
(笑顔で1票を投じる有権者=テヘランの投票所で2017年5月19日、AP【5月20日 毎日】 前髪を大きく出したスカーフの被り方からして、ロウハニ支持者と思われます。)

(投票の順番を待つイラン人女性ら=イラン中部コムで19日、AP【5月20日 毎日】 保守強硬派の牙城コムの様相は首都テヘランとは全く異なります。)
【ロウハニ再選で、国際協調路線が“当面”継続】
注目されたイラン大統領選挙は周知のように、19日の第1回投票で保守穏健派で現職のロハニ大統領が過半数を制して、保守強硬派の一本化候補ライシ前検事総長を退ける結果となりました。
****現職のロハニ師が当選 イラン大統領選****
イラン大統領選は20日、開票が行われ、対外融和路線を掲げる保守穏健派で現職のロハニ大統領(68)の当選が決まった。
反米を基調とする保守強硬派のライシ前検事総長(56)との事実上の一騎打ちだったが、イランが核兵器開発を制限し、国際社会は制裁を解除する核合意を堅持し、外資を呼び込んで経済発展を目指すロハニ師の基本政策が信任された形だ。
今回の大統領選には4人が立候補。イラン内務省の同日午後2時(日本時間同6時半時)の最終発表によると、ロハニ師は約2355万票で得票率約57%。ライシ師は約1579万票で得票率約39%。ロハニ師の得票は有効投票の過半数となった。投票率は73・1で、前回2013年の72・7%より高かった。
再選を目指すロハニ師は、2015年7月にイランが欧米などと結んだ核合意に基づく制裁解除と、インフレ率低下などの経済成長を実績として強調し、当初は優勢とみられていた。
ところが、保守強硬派のもう1人の有力候補だったガリバフ・テヘラン市長(55)が15日に撤退し、ライシ師への一本化に成功。ライシ師は「核合意は現金を受け取ることのできない小切手」などと市民が景気回復を実感できないことに焦点を絞ってロハニ政権を批判して追い上げたが、ロハニ師が振り切った。
ロハニ師は、欧米と対決姿勢を強め国際社会から孤立し、欧米からの制裁で経済が疲弊したアフマディネジャド前政権からの決別を訴え、13年に初当選した。【5月20日 朝日】
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“ライシ師が勝利すれば、イランと米国や周辺の中東諸国との対立が激化すると懸念されていたが、ロウハニ師の勝利で、国際協調路線が当面継続することになる。”【5月20日 毎日】
“ロウハニ政権は2015年、欧米など6カ国と核合意を締結するなど対外融和路線を取っており、イラン外交は当面、従来の方針を継続する公算が大きくなった。”【5月20日 産経】
今回選挙結果は、ロウハニ大統領の対外協調路線への支持という側面のほか、保守強硬派につきまとう社会規制強化への反発、ようやく手にしかかっている“自由”が再び奪われることへの不安もあったと思われます。(そのあたりの分析はこれから報じられると思われます。)
ロウハニ政権の今後については内外ともに問題は多々ありますが、イランに反米的な強硬派政権が誕生し、イラン嫌いのアメリカ・トランプ政権が互いにけん制・挑発しあう形で、核合意破棄・中東情勢緊張といったところへ突き進むシナリオは“当面はひとまず”回避されたということで、個人的には安堵しています。(決選投票となると、サウジアラビア訪問中のトランプ大統領の言動にも左右されることになります)
【国内には現状不満層も】
グローバリズムの流れに乗れず生活が困窮し、“自分たちの声が政治に反映されていない”と既存政治への不満を強める階層は各国に存在し、イギリスEU離脱、アメリカトランプ政権誕生、欧州極右・ポピュリズムの台頭・・・といった最近の政治現象の背景となっていますが、イランも同様で、核合意による制裁解除、それによる経済成長とは言いつつも、そうした流れに取り残された人々の不満は小さくありません。
****<イラン大統領選>黒いチャドル姿も ライシ師支持者集会****
◇保守強硬派の事実上の統一候補、ハメネイ師後継者とも
・・・・・「国を開いたロウハニよ、恥を知れ」「ロウハニは今週でサヨナラだ」。16日夕、テヘラン中心部で開かれたライシ師の演説会場のモスク(イスラム礼拝所)前で、「反ロウハニ」を訴える市民の声が響いた。
欧米など主要6カ国と、核開発を制限する代わりに経済制裁を解除させる核合意を結び対外融和路線を歩むロウハニ師は、国内では「制裁解除後も経済が好転しない」との批判を受ける。
会場には女性の姿も目立つ。首都テヘランでは頭部のみを覆うヘジャブをかぶるだけの女性も多いが、集会で目にした女性は大半が全身を覆う黒いチャドル姿。
イスラムの伝統に忠実な支持者が多い印象だ。チャドル姿の大学生の女性(21)は「この数年間、男女が公然と路上で体を寄せ合う姿が増えた。おかしくなったイラン社会を元の厳格な姿に戻してくれるライシ師を選ぶ」と話した。
演説が始まった。保守強硬派の一本化のため15日に選挙戦撤退を表明し、ライシ師支持に回ったガリバフ・テヘラン市長が「現状を変えよう」と声を張り上げた。
その後のライシ師の演説は対照的だった。「この数年で1万7000の店舗が閉鎖に追い込まれた。今こそ、毎年100万人の雇用増が必要だ」。聴衆に静かに語りかけるように話を始め、安全保障に話題を移した際にボルテージを上げ、抑揚をつける。「今、軍事力を弱める国はない。誰もがミサイルを作る時代だ。国防力の強化を約束する!」
歓声が最高潮に達した時、携帯電話の待ち受け画面をライシ師にしていた近くの中年男性が肩を震わせて泣いていた。「日本や欧米はどうせロウハニに好意的なんだろう。でも現状は違う。外資導入が進み、多くの工場がつぶれた。国を開いたらこうなるんだ」。男性はそう話した。(後略)【5月17日 毎日】
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“おかしくなったイラン社会”云々の女子大学生の話は、流入する移民による自国文化の変容を危惧する欧米社会の移民受入れに批判的な層の意見ともダブりますが、最後の中年男性の訴えなどは、トランプ大統領を支持した“ラストベルト”の労働者や、ルペン氏を支持したフランス労働者の声とそっくり同じものに思えます。
“厳格なイラン社会”には賛同しませんが、経済制裁効果がいまだ不十分で生活が好転せず、外資導入によっても生活が圧迫される階層の声にも配慮していく必要があります。
もっとも、多くの工場がつぶれるほど外資導入が進んだのかは疑問もあります。工場がつぶれた原因は外資だけではないのかも・・・。
外資導入はむしろ十分には進んでおらず、その原因はアメリカの制裁堅持姿勢もありますが、国内的には経済各分野で大きな利権を有している革命防衛隊のような“既得権益層”の抵抗があるように思われます。
核合意による経済効果を確実なものにしていくうえでは、そうした既得権益層との政治闘争が大きなポイントになるでしょう。そのうえで、経済構造の転換で不可避的に生じる不利益層をすみやかに吸収・救済できるような産業対策が必要になります。
選挙最終盤になってロウハニ大統領は、補助金支給が停止されていた中間層への補助金支給を再開して、その支持を得る作戦に出たようですが、そうした“バラマキ”は財政悪化を深刻化させるだけでしょう。
【ミサイル開発追加制裁や対イラン包囲網形成でイランを追い込むアメリカ】
対外関係はアメリカ・トランプ政権の出方に大きく影響されます。
選挙直前にトランプ政権は、2015年の「イラン核合意」に基づき効力を停止した対イラン経済制裁について「引き続き制裁を差し控える」と発表し、制裁を再開しないことを明らかにしましたが、ミサイル開発計画に関与したとして追加制裁も発表して圧力を緩めていません。
****トランプ政権、イラン制裁解除を維持 ミサイル開発では追加制裁****
米政府は17日、2015年の核合意に基づく対イラン経済制裁の解除を維持する方針を発表した。イラン大統領選の投票日を2日後に控え、ドナルド・トランプ政権は国際的な合意を順守する姿勢を示した。
対イラン経済制裁は、2015年に欧米など6か国との間で最終合意に達した「イラン核合意」に基づき、イランが核開発を厳しく制限する見返りにバラク・オバマ前政権下で解除された。
しかし、トランプ大統領は合意条件の見直しを要求。今週、政権発足後初となる一部制裁の解除見直し期限が迫る中、米国が一方的に核合意を離脱する懸念が高まっていた。
国務省は17日、制裁停止を継続すると決定した。ただ、イランに対する厳しい姿勢は崩しておらず、禁止されているミサイル開発計画に関与したとして複数のイラン国防当局者と中国企業などに対する新たな追加制裁を同時に発表した。
米当局者らはまた、イランの人権侵害には引き続き圧力をかけ、悪名高いイラン国内の刑務所に収監されている米国人の釈放も求めていくと言明した。【5月18日 AFP】
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また、トランプ大統領が現在訪問中のサウジアラビアを主軸とするイラン包囲網の形成を図っています。
****<米国>サウジと55兆円取引へ 対イラン包囲網を形成****
トランプ米政権は17日、弾道ミサイル開発を続けるイランに追加制裁措置を科すと発表する一方、サウジアラビアが米国と総額5000億ドル(約55兆円)の巨額取引を結ぶことを明らかにした。
今年1月の大統領就任後、初めての海外歴訪となるサウジ訪問を前に、中東湾岸諸国との対イラン包囲網形成を鮮明に打ち出し、19日に投票を控えるイラン大統領選を揺さぶる狙いがある。
ホワイトハウス高官は17日の外国特派員向けの記者会見で、オバマ前政権が「伝統的な友好国との関係を後退させていた」と批判したうえで、今回のサウジ訪問を機に、イランの勢力拡大を警戒するサウジなど湾岸中東諸国をはじめとする親米国との関係修復に努めると強調した。サウジはこれに呼応して米国の雇用創出のため2000億ドルを投資するほか、米国製武器購入に3000億ドルを投じる。(後略)【5月18日 毎日】
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対イラン包囲網形成やミサイル開発追加制裁で“イラン大統領選を揺さぶる”というのは、要するにアメリカ議会・トランプ政権としてはイランに反米政権が成立して、両国関係が緊張し、制裁解除を破棄しやすい環境が整うことを願っているという話にもなります。
対決を望み、対立状態にあって存在価値が発揮される、真逆の敵対する強硬派同士の利害が一致するというのはよくあるケースです。
“米議会強硬派の狙いはイランを追い込み、イラン側から合意を破棄するような状況を作ろうとしているのでしょう。”【5月19日 WEDGE】 こうした対立・緊張を煽る勢力の存在には困ったものです。
イラン包囲網については、サウジアラビアを軸とした“中東版NATO”の構想もあるように報じられています。
****【トランプ政権】サウジで「中東版NATO」構想を発表へ トランプ大統領、サウジ主導の地域秩序を後押し****
米ホワイトハウス高官は17日、トランプ大統領が初外遊先のサウジアラビアで21日、「北大西洋条約機構(NATO)の中東版」となる、地域の多国間安全保障の枠組みを構築していく構想を発表すると明らかにした。
トランプ氏はサウジのサルマン国王との共催で、同国の首都リヤドにイスラム人口の多い54カ国の代表を招いて国際会合を開き、構想について説明する。イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の掃討が完了し次第、実現に向け動き出すとしている。
同高官は「サウジは地域の盟主となり、ISとの戦いを率い、イランの脅威への対処で各国を束ねることを望んでいる」と述べ、将来の「中東版NATO」構想がサウジ主導で進められる見通しを示唆した。
トランプ氏が初外遊先としてサウジを選んだのは、サウジが敵視するイランとの関係構築に動いたオバマ前政権の中東政策との決別を打ち出す狙いがある。
トランプ政権は特に、イランが2015年に米欧と核開発の制限で合意したにも関わらず核武装の意思を捨てていないとみる。実際、米政府は17日、イラン核合意に基づく対イラン制裁の解除を当面維持する方針を明らかにする一方、イランの弾道ミサイル開発に関する追加制裁を発表し、対イラン圧力を緩めない立場を改めて鮮明にした。
トランプ政権のサウジ重視は、サウジを軸とするイスラム教スンニ派国家連合によるシーア派国家イランの封じ込めと、サウジ主導の地域秩序の構築を後押しすることに他ならない。
イラン包囲網の構築はまた、同国の弾道ミサイルを警戒する米国の枢要な同盟国、イスラエルの懸念を和らげることにもつながる。
しかし、イランなどのシーア派勢力が一連の動きに反発するのは必至だ。イランで大統領選などを経て保守強硬派が台頭する事態となれば、域内の宗派対立の先鋭化を招き、両派が混在するイラクなどで治安が一層不安定化する恐れも否定できない。【5月18日 産経】
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「サインすべきではなかった」、「イランは合意の精神に従っていない」(4月20日に行われたイタリア首相との共同記者会見でのトランプ大統領発言)というトランプ大統領がイランとの合意を今後どうするのか・・・・その言動にしばらく振り回されそうです。
ただ、相手を追い込んで、相手の方から破棄につながる行動に出るように仕向けるというのは、いかにも陰険です。