてはいない。二国家解決というタガが外され、今後の交渉の道筋がオープンエンドになったと捉えるとしても、その将来像は不透明なままだ。

その不安が、今回のトランプ発言に対して敏感な反応を、諸方面で巻き起こしたとみることもできるだろう。【3月9日 錦田愛子氏 Newsweek】
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改めて「2国家共存」を求める中東諸国
パレスチナ自治政府や中東関係国に大きな不安をもたらしたトランプ発言ですが、結果的には、シリアやISの問題もあって世界の関心が薄れていたパレスチナ問題及びその解決策としての「2国家共存」という枠組みに対する国際社会の関心を改めて呼び覚ましたという側面もあるように思えます。

イスラエルにとっても、おいしいところだけつまみ食いするような現状ではなく、本格的に「1国家」ということでパレスチナ全土をイスラエルに吸収すると、イスラエル領内のパレスチナ人が増加し、イスラエルは「ユダヤ人国家」であるとするイスラエルの基本的立場を危うくするという矛盾に直面することになります。

保守強硬派とも評されるネタニヤフ首相自身が、なんだかんだ言いつつも、「2国家共存」を前提にした和平交渉に携わってきたのは、そうしたイスラエル側の事情があるからにほかなりません。
(2月23日ブログ“イスラエルに「2国家共存」以外の道があるのか? トランプ大統領の「こだわらない」発言の背景”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20170223

中東社会は、トランプ発言を受けて、改めて「2国家共存」を目指す考えを表明しています。パレスチナ問題解決への本気度は疑問ですが。

****アラブ連盟、パレスチナ国家樹立を新たに呼び掛け****
アラブ連盟は29日、ヨルダンの死海沿岸で首脳会議を開き、中東和平の実現に向け、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」を目指す考えを再確認した。

会議後に共同声明を発表し、「2国家共存」を前提とした和平協議の再開を呼び掛け、イスラエルにアラブの占領地から撤退し、パレスチナ難民問題の解決を求めた2002年の「和平」提案を新たにした。(後略)【3月30日 ロイター】
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ハマス:対イスラエル軟化の新方針
これまでの「2国家共存」を前提とした和平交渉が進まなかった背景には、ユダヤ人入植活動をやめないイスラエルの交渉への消極姿勢(イスラエルにとっては、交渉が本格化するより、和平合意がないなかで都合のいいように現状を蚕食していくという状態が一番望ましいのでしょう)のほか、パレスチナ側には、ファタハが主導する交渉の当事者たるパレスチナ自治政府と、「ユダヤ人殲滅」を掲げてイスラエルの存在を認めない強硬派ハマス(ガザ地区を実効支配)の対立という足並みの乱れがありました。

ハマスはこれまで、イスラエル領を含む「全パレスチナ」の解放を掲げてきました。

イスラエルの圧倒的軍事力の前では、ハマスの主張は現実とはかけ離れたものではありますが、パレスチナ人側にとっての“あるべき論”として一定の支持があり、パレスチナ自治政府・ファタハ批判の根底をなしていました。

5月1日、その強硬派ハマスの指導者マシャル氏がカタールで、イスラエルとの対決姿勢を軟化させ、1967年の第3次中東戦争以前の停戦ラインを「国境」とするパレスチナ国家建国を初めて認めるという、新たな指針を発表しました。

****ハマスが「国境」新指針 対外関係改善狙いか****
パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスは1日、新たな指針を発表し、1967年の第3次中東戦争以前の停戦ラインを「国境」とするパレスチナ国家建国を初めて認めた。ただし、イスラエルを国家としては承認していない。

新指針は、「ユダヤ人殲滅(せんめつ)」を掲げる1988年の「ハマス憲章」以来のもの。ハマスが闘う相手はユダヤ人ではなく、「占領を続けるシオニストの侵略者」だとしている。ハマスはこれによって、柔軟姿勢をアピールする考えだとみられている。

ハマスのスポークスマン、ファウジ・バルフム氏は、「指針は外の世界とつながる機会を提供する」と述べた。「世界への我々のメッセージは、ハマスは過激でなく、現実的で開明的な運動だということ。我々はユダヤ人を憎んでいない。我々が闘っているのは我々の土地を占領し、我々の人民を殺す者たちだ」。

イスラエルをはじめ、米国や欧州連合(EU)、英国など主要国は、ハマス全体もしくは軍事部門をテロ集団と認定している。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相のデイビッド・キーズ報道官は、ハマスが「世界をだまそうとしているが成功しない」と語った。「彼らはテロ目的のトンネルを掘り、数多くのミサイルをイスラエル市民に向けて打ち込んでいる。これが本当のハマスだ」。

「ハマス憲章」とは対照的に新指針では、イスラム主義組織「ムスリム同胞団」を親組織として書いていない。エジプト政府はムスリム同胞団をテロ組織と見なしており、活動を禁止している。

アナリストらは、ハマスが対外関係の改善を狙って新指針を打ち出したと指摘。エジプトだけでなく、同じくムスリム同胞団の活動を禁止する湾岸諸国との関係も良くしようとしているとの見方を示した。

ガザ地区と隣り合うイスラエルとエジプトは、同地区からの戦闘員の流入を止める目的で過去10年にわたって境界線を閉鎖している。

このためガザの経済活動は大きな打撃を受けており、約190万人の住民の生活は困窮している。
今年に入りハマスのナンバー2、イスマイル・ハニヤ氏がエジプトの首都カイロを訪問し、両者の関係は改善し始めている。【5月2日 BBC】
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紛争については、ユダヤ人全体に対する宗教戦争ではなく、パレスチナを占領するユダヤ人との戦いだと規定しています。

ハマスが実効支配するガザ地区は、イスラエルに包囲され、エジプトとの境界も閉鎖され、“天井のない監獄”とも言われ状況で住民生活は困窮しています。

そうした不満が膨らむ中で、いつまでも実現不可能な目標を掲げているだけでは住民支持が得られない・・・・ということで、エジプトなど関係国の関係改善を図り、国際的孤立から抜け出そうという意図でしょうか。

ただ、おそらくハマス内部には、こうした方針転換を快く思わない強硬派も多数存在することが推測されます。

ハマスは新指針が1988年の「ハマス憲章」に取って代わるものではないとしています。この点については、ハマス内部の強硬派の支持を得るためという見方もあるようです。

ハマスと同じようにイスラエルとの対決姿勢をとってきた(実際、イスラエルと戦火を交えています)レバノンのヒズボラは、今回のハマス新方針を厳しく批判しています。

ハマスと対立する形で自治政府を主導してきたファタハは、更に辛辣です。
ファタハの報道官は「ハマスの新方針は、1988年にファタハがとった政策と同じである。ファタハの政策に対し、ハマスは30年間わたり我々ファタハを裏切り者と攻め続け、謝罪を要求してきた。したがって今、ハマスはファタハに謝罪すべきである。」といった趣旨の発言をしています。【5月2日 「THE TIMES OF ISRAEL」より】

ハマスとファタハの関係がこれで改善するのか、和平交渉に向けて足並みがそろうのか・・・よくわかりません。

「世界をだまそうとしている」というイスラエル側の反応は上記記事のとおり。
これまで和平交渉の枠外にあったハマスが、1967年の第3次中東戦争以前の停戦ラインを「国境」とするパレスチナ国家建国を認めるということで、何らかの形で交渉に関与してくることはイスラエルにとっては望ましい話ではないでしょう。

ハマス新方針の公表時期については、“ハマスとライバル関係にあり、ヨルダン川西岸に拠点を置く主要組織ファタハを率いるアッバス・パレスチナ自治政府議長は3日、ワシントンでトランプ米大統領と会談する予定。トランプ氏はイスラエルとパレスチナの和平交渉再開の仲介に意欲を示し、今月中にもイスラエルを訪問する予定と報じられている。ハマスの新政策はこの会談を意識した可能性もある。”【5月2日 朝日】とも指摘されています。

トランプ米大統領「仲介者に喜んでなる」 当事者に交錯する期待と不安
アッバス・パレスチナ自治政府議長は、「トランプ米大統領の支援を受けて、イスラエルのネタニヤフ首相とワシントンでいつでも会談する用意がある」との意向を明らかにして、トランプ政権の仲介による中東和平の実現に期待を示していました。【3月29日 朝日より】

5月3日、そのアッバス・パレスチナ自治政府議長とトランプ米大統領の会談が行われました。

****<トランプ大統領>中東和平仲介に意欲 アッバス議長と会談****
トランプ米大統領とパレスチナ自治政府のアッバス議長は3日、ホワイトハウスで初会談した。

その後、発表した共同声明で、トランプ氏はイスラエル、パレスチナの和平交渉の「仲介者に喜んでなる」と強調。交渉は「最も困難」と言われてきたが「それが間違いだと証明できるかやってみよう」と語り、中東和平交渉の仲介に意欲を示した。

アッバス氏は、トランプ氏の「素晴らしい交渉能力のもと、実現できると信じる」と話し、交渉再開に強い期待を示した。
 
一方、両首脳は具体的な交渉日程や方式には言及しなかった。
 
トランプ氏は今月25日にブリュッセルで北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に出席する。イスラエルメディアは、トランプ氏がこの前後のイスラエル訪問を検討していると報じた。実現すれば、2014年春に頓挫した和平交渉の再開につながる可能性もある。
 
イスラエルのネタニヤフ首相は4日「トランプ大統領と和平前進の最善策を協議するのを楽しみにしている」と語った。
 
声明でトランプ氏は、アッバス氏が、1993年にイスラエルとの間で交わされたパレスチナ国家樹立を目指す「パレスチナ暫定自治合意(オスロ合意)」で重要な役割を果たしたと称賛。「最後の最も重要な和平合意」に署名できるよう支援したいと語った。
 
トランプ氏は、中東和平の実現は過激派組織「イスラム国」(IS)などとの「テロとの戦い」にも資すると指摘した。米国は過激派対策などで、ヨルダンやサウジアラビアなど中東和平推進を求めるアラブ諸国との連携が欠かせない。パレスチナも諜報(ちょうほう)活動などで協力しており、トランプ氏は「中東対テロ包囲網」の拡大にも期待感を示した。
 
一方、暴力を扇動するようなパレスチナ指導者の言葉は「和平に反する」として自制を求めた。イスラエルの意向を反映した形だ。
 
アッバス氏は、和平への要件を改めて主張した。具体的には、パレスチナ国家建設によるイスラエルとの2国家共存▽国境線は67年の第3次中東戦争でイスラエルが占領・併合を拡大する前の境界が基準▽首都は東エルサレム−−などを要請した。【5月4日 毎日】
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親イスラエルとされるトランプ政権に対し、パレスチナ自治政府側も入念に下準備・根回しをしての会談でした。

“互いを称賛しつつ、笑顔にはぎこちなさも漂った。テロ対策でアラブ諸国との連携を強化したいが、和平仲介の失敗は避けたいトランプ政権。交渉を再開したいアッバス氏。両者の予想外の接近に焦るイスラエル。それぞれの期待と不安が交錯している。”【5月4日 朝日】

“3月10日、就任から2カ月近くを経てようやくトランプ氏から初めて電話をもらったアッバス氏は、通話中に「3度も(ホワイトハウスに)招かれた」と感激した様子で側近に語ったという。”“アッバス氏は「あなたとなら、希望を持てる」と声明の一部を英語で伝えるなど称賛の言葉を並べた”【同上】

“3月30日に開催した安全保障閣僚会議で入植地拡大の自主規制方針をまとめた。ネタニヤフ氏は席上、トランプ政権は「非常に友好的で、彼の(入植地抑制を求める)要望は考慮しなくてはならない」と強調。イスラエルが米国の和平仲介努力の「妨げ」になっているかのように見られないようにしなければならないと語ったという。オバマ前政権時代には見られなかった抑制的な対応だ。”【同上】

和平交渉に向けての具体策は何も示されてはいませんが、パレスチナ問題にさほどの関心を持っているとも思われていなかった型破りなトランプ大統領の登場で、パレスチナ・イスラエル双方に奇妙なほどに“期待と不安が交錯している”状況です。
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