(カンボジア・プノンペンで、特別法廷に出廷した旧ポル・ポト政権元国家幹部会議長、キュー・サムファン被告【9月22日 AFP】)
【カンボジア特別法廷 最後の被告に判決 薄れる悲劇の記憶】
ウクライナ戦争などの新たな出来事によって、過去の多くの紛争・事件などが忘れ去られてしまいがちなこと・・・しばしば私もそうしたことを書いていますが、正直に言えば、カンボジア特別法廷のことはすっかり忘れていました。
カンボジア特別法廷は、1975年から1979年のカンボジアでクメール・ルージュ政権(ポル・ポト政権)によって行われた虐殺等の重大な犯罪について、政権の上級指導者・責任者を裁くことを目的として、2001年に同国裁判所の特別部として設立された裁判所のことです。
クメール・ルージュ政権(ポル・ポト政権)支配下では、“1975年から1979年の間に150万から200万人が犠牲となり、これはカンボジアの1975年当時の人口(約780万人)の約4分の1に相当する”【ウィキペディア】という、類を見ない大量虐殺が繰り広げられました。
単に犠牲者が膨大だっただけでなく、クメール・ルージュ政権(ポル・ポト政権)は中国・毛沢東思想にも影響され、原始共産制を現実のものとし、知識階級・都市住民・私有財産・貨幣経済・家族制度・教育制度などこれまでの社会構造すべてを否定し、都市住民を農村に送り込み、“使い捨て”的に強制労働で死に追いやる、洗脳された子供が親を密告するなど・・・その統治の実態も奇異で、外部からはうかがい知れぬものもありました。
そうした「暗黒の歴史」の実態・責任を明らかにすべく設置されたカンボジア特別法廷ではありましたが、同時代を生き抜いたフン・セン首相もクメール・ルージュとの接点があったこともあってか、あまり同法廷には積極的ではなく、審議も滞りがちでした。
同法廷では、カン・ケク・イウ(政治犯収容所所長)、ヌオン・チア(死亡したポル・ポトに次ぐ政権ナンバー2)、キュー・サムファン(国家元首にあたる国家幹部会議長)、イエン・サリ(副首相、外相を歴任し序列は第3位)、イエン・シリト(イエン・サリの妻で、政権に影響力を行使)の計5名の裁判が行われました。
しかし長期化する裁判の過程で、裁判中あるいは服役中あるいは認知症治療中に死亡する者が相次ぎ、現在生存しているのはキュー・サムファン被告(91)だけとなっていました。
****ポル・ポト派最後の幹部に終身刑 真相解明には遠く****
カンボジアの旧ポル・ポト政権による人道に対する犯罪を裁く特別法廷2審(上級審)は22日、大量虐殺などの罪に問われた元国家幹部会議長、キュー・サムファン被告(91)に終身刑を言い渡した。1審判決を支持した。
2006年設置の特別法廷が裁く最後の被告となる見通し。一連の法廷で元幹部は相次いで罪状を否認した。虐殺や飢餓などで170万人以上が死亡した暗黒の歴史の実態が明らかになったとは言い難い中、法廷は幕を下ろす。
特別法廷は2審制で最高刑は終身刑。キュー・サムファン被告は国家元首に相当する役割を務めており、今回の審理は拷問や虐殺の舞台となった「トゥールスレン収容所」の運営などが対象となった。1審は18年に求刑通り終身刑を言い渡し、被告側が判決を不服として控訴していた。
審理は分離されており、キュー・サムファン被告は首都プノンペンから地方への強制移住など別の罪でも終身刑が確定している。
特別法廷はカンボジア政府と国連の合意によって設置され、旧ポル・ポト派幹部5人が起訴された。ただ、設置時点で元幹部は高齢化しており、真相解明と責任追及がどこまで実現するかは当初から疑問視されていた。
裁判が長期化する中、キュー・サムファン被告以外の4人は死去。最高指導者だったポル・ポト元首相は特別法廷設置前の1998年に死去している。
法廷で元幹部は起訴内容の否認に終始しており、キュー・サムファン被告も「私は当時(虐殺などを)知らなかった」と無罪を主張した。虐殺や強制労働に直接関わったとされる中堅幹部らへの捜査は継続中だが、刑事訴追は進んでいない。中堅幹部も高齢化が進んでおり、真相解明は困難という声が強い。
旧ポル・ポト派は75年にプノンペン制圧後、極端な「原始共産主義」を掲げ、私有財産制を禁止。都市住民の農村への強制移住などを繰り広げた。
カンボジアで旧ポル・ポト派支配の影響は色濃く、2019年の国勢調査によると、40〜44歳以上の人口比率が若い世代と比べて著しく低い。虐殺とそれに起因する出生率の低下が原因とみられている。【9月22日 産経】
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ポル・ポト政治、カンボジア大虐殺・・・“狂気”としか言いようのない時代でしたが、そうした狂気が容易に社会を呑み込んでしまうことを教えてくれるものでもありました。わずか四十数年前、日本からそう遠くないカンボジアで起きた悲劇です。
そして、そんな悲劇を私を含めて多くの人々が、わずが数十年ですっかり忘れてしまうというのも現実です。
【フン・セン首相の野党弾圧 長男への権力移譲】
そしてフン・セン首相が強権的に支配する現代カンボジア。
フン・セン首相の経歴については・・・
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1970年3月、北京に亡命中のシハヌークの呼びかけに応じ、ロン・ノル政権に対抗するクメール・ルージュ軍の下級部隊指揮官として従軍。
1975年4月のプノンペン攻略に大隊長として参加し、4月16日の戦闘で顔面に銃弾を受けて左目を失明した。
1976年になるとクメール・ルージュの過激な政策に嫌気がさし、粛清の危険も感じて、翌年の6月にポル・ポト派を離脱しベトナムに亡命する。【ウィキペディア】
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ベトナム軍のカンボジア侵攻・ポル・ポト政権崩壊の過程で政治的に頭角を表し、1985年には32歳の若さで首相兼外務大臣に。
その後も党内序列を昇りつめ、いまや完全にカンボジアの実権を掌握していますが、多くの政治指導者がそうであるように、次第に強権的傾向を強めています。
更に、長男への権力世襲も進めています。
****再開した野党弾圧、6月選挙で健闘したキャンドルライト党にも****
<長男への権力世襲を狙うカンボジアのフン・セン首相。総選挙はまだ1年も先なのだが>
来年7月に総選挙を控え、カンボジアのフン・セン政権は再び野党勢力の大規模訴追に乗り出した。
2017年に解党を命じられた野党カンボジア救国党(CNRP)の党員ら34人が国家転覆罪などで起訴されたと、8月22日に地元メディアが報じた。亡命中のサム・レンシー元党首ら幹部が含まれるが、彼らは既に繰り返し起訴されている。
野党関係者の大規模弾圧は2020年以降、3度目。2013年総選挙でCNRPが大躍進したことに与党カンボジア人民党(CPP)が危機感を募らせて以降、100人以上が反逆や扇動の罪で起訴されている。
フン・セン首相は長男マネットへの権力移行を進めており、総選挙を前に基盤強化を狙う。
今年6月の地方選挙ではCNRP系の新党キャンドルライト党が健闘したが、政権は同党の弾圧も強めている。
野党勢力にとって残る手段は欧米各国に制裁を求めることくらいだが、今回の起訴でそれすら「外国勢力との共謀」と見なされる恐れもある。【8月29日 Newsweek】
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“総選挙”とは言っても、野党勢力を弾圧・排除して行う、政権正当化のための選挙です。
【フン・セン政権を支える中国】
そうしたフン・セン政権を支えるのが中国。
強権支配への国際的批判の一方で、中国との関係を強めており、ASEANにあっては中国の代弁者的役割も。
フン・セン氏と中国との関係は、同氏が権力を掌握する過程で強まったようです。
****カンボジア基地、中国が無償拡張で利用か…米国と距離置き対中傾斜強めるフン・セン政権****
米国と中国は近年、インド太平洋地域で対立を先鋭化させている。海洋進出を活発化させる中国に対し、米国は航行の自由を掲げ、関与を強めている。対立の最前線の一つとして浮上しているのが、中国の軍事利用が懸念されるカンボジアのリアム海軍基地だ。
タイ湾に面し、マングローブの林に囲まれた基地の岸壁周辺には、真新しいプレハブ小屋が立ち並び、作業員風の男たちが行き来している。6月下旬、岸壁に近い海では、クレーンによる海中の土砂の浚渫しゅんせつ作業が行われていた。水深を深くし、大型船舶の入港を可能にするためとみられる。
この工事を主導しているのは、中国政府関係者とされる。基地周辺で漁業を営む男性(54)は「基地に出入りする中国人が増えている」と言う。
中国は6月上旬、無償での基地拡張工事に着手した。浚渫工事はその一環とされる。米メディアは、工事が終了すれば、基地面積全体の約3分の1相当が中国海軍の利用エリアになるとの見方を報じた。
米国は神経をとがらせている。リアム基地は中国がフィリピンなどと領有権を争う南シナ海に近く、米国の同盟国タイとは目と鼻の先だ。中国軍は、カンボジアをアフリカ東部ジブチに次ぐ2か所目の海外拠点とし、世界各地の海域での影響力をいっそう拡大する恐れがある。
だが、カンボジアは、多額の経済支援を受けた見返りとして中国傾斜を強めるばかりだ。中国との蜜月関係が揺らぐ気配はない。(中略)
カンボジアと中国の蜜月関係の始まりは、20年以上前にさかのぼる。
カンボジアでは当時、強制労働などで約170万人もの犠牲者を出したポル・ポト政権崩壊後の新体制が発足し、現在のフン・セン首相が頭角を現した。
共同首相制で第2首相だったフン・セン氏は、親台湾派の第1首相をクーデターで追放して実権を握り、国際社会の批判を浴びた。そんなフン・セン氏を、中国が支持したのだ。
中国はその後、軍事・経済両面でカンボジアを支えた。カンボジアは7%超の経済成長を実現し、中国は直接投資で国別トップとなった。中国によるインフラ(社会基盤)整備も急速に進んだ。
一方の米国は近年、カンボジアに厳しく対応してきた。長期政権を維持するフン・セン氏が2017年以降、野党を解党し、メディアを弾圧するなど独裁色を強めたことを受け、18年に経済支援の一部を停止したほか、軍高官の資産凍結など経済制裁も発動した。人権外交を掲げるバイデン政権も、カンボジアの現状に懸念を示している。
こうした状況下で、カンボジアは対中傾斜を加速させ、米国と距離を置いている。恒例だった米国との軍事演習は17年以降、カンボジア側の意向で中断したままだ。
リアム基地を巡っては、19年に米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが、「カンボジアが基地の軍事利用を中国に許可することで合意した」と報じた。20年に米国の援助で建設された基地内の施設が解体されたことが判明し、21年には新たに建設された施設が確認された。米国は中国が関与しているとみている。
カンボジア政治に詳しい米アリゾナ州立大学のソパル・イアー准教授は、「中国のカンボジア支援は、フン・セン政権存続の必要条件になっている。リアム基地はその象徴だ」と指摘する。【7月26日 読売】
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中国資本によるインフラ整備も進んでいるようです。
****中国企業が建設するカンボジア初の高速道路試験運用始まる****
カンボジアで中国企業が投資・建設・運営を行う、プノンペン-シアヌークビル高速道路が10月1日、試験運用を開始しました。プノンペン-シアヌークビル高速道路は、カンボジアの首都プノンペンと南部の港湾都市シアヌークビルを結びます。
同日、試験運用開始を記念したイベントが、高速道路の起点のプノンペンと終点のシアヌークビルの双方で同時に行われ、カンボジア公共事業運輸省の高官、シアヌークビル州知事、そして中国企業の代表らが出席しました。
カンボジア公共事業運輸省の高官はプノンペン-シアヌークビル高速道路の試験運用開始に祝意を示したうえで、中国政府によるカンボジアのインフラ建設への貢献に感謝を述べました。
同日、試験運用開始を記念したイベントが、高速道路の起点のプノンペンと終点のシアヌークビルの双方で同時に行われ、カンボジア公共事業運輸省の高官、シアヌークビル州知事、そして中国企業の代表らが出席しました。
カンボジア公共事業運輸省の高官はプノンペン-シアヌークビル高速道路の試験運用開始に祝意を示したうえで、中国政府によるカンボジアのインフラ建設への貢献に感謝を述べました。
また、プノンペン-シアヌークビル高速道路が開通すれば、プノンペンからシアヌークビルまでの車による移動距離が大幅に短縮され、所要時間も従来の5時間余りから2時間以内となり、人々の移動に大きな利便性をもたらし、経済成長に寄与すると強調しました。
なお、プノンペン-シアヌークビル高速道路は、カンボジアにおける初の高速道路だということです。【10月2日 レコードチャイナ】
なお、プノンペン-シアヌークビル高速道路は、カンボジアにおける初の高速道路だということです。【10月2日 レコードチャイナ】
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【中国との関係が密になるに伴って中国系犯罪組織も暗躍】
そうした中国との関係が密になるに伴って、中国系犯罪組織もカンボジア国内で根を広げています。
****台湾社会に衝撃が広がるカンボジアの“人身売買”、現場は「警察も手を出せぬマフィアの"治外法権"エリア」…日本に被害拡大の可能性は?****
「出張で台北に来ているが、この1、2週間は連日ものすごい騒ぎだ。新聞も1面トップで報じ続けているし、テレビもこの話題でもちきりだ」。
アジア情勢に詳しい、ジャーナリストの野嶋剛氏(元朝日新聞台北支局長、大東文化大教授)も驚きを隠せないと明かすのが、台湾社会を震撼させているというカンボジアでの人身売買問題だ。
■臓器売買、売春…“身代金”を払って帰国したケースも
台湾当局によれば、「高収入の仕事がある」と誘われて現地に赴いた人たちが監禁・暴行を受けたり、人身売買されたりするケースが相次いでおり、通報があった420件のうち、帰国できたのはわずか46人に過ぎないのだという。
「実際に連れていかれるのは男性の方が多く、それこそ売り飛ばされて殺害され、臓器を売りさばかれてしまうというケースもあるようだし、女性も売春の強要などの悲惨な目に遭うケースが多いようだ。
ただ、これまで犯罪集団としても秘密裏にやってきたのだろうが、身代金の要求や行方不明者・死者など極端に悪質なケースが出てきたことで、当局や国会議員も本腰を入れ始めた。
すでに空港ではカンボジア行きの便に乗り込もうとしている人に警察が呼びかけているし、特に騙されていそうな人については説得を試みるといった光景も見られるようになっている。
今日(23日)も10人ぐらいの若者が台湾に帰ってきたことが大きく報じられていた。帰国にあたっては現地の犯罪集団に多額の“身代金”のようなお金を払ったということだが、そうでもしなければ帰してもらえないといくらい根が深く、簡単には手を出せないのだろう。全員を救出することは難しいかもしれないし、長期化する可能性もある。
実際、去年以降、月に1000人くらいがカンボジアに渡っていた可能性があるので、現時点で分かっている被害も“氷山の一角”に過ぎない可能性がある。未確認のものも含めて様々情報が流れていて、どれだけ被害が拡大するのかと社会が戦々恐々としている」。(野嶋氏)。
■国交がなく、台湾側が救出しにくい状況に
同様の被害は他の地域でも発覚しているようだが、それでもカンボジア警察が介入しにくい事情があるのだという。
「低賃金に苦しむ若者、コロナ禍もあって仕事が見つからないというような若者に対して中国語のインターネットの広告、口コミなどで“数十万円の月収が保障される”といった甘言を弄して誘い込むのが基本的な手口のようだ。また、カンボジアの入国規制は比較的緩く、パスポートさえ持っていれば入れる状況だった。
実際、犯罪集団は“パスポートもチケットも全部取ってあげるよ、現地までの交通費もいらないよ”という、いわば“至れり尽くせり”だったようだ。そしてシアヌークビルというエリアに着いた途端にパスポートを取り上げ、ビルの一室に押し込む。そこから無理やり特殊詐欺などに従事させ、帰国を要求しても許さない。
これらは人身売買の“お決まりのパターン”ではあるが、台湾・香港だけでなく、東南アジアの他の地域でも被害が出ているとみられているし、“中国語で誘う”ということ、そしてシアヌークビルということがポイントだ。
このエリアは中国政府が展開する“一帯一路構想”のアジアにおける最重要拠点で、この4、5年で中国企業が進出し、中国語が公用語のようになっていた。
しかしコロナなどもあってホテルやカジノといったビジネスが上手くいかなくなり、そこに中国・台湾・香港あたりに根を張っているスネークヘッドといわれる人身売買集団、ヤクザのグループが手を組み、大掛かりな国際的犯罪シンジケートを作って入り込んできた。
このようなマフィアが仕切っているエリアは“治外法権”的になっていて、カンボジア警察でも手を出せない。ましてや台湾とは国交がないので、在外公館のようなものもない。台湾で長く発覚しなかったのには、このように台湾側が救出しにくい状況にあったことも要因のようだ」(野嶋氏)。
■日本でも被害者が出る可能性が?
一方、中国の反応はどうなのだろうか。そして現時点では報道の少ない日本への影響は。
「今のところ中国の責任を問うような話にはなっていないし、公式メディアからの報道もない。むしろインターネットでは中国人の被害者が出ているのではないかという情報も広がっている。あくまでも犯罪行為であって、一帯一路が起こした構造的な問題のもとで起きてしまった悲劇であるという受け止めではない論調に見える。
そして日本における被害も全くないとは言えないと思う。やはり低賃金、失業などで居場所を失ってしまった若者が甘い話に飛びつくという構造は台湾や香港とは変わらない。言語の違いはあるものの、甘言を弄して海外に連れ出し、酷い目に遭わせるという詐欺が日本に起きる可能性は低くはないのではないか」(野嶋氏)。(『ABEMA Prime』より)【8月24日 ABEMA TIMES】
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こうした事態にフン・セン首相は“「犯罪の巣窟にさせない」 偽求人事件でカンボジア首相”【9月30日 共同】ということで、犯罪の温床とされる違法なオンラインカジノ施設の捜査を進める考えを示しています。
同じ問題は東南アジア各国に広がっていますが、フィリピンでは“中国人4万人をフィリピンから強制送還...詐欺、人身売買、監禁など周辺国にも問題拡大”【10月4日 Newsweek】と、オンラインカジノを運営する175社の営業を停止し、従業員の中国人労働者約4万人を強制送還する─と発表しています。