孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

サウジアラビア  「変わるサウジ」と変わらない人権意識 皇太子の首相就任でカショギ氏殺害“免責”?

2022-10-04 22:54:18 | 中東情勢
(サウジアラビアのムハンマド皇太子の記者殺害事件に関する責任追及を訴える2日付のワシントン・ポスト紙の全面広告【10月3日 共同】)

【ムハンマド皇太子が牽引する「変わるサウジ」】
イスラム諸国の中でも保守的とされるサウジアラビアですが、実力者ムハンマド皇太子の進める改革路線で変化をとげているとのこと。

****変わるサウジ****
先月、バイデン米大統領の中東訪問を取材するためサウジアラビア西部ジッダを訪れて、驚いた。空港の入国審査官が女性ばかりだったのだ。

宿泊したホテルでは、外国人ではなくサウジ人の女性従業員が受け付け業務を担っていた。中東に駐在していた10年ほど前に首都リヤドを訪れた際は、そもそも働く女性の姿をほとんど見なかったのに。

港町のジッダはもともと、中部の砂漠地帯にあるリヤドより開放的な土地柄だといわれる。だから単純に比較はできないのだが、地元のサウジ人は「ここ数年で女性の働き手が増えたのは間違いない」という。

理由は明白で、実質的指導者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子が旗振り役となり、女性の社会進出を促しているから。

皇太子は「ビジョン2030」と銘打ち、「脱・石油」時代を見据えた経済・社会改革を進めている。観光業の振興にも積極的だ。王族批判はタブーであることを差し引いても、皇太子の人気は市民の間で非常に高いと感じた。

サウジに対しては、2018年に起きた記者殺害事件などをめぐる人権面の批判が根強い。保守的な宗教界からの揺り戻しなどで改革が一直線に進まないことも考えられる。それでも、極端に閉鎖的というサウジのイメージは過去のものになりつつある。【8月2日 産経「ポトマック通信」】
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変わるサウジアラビア、そしてムハンマド皇太子が牽引する「ビジョン2030」の中核にあるのが、石油大国サウジの経済多角化を目指して開発が進む産業都市「NEOM」。NEOMの総工費5000億ドルで、完工予定は2025年。

“都市中心部を貫くのは、「ザ・ライン」と呼ばれる直線形のスマートシティー。炭素を排出せず、タクシーは空を飛び、教師はホログラフィー、そしてなんと人工の月まで浮かべるという構想だ。”【8月28日 ロイター】

この「NEOM」「ザ・ライン」については、7月30日ブログ“サウジアラビア ムハンマド皇太子が目指す未来都市「ネオム」 壮大な計画に影を落とす「人権」”でも取り上げました。

さらにサウジアラビアは今後観光を重視し、開かれた国を目指す・・・とか。

****サウジ、観光立国目指し140兆円投資 産業創出へ****
(中略)イスラム教の聖地メッカがある同国は、何世紀にもわたってイスラム教の巡礼者を歓迎してきた。しかし、保守的な慣習や部外者に対する警戒心が長年、伝統的な観光産業の成長を妨げ、観光客を遠ざけてきた。

同国政府は現在、石油に依存する経済を多角化する取り組みの一環として、今後10年間に1兆ドル(約140兆円)を投じ、サウジを大衆向けの観光地に転換することを計画している。それに向け、クルーズ産業や紅海の高級リゾート地、環境に優しい砂漠の宿泊施設などの開発が進められている。

しかし、この地を訪れた最初の欧米人観光客らは、間に合わせのインフラを目の当たりにしている。
サウジが3月にコロナ関連の最後の渡航制限を解除して以来、冒険心にあふれる旅行者が、その広大な首都や6つのユネスコ世界遺産、伝統的なアラブ式の「おもてなし」を満喫しようと徐々に流入し始めている。

しかし、受け入れ態勢はまだ十分整っていない。ツアーガイドの養成やホテルの建設も必要だ。全ての遺産が全面的に開放されているとも限らない。

特殊な旅行を扱う米ツアー会社を利用して訪れたフレッシャーさんはサウジについて「『観光客にどう対処するか』をまだ見極めようとしている」段階だと話す。

さらに、サウジの批判に対する敏感さもマイナス材料だ。「観光の評判を損なうこと」を禁じた新法が導入されたが、ただでさえ人権に関するこれまでの出来事が多くの観光客を敬遠させているサウジにおいて、その法律は曖昧で不吉だ。当局は今年、さまざまな罪で一日に81人を処刑した。

権利保護団体によると、先月には、ソーシャルメディアの投稿を巡って2人のサウジ女性が有罪判決を受け、それぞれ30年以上の実刑判決を受けた。この判決についてサウジ・メディア省にコメントを求めたが、現在のところ回答は得られていない。

2018年に起きた反体制派のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件も、欧米人観光客の前に大きく立ちはだかっている。2019年以来、3つの米国人ツアー団体をサウジに案内したビル・ジョーンズ氏は「カショギ氏の件は常に尋ねられる」と話す。(中略)

米情報当局は、事実上のサウジの支配者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子がカショギ氏の殺害を命じた可能性が高いと結論付けた。皇太子は一切の関与を否定している。サウジを今訪れている観光客は、自分の目で同国を見たいと話している。

サウジは2019年後半に観光査証(ビザ)の発行を開始し、コロナで旅行が停止される前までに40万件以上を発給した。

石油とは関係のない新たな経済産業を創出する計画の一環として、ムハンマド皇太子は2030年までに年間5500万人の外国人観光客を誘致したいと考えている。世界で最も人気の高い観光地であるフランスを2019年に訪れた観光客の半数強にあたる人数だ。サウジの昨年の外国人観光客は、宗教的な巡礼者を除いて約350万人で、2022年上期は610万人だった。(後略)【9月6日 WSJ】
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インフラがまだ十分に整備されていない問題は、“剛腕”ムハンマド皇太子の力をもってすれば、じきに解消されていくでしょう。

【変わらない人権意識】
しかしながら、本当に変わってもらいたいのはその人権意識。
「改革」とは言っても、あくまでもそれはムハンマド皇太子が進める「改革」であって、草の根的な下からの改革の動きは厳しく取り締まられます。

****ツイッターで「人権」発信の女性に禁錮34年 サウジ****
サウジアラビアの上訴裁判所(高裁)は、ツイッターで人権について発信していた女性に対し、禁錮34年を言い渡した。AFP取材班が17日、裁判書類を確認した。

女性はサルマ・シェハブさんで、9日に判決が出た。「公序を乱す」のが目的の反体制派を支援したと判断された。
シェハブさんは英リーズ大学の博士課程に在籍中で、2人の子どもの母親でもある。刑期終了後、さらに34年間の海外渡航禁止も言い渡された。

約2600人のフォロワーを抱えるシェハブさんは、保守的なスンニ派イスラム教国のサウジにおける女性の権利について、ツイッター上で頻繁に投稿していた。

2021年1月、帰省中にサウジ国内で逮捕され、今年6月の一審判決では禁錮6年(うち3年は執行猶予付き)を言い渡されていた。

裁判書類によると、今回の判決を受け、シェハブさんは30日以内に最高司法評議会(最高裁)に上訴できる。

サウジでは人権活動家に対する取り締まりが強化されており、禁錮刑や海外渡航禁止処分を受ける活動家が相次いでいる。

人権団体「ALQST・フォー・ヒューマン・ライツ(ALQST for Human Rights」は「平和的な活動家に対してサウジ当局が下した最も長い刑罰だ」とし、上訴裁判決を非難した。 【8月18日 AFP】
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【国際政治で進むカショギ氏殺害からの“復権”】
そしてムハンマド皇太子自身のカショギ氏殺害に関する関与の問題。

当初ムハンマド皇太子の責任を厳しく追求していた欧米諸国ですが、少なくとも国際政治の世界では皇太子は“復権”を進めており、その存在感を改めてアピールしています。

****サウジ皇太子、捕虜交換で価値高める ロシアにパイプ****
サウジアラビアはロシアとウクライナの捕虜交換で仲介役を果たしたことで、ロシアの孤立を図る西側諸国に対してロシアと実力者ムハンマド皇太子とのパイプは「有益だ」とのメッセージを送ることに成功、外交的な勝利を収めた。

また今回の動きは、2018年に起きたサウジ人著名ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害に関与したとの疑惑で傷ついた皇太子の国際的なイメージの回復にも、意図的かどうかはともかく、役立ちそうだとアナリストは見ている。

ロシアは21日、ムハンマド皇太子の仲介により、捕虜の外国人10人を解放した。うち5人が英国人、2人が米国人。皇太子が慎重に育んだプーチン大統領との結びつきよって解放が実現したもようだ。

時を同じくしてトルコの仲介による捕虜交換で、ウクライナ側兵士215人と親ロシア政党の指導者など55人が解放された。

米ライス大学ベーカー研究所のクリスチャン・ウルリクセン氏(政治学)は、仲介者の選択にあたりサウジとロシアのパイプが重要な要素になったようだと指摘。「ムハンマド皇太子は今回の仲介を承認し、結果を出すことにより、衝動的で破壊的な人物だという評判を覆し、この地域の有力政治家の役割を担う能力があると示すことができる」と述べた。

皇太子は当初、大胆な改革者と見られていたが、カショギ氏殺害事件でそうしたイメージは大きく損なわれた。
皇太子はカショギ氏殺害を命じていないとしつつ、自分の監督下で起きたとして責任を認めている。

<人道的理由を強調>
サウジのファイサル外相はBBCとのインタビューで、捕虜解放に同国が関与した動機は人道的なものだったと説明。皇太子の名誉回復のためだったとの見方については、「ひねくれている」と否定した。(中略)

ウクライナ戦争が世界のエネルギー市場を揺るがす中、世界最大の石油輸出国であるサウジは米国とロシアの両方にとって重要性が高まっている。

世界中の指導者が石油の増産を求めて次々とサウジを訪れているが、サウジはロシアを孤立させる取り組みに加わる姿勢を見せていない。サウジは、石油輸出国機構(OPEC)加盟国と非加盟国で構成するOPECプラスなどを通じて、プーチン氏との協力関係を強めている。

<ロシアとの「有益な」関係>
バイデン米大統領は7月のサウジ訪問で同国から原油の即時増産、プーチン氏への強硬姿勢といった課題で言質を取り付けることができず、米国とサウジの緊張関係が浮き彫りになった。

親政府派のコメンテーター、アリ・シハビ氏によると、サウジが捕虜解放を仲介したのは初めてだ。「西側諸国に対して、ロシアとのパイプも有益な目的になり得るとのメッセージを発したのだろう」と分析。「両者との関係を維持する国が必要だ」と強調した。(中略)

ワシントンのアラブ湾岸諸国研究所のクリスティン・ディワン上級研究員は、外交的な仲介役という戦略をサウジが採るのは異例で、普通はカタールなどこの地域の小国が使う手法だと指摘。「錬金術のようなものだ。皇太子は批判を浴びている対ロシア関係を金に変えてみせた」と述べた。【9月26日 ロイター】
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【国内的にも権力基盤は更に強固に】
国内的にも、その権力基盤を強固なものにしています。

****サウジアラビア:首相就任で権力基盤を固めるムハンマド皇太子****
メディアから「事実上の指導者」と呼ばれるようになって久しいサウジアラビアの ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子 が、9月27日に父親のサルマーン・ビン・アブドゥルアズィーズ国王が発出した勅令によって首相に就任した。

国際的にはジャマル・カショギ氏殺害事件への関与疑惑が尾を引いているムハンマド皇太子だが、国内での権力基盤固めはサウジアラビアの歴史を紐解いても過去に比類ない程の盤石さで進められている。  

サウジアラビアでは1960年代より国王が首相を兼務することが慣例化していた。(中略)1992年に成立した統治基本法(事実上の憲法に相当)においても、「国王は閣僚評議会の長(=首相)となる」と規定され、法制度化している。【10月3日 Foresight】
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ムハンマド皇太子はこれまで事実上、国政全般を取り仕切ってきたものの、政府内の立場は「皇太子兼国防相」でした。その肩書を巡り、外国のトップとの会談に支障が出ることもありました。首相となることで、対外的にも国王からの権力継承が進んだことを示すことになります。

【首相就任で「免責」?】
国際政治、国内政治において、カショギ氏殺害問題からの復権を果たし、存在感を強めるムハンマド皇太子ではありますが、依然としてカショギ氏殺害の責任を問う声が消えた訳でもありません。

****サウジ皇太子の責任追及を 記者殺害4年、米紙が広告****
2日付の米紙ワシントン・ポストは、2018年にトルコで起きたサウジアラビア人記者殺害事件の発生から4年となるのに合わせ、関与が指摘されるサウジのムハンマド皇太子の責任追及を訴える全面広告を掲載した。

広告は皇太子の顔写真入り。記者殺害の作戦を皇太子が承認したと米情報当局が判断しているにもかかわらず「4年間、責任が追及されていない」と指摘。「真実を報じる時、記者の命が脅かされるべきではない」と訴えた。

著名な記者のカショギ氏は18年10月2日、トルコ・イスタンブールのサウジ総領事館でサウジ当局者らに殺害された。生前、同紙に寄稿していた。【10月3日 共同】
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アメリカではムハンマド皇太子はカショギ氏殺害への関与で訴訟も起こされていますが、前述の「首相就任」で「免責」を求めているとか。

****サウジ皇太子、記者殺害で免責を 首相就任が理由、米国裁判で主張****
2018年に起きたサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件を巡り、サウジのムハンマド皇太子の責任を追及するとして米国で起こされた裁判で、皇太子の首相就任を理由に弁護側が免責を主張したことが4日までに分かった。ロイター通信などが伝えた。

サウジのサルマン国王は9月27日、閣僚評議会(内閣)を改造し、息子のムハンマド皇太子を首相に起用。

弁護側は裁判所に提出した文書で米国が過去に他国の元首の免責を認めた事例を引用し、首相就任で「免責を受ける権利を持つことは疑いない」と述べた。【10月4日 共同】
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「それはないよな・・・」というのが私の印象。
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